第29話 嵐の神器 テンペストセイバー
荒野に風が吹く。ヴォルフ、フウコ、ライカの肌をそっと撫でるような風。3人の間に緊張が伝わる。いつ戦いが始まってもおかしくない一触即発の空気だ。
「ヴォルフ! 貴様は許さん! じわりじわりと嬲ってやろう! 生きていることを後悔させてやる!」
最初に動いたのはライカだった。彼女は意識を集中させて、魔力を練り上げた。彼女の前に大きなドラムセットが出現した。
「我は雷の女神ライカ! 我が神器は轟雷のドラム! この音色を受けて生きて帰った者などいない!」
ライカはドラムスティックで、ドラムを演奏し始めた。物凄い重低音の音が発せられた。周りは反響する物体がほとんどない荒野のはず。だが、音はライブハウスのように反響して、ヴォルフの耳を
「が……ぐは」
ヴォルフはその場で膝をついた。音を聞いている。ただそれだけなのに、体中に電流が走っている感覚を覚えた。これは幻覚ではない。実際にヴォルフの体に電流が流れているのだ。
ライカがドラムを叩く度にヴォルフに電流が走る。音が大きければ大きいほど、電流の強さは増して、ヴォルフの体を痺れさせ焼き切ってくる。
「こ、これはちょっとやばいんじゃないのさ」
ヴォルフは冷や汗をかいている。常人なら間違いなく感電死しているほどの電流だ。だが、ヴォルフはそれに耐えている。朝陽に神の力を受け取ってパワーアップをしていなければ、今頃は消し炭になっていた。
「ライカ姉様。我も手を貸します」
「ああ。頼むぞフウコ」
フウコはライカ同様、魔力を集中させて神器を創り出した。フウコの右手には鉄扇が握られていた。これがフウコの神器なのだ。
「我は風の女神フウコ。 我が神器はシルフの扇! この扇の舞は強風を引き起こす」
フウコが鉄扇を使い、優雅に舞うと風が発生した。その風はカマイタチとなり、ヴォルフの体を切り刻んでいく。
風の刃に引き裂かれるヴォルフ。頬から、両手から、両足から血が噴出する。攻撃を避けようとしても、強力な電流が流されている状態ではまともに動くことすらできない。
「ライカ姉様が音を奏で、我が舞う。完璧なダンスアンドミュージック。我らが戦いはアーティスティックでなければならない。それが風雷の女神の流儀」
「シン様。我の音を。フウコの舞を。あなた様に捧げます。これは単なる戦闘ではない。我らを生み出した創造の主たるシン様に捧げる儀である」
2人の息のあった完璧なコンビネーションにヴォルフは成す術がなかった。ただ、攻撃を一方的に受け嬲られ続ける。このままこの状態が続けばヴォルフはやがて絶命してしまうだろう。この戦争では神は死なない。絶命した魂は戦争終了後に問題なく蘇生する。しかし、死の苦痛、恐怖がなくなるわけではない。
「悪いな。俺はまだ死にたくねえんだ」
ヴォルフはなんとか膝に力を入れて立ち上がった。
「バカな! どうして立ち上がれる! 我が神器轟雷のドラムを受けているのだぞ! 貴様化け物か!」
「化け物じゃないのさ。俺は神なのさ! ハァッ!」
ヴォルフが気合を入れると彼の体を流れていた電流が消し飛んだ。先程まで体内を流れていた電気はヴォルフの皮膚から放電されて空気中に逃げた。
「な! 我の電撃を掻き消しただと! くそ! ありえない!」
ライカは演奏を強くする。しかし、焦っているのか音のリズムが半テンポズレている。轟雷のドラムは正確で芸術的な演奏でなければ効力を発揮しない。今のライカの音には芸術を奏でようとする魂がないのだ。ただ、目の前の敵を倒すためにドラムを叩くという芸術を冒涜する行為。最早ライカは使い物にはならない。
「ライカ姉様。落ち着いて下さい。慌てていてはダメです」
「わ、わかってる! それくらい!」
フウコの忠告を受けてもライカの音楽は修正されなかった。こうなってしまってはもう立ち直れない。
「く、こうなったら、我だけで貴様を倒してやる」
フウコが舞を踊った。こんな時でも冷静に丁寧に舞踊する。その甲斐あってか、フウコの鉄扇からカマイタチが放たれた。
カマイタチは正確にヴォルフの方向に飛んでいった。このままならヴォルフはこの攻撃を受けて、胴体が真っ二つになる。それだけの威力を籠めたはずだった。
