第16話 霊峰のモンスターオウギ

 霊峰ミヤマの中腹辺りまで辿り着いた。そこには泉があり、湧き水がある。この湧き水がヤマの集落の生命線になっているのだ。


 周囲には木々が茂っていて、木の上に止まってる小鳥たちがさえずっている。とてものどかでいい光景だ。自然が大好きな人からみたらたまらない場所だろう。


「ここが霊峰ミヤマの泉です。この泉はヤマの集落の人にとってはとても神聖な場所です。この泉のお陰でヤマの集落は発展していきました」


 マーヤは泉の水を手で掬い、それを一気に飲み干した。ここまでの山道で疲れた体に染みわたる。正に命の泉である。


「ライズ様もどうですか?」


「いや、俺はこのエナジードリンクがあるからこっちを飲む」


「創造神様。そればかり飲んでいては健康に悪いですよ。たまには綺麗なお水でも飲んだらどうですか?」


「いや、俺現代人だし……水道局の人によって処理されてない水飲むと腹下しそうで嫌なんだけど」


 朝陽の言うことも確かに一理ある。飲み慣れていない水を飲むと、体質的にお腹を壊す人はいるのだ。朝陽もそうとは限らないが、これから戦闘になるかもしれないのだから、怪しい水を飲むのは控えた方がいい。