しかし、ヴォルフはそのカマイタチを意図も容易く躱した。電流により体を拘束されていない状態ならば、ヴォルフはこれくらいの攻撃を躱すのは朝飯前であった。
「そ、そんな……」
自身の実力には絶対の自信があったフウコ。だが、その一撃はヴォルフには通じなかった。そのことにショックを受けて、フウコは固まってしまった。
「アンタが雷の女神で、アンタが風の女神か。ふーん……まあ、残念だったな。アンタらは相手が悪かったのさ」
「な、なんだと!」
ライカがヴォルフの発言に苛立ちを覚える。風雷のコンビが負けるはずがない。これまでの戦争だって姉妹のコンビネーションで敵を次々と葬ってきた。その絶対の自信があっただけに、自分たちを軽んじるヴォルフの発言が許せなかった。
「俺が何の神か知っているか? 俺はな、嵐の神なんだよ」
ヴォルフがそう発言した途端、荒野にどす黒い雲が現れた。風の勢いが増して、横殴りの雨が局地的に発生する。ヴォルフが魔力を練り上げば練り上げるほど、その勢いはどんどん増していく。
そして、最大まで練り上がったヴォルフの魔力は1つの神器を形成させた。ヴォルフの右手に剣が創造されたのだ。
「嵐の神器。テンペストセイバー!」
「あ、嵐だと……」
「ライカ姉様! ここは一旦引きましょう。こいつは我らが敵う相手ではありません。この風量。間違いなく我より数段上の実力者です!」
「く……敵前逃亡は癪に障るが仕方あるまい」
フウコとライカはその場から逃げ出そうとした。しかし、ヴォルフがテンペストセイバーを一振りしただけ。たったそれだけで、フウコとライカの前方に巨大な竜巻が発生した。
「な!」
フウコとライカは竜巻に飲み込まれた。彼女たちは必至で竜巻の中をもがき、脱出しようとするが、竜巻の威力が強すぎて身動き1つ取れない。そのまま彼女たちは上空へと打ち上げられた。
上空へと打ち上げられたフウコとライカは雲から発生した雷に打たれた。空中にいる状態では躱しようがなかった。そのまま、雷に打たれたフウコとライカは体中が痺れる感覚を覚えながら、地面へと叩きつけられた。
「がは……」
一連の攻撃を受けてフウコは気絶してしまった。だが、雷の女神だけあって、雷攻撃に耐性があったライカはまだ意識があった。辛うじて保っていた意識を手放さないように、必死で持ちこたえる。
「お前……どうしてそんな力を……」
「俺もわからないのさ。まあ、才能ってやつかな。だって、俺は最近神の力を得たばっかりだし」
「な、なんてやつだ……」
雷に特化しているライカよりも強い雷撃を放つことができた嵐の神ヴォルフ。ライカはシンのために自身の力を必死に磨いてきたのに、それでもこのヴォルフには届かなかった。
ライカは自分が恵まれた人間だと思っていた。この世に生を受けて、魔力とイメージ力共に高水準。身体能力も高くて、神に選ばれた時は自分がこの世界の主役のような錯覚を起こしていたのだ。
けれど、違った。自分は真に強い存在。ヴォルフの前では、路傍の石に等しい存在だと思い知ったのだ。
「じゃあ、今からアンタらの首を刎ねさせてもらうさ。悪いな。これも戦争に勝つためなんだ。じゃあ、また後でな。俺たちが勝った後に会おう」
ヴォルフはライカの首を刎ねた。ライカは首を刎ねられた瞬間、苦しみ悶えたが、すぐに意識が遠のいていった。そして、ライカは命を落とした。
ヴォルフは気絶しているフウコの心臓を一突きして、止めを刺した。これにてヴォルフの完全勝利である。
「ふう……きっつー。なんとか勝てたけど、やっぱりダメージがでかいな。俺が雷と風に耐性がある嵐の神で良かった。耐性がなかったら確実にやられていたさ」
ヴォルフはその場に座り込んだ。
「ヒルトと合流は無理そうだな。ダメージが残っているし、魔力もそこそこ使っている。今の俺じゃ人間兵と戦っても負けそうさ。まあ、敵の戦力のうち2柱を削れたんだからヨシとするか」
シン陣営の貴重な戦力を大幅に削ることに成功した。だが、ライズ陣営もヴォルフが実質戦闘不能になったのは手痛いところだ。まだまだ勝敗がどちらに転ぶのかわからない。
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