 ガサゴソと茂みから音が聞こえる。なにやら野生み溢れる気配がする。朝陽とポアロンは身構えた。


 茂みの中から出てきたのはハクビシンだった。ハクビシンは朝陽たちの姿を見るや否や逃げ出してしまった。水を飲みに来たのだけれど人の姿を見て、警戒したのだ。


「なんだ。ただのハクビシンですな。驚かせおって。霊峰ミヤマのモンスターではなさそうですね」


 ポアロンが完全に油断している。しかし、朝陽はあることに気づいて警戒を続けている。


「いや、ポアロン。先程まで聞こえていた鳥のさえずりが聞こえてこない。鳥がなにかに怯えているようだ」


 鳥の変化をいち早く察知した朝陽。警戒態勢どころか、意識を集中して魔力を練り上げた。いつでも戦えるように準備を整えている。


「そこだ!」


 朝陽は魔力を創造の力をイメージした。朝陽が創造したのはトラバサミのイメージ。ギザギザの金属で、足を踏み入れたものを自動的に挟む仕掛けである。


 そのイメージをガサゴソとした音の方向に設置した。


「うぼへえ!」


 なんとも間抜けな声がする。敵を捕らえた。そう思って朝陽はガッツポーズをした。


「やりましたね。創造神様」


「ああ。モンスターを捕らえた。これからじっくりと痛めつけてやる。その前にどんな顔をしているのか面を拝まなければな」


「あの……私はどうすれば」


「マーヤはそこで待っていてくれ。相手はモンスターだ。何をしでかすかわからな

い」


「は、はい。わかりました」


 朝陽とポアロンはマーヤを置いて、声がする方向に向かった。茂みを分け入って進むとそこにいたのは……


「い、いてえ! な、なんだこれは……罠か? 罠なのか?」


 トラバサミにかかって身動きが取れなくなっているヒルトの姿がそこにあった。


「ヒルト!? お前何してんだ!」


 朝陽が思わずツッコミを入れてしまう。


「創造神様。なんですかこれ。急に俺の足元にこんなものが出現したんですけど!」


 ヒルトの右足が血で滲んでいる。トラバサミでダメージを受けていてとても痛々しい。


「あー。すまない。ヒルト。それ、俺が仕掛けた罠だ」


 小鳥たちはヒルトの溢れ出る魔力を感知して警戒してさえずるのを辞めたのだ。それを朝陽がモンスターがやってきたと勘違いしてしまった。それがこの寸劇の真相である。


「全く、紛らわしいんだよ。お前は」


 なぜかポアロンに怒られているヒルト。ヒルトは完全な被害者でなにも悪くないはずなのに。


「酷いじゃないですか創造神様。俺がなにしたって言うんですか」


「悪かったって。神界に戻ったら、なにか美味いもの出してやるから。それで機嫌を直せ。な?」


 ただひたすらにヒルトに平謝りをする朝陽。なんとか全員合流できたのはいいが、ヒルトが痛手を負ってしまったことには変わりない。


 朝陽はトラバサミを解除して、ヒルトを救出した。ヒルトの足はとても痛々しく血が流れている。このままではロクに歩けそうもない。


「仕方ない。ほら。ヒルト。足を出せ。わたくしが治癒の魔法をかけてやろう」


「おお。悪いな鳥公」


「鳥公言うな。ほれ。治癒魔法は魔力だけでなく、使用者の気力をも削ぐ。むしろ後者の方が消耗が激しい。主戦力たる創造神様にこれを扱わせるわけにはいかないのだ」


 ポアロンが羽をバタバタと羽ばたかせ始めて、ヒルトの傷口に風を送る。これがポアロンの癒しの風。この風を受けた者は徐々に傷が回復する鳥特有の魔法なのだ。


祝福の風ブレスウィング!」


 ポアロンがヒルトの傷口を直し始めたその時だった。


「いやあああ! 助けて! ライズ様!」


 マーヤの悲鳴が聞こえてきた。朝陽はマーヤの名前を呼びながら血相を変えて、マーヤのところに戻った。


 マーヤは身の丈2メートルほどある黄土色のモンスターに腕を掴まれていた。


「お前、ニンゲンのオンナか? あいつらの差し出したイケニエ。くくく。中々いい器量じゃないか。じっくり楽しませてもらおうか」


 モンスターはマーヤをチラリと見ると厭らしく舌なめずりをした。マーヤは完全に恐怖で足がすくんでしまっている。


「下衆なモンスターがマーヤに触れるな!」


 朝陽がバァンと力強く手を叩くとモンスターの上空に金盥かなだらいが出現した。そして、そのまま金盥はモンスターの頭上にバコンと落ちたのだった。


「イテェ!」


 モンスターはいきなり頭部にダメージを受けたのでマーヤから手を離して、自身の頭部に手を当てた。マーヤはその隙に逃げ出して、朝陽の元に駆け寄った。


「ライズ様!」


 マーヤは朝陽に抱き着いた。その体は震えていた。非常に怖い思いをしていたのだろう。


「すまない。マーヤ。俺の判断ミスだ。キミを危険な目に遭わせてしまった」


「いいえ。ライズ様は私を助けてくれました。とても嬉しいです」


 ドスンと地響きが鳴り響く。モンスターが地団駄を踏んでいる。マーヤはその地響きに驚いて、朝陽の後ろに回り込み隠れてしまう。


「く、くきき! キサマ! 俺と同じく不思議な力を持つものなのか!」


 モンスターは朝陽を指さした。朝陽は指をさされて少し不快な気持ちになった。人に指をさしてはいけない。所詮モンスター、その程度のマナーもしらないのだ。


「お前! 誰に向かって指さしてんだ! 俺は神だぞ! 無礼な」


 流石の朝陽も指をさされて怒った。けれど、モンスターはそれに対して、高笑いで返す。


「はっはっは。なにが神だ。不思議な力を持ったくらいで調子にのりおって。そんなもの俺だって持っている」


 モンスターが地面をパンチすると、土がモンスターの手に纏わりついて、斧の形をした石に変わった。どうやら、ゴーンと同じく土を操る魔法が得意らしい。


「俺の名前はオウギ! ストーンアクスのオウギだ! 覚えておけ」


「俺の名前はライズ。覚えなくていいぞ。どうせお前はすぐに死ぬのだから」


「ほざけ!」


 朝陽の発言に怒ったオウギは手に装着したストーンアクスを朝陽に向かって振り下ろした。


 朝陽はその攻撃を躱した。攻撃対象を見失ったストーンアクスはそのまま地面にぶつかる。その衝撃で地面が抉れて、地響きが鳴り響く。


 その衝撃はとてもすさまじいもので、朝陽はその衝撃を受けてよろめいてしまうほどであった。


「そこだ!」


 朝陽がよろめいた隙に再び、ストーンアクスを振り下ろすオウギ。朝陽は体勢を崩していて攻撃を避けられない。最早、絶体絶命のピンチだ。


「木よ! 生えろ!」


 朝陽がそう念じたら、朝陽の足元から一本の木が生えてきた。朝陽は木の枝に捕まり、上空へと逃げた。


 ストーンアクスは上空に逃げた朝陽ではなく、地に根を張っている木に命中した。


 木はストーンアクスの攻撃を受けて、少し抉れてしまった。それを見てオウギはニヤリと笑った。


「この木を切り倒したら、オマエはどうなるんだろうな? なァ!?」


 オウギは連続して木にストーンアクスを打ち付ける。その度に木が揺れて上にいる朝陽は枝にしがみ付いて落とされないようにしている。


 だけれど、このまま待っていても木が倒されるのも時間の問題だ。朝陽は思い切って木から飛び降りた。そして、オウギに向かって飛び蹴りを食らわしたのだ。


「ふぼへぇ!」


 オウギの顔面に朝陽の蹴りがめり込む。飛び蹴りを受けて倒れてしまうオウギ。かなり痛いところに入った。

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