第15話 霊峰ミヤマ登山

 レンガの家で朝陽とマーヤとポアロンが一夜を共にした。


 朝陽とマーヤはそれぞれ別室のベッドに寝て、ポアロンは止まり木の上で静かに就寝している。


 明日、霊峰ミヤマに登って、くだんのモンスターを倒す。そのためには今は英気を養わなければならない。ヒルトとはぐれている今、戦えるのは朝陽とポアロンだけである。


 朝陽は攻撃的な魔法を苦手としているし、ポアロンは魔法こそ使えるものの、肉弾戦はそんなに強くない。ゴーンを打ち倒したヒルトがいないのは大きな戦力ダウンである。


 それでも、マーヤのためにモンスターを倒さなければならない。自分がヒルトの分まで戦おう。朝陽はそう決意するのであった。


 一方、その頃のヒルトはハンの集落の女性陣に取り囲まれていた。


「ヒルト。おかえりー会いたかったよ」


「急にいなくなっちゃうんだもん寂しかったよ」


 特定のパートナーがいないハンの集落の女にとっては、ヒルトは正にアイドルのような存在である。


 元々ヒルトは顔が良くて人気はそこそこあったのだけれど、創造神に認められた存在になってからは人気がより一層高まった。


 顔が良くて魔法の才もあって強い存在となっては女性陣からは憧れの存在として祭り上げられるのも当然の結果だ。


「ごめん。俺、創造神様を捜しにいかないといけないんだ」


「えー。でももうすぐ日が暮れるし、夜は獣やモンスターがいっぱいいて危ないよ。集落でゆっくりしていこうよ」


 巨乳の女がヒルトの腕に絡みついてきた。当然ヒルトの腕に胸がぴたりと当たる。


「ああ、もうそういうのは後にしてくれよ」


「ヒルト。私のこと嫌いになったの?」


 巨乳女がヒルトに目を潤ませながら上目遣いをしてきた。


「あ、いや。嫌いとかそういうんじゃなくて、傷つけならごめん」


 結局、ヒルトは女性陣たちには強く出ることができなかった。ヒルトが狩りで足手まといになっている時に支えてくれたのはこの女性陣たちなのだ。彼女たちを邪見に扱うことがヒルトにはできなかった。


 結局ヒルトは、彼女たちが寝静まるまでハンの集落を移動することができなかった。



「創造神様。起きてください。創造神様」


 ポアロンが朝陽の体を揺する。しかし、朝陽は1度寝たら中々起きない。彼を起こすのは至難の業だ。


 ポアロンは大きく息を吸い込んだ。そして、


「起きろゴラァ! いつまで寝てんだ! この金髪猿がー! いい加減にしないと、耳にペリット詰め込むぞ!」


 ポアロンは強い口調で朝陽の耳元で叫んだ。決して鼓膜が破れないように、けれど無理矢理起こすほどの音量で。


「んー。ああ。おはようポアロン」


「おはようございます創造神様。爽やかないい朝でございますね」


 さきほどまで朝陽を好き放題罵倒していたとは思えないほど媚び媚びの美少女ボイスを放つポアロン。


「しかし、俺を起こす時に罵倒する癖をなんとかしてくれないか」


「創造神様がさっさと起きれば済む話なのですよ」


 ガチャリと朝陽の寝室の扉が開いた。扉を開けたのはマーヤだ。彼女は恐る恐る朝陽の寝室に入った。


「おはようございますライズ様」


「ああ、おはよう。マーヤ」


「こら! マーヤ! 創造神様の寝室に入るとは恐れ多い! 下民の癖に、立場をわきまえろ!」


「ご、ごめんなさい」


 マーヤはポアロンにいびられて委縮してしまっている。


「まあまあ、ポアロン。俺は気にしてないから、そんな風に言わなくてもいいじゃないか」


「けれど、創造神様。下民というのは甘やかすと図に乗るものです。きちんと身分の違いというものを叩きこむ必要があります。でないとあの原始猿ヒルトのように、無礼なやつになるかもしれません」


 ポアロンはあくまでもマーヤの教育のためにやっているというスタンスなのだ。ちなみにポアロンが朝陽の寝室に入ることは許されていると思っている。なぜならポアロンは神の使いという特権があるからだと彼女自身がそう思い込んでいるからだ。


「では、朝飯でも食うか。ポアロンはミミズでいいか?」


「せめてネズミでお願いします」


「わかった。ネズミな」


 朝陽は手からネズミを生み出した。ネズミは「ハハッ」と鳴き声をあげて元気に駆け回っている。それをポアロンが捕まえて、もぐもぐと食べ始める。


「マーヤはなにが食べたい?」


「私は……キイチゴが食べたいです」


「それだけでいいのか? それだけだと腹が空くんじゃないのか?」


「私は……木の実しか食べたことがありません」


 マーヤは年齢の割には背も低くて体格も貧相である。それは成長期に十分な栄養を取ることができなかった弊害なのだ。


「菜食主義者なのか?」


「私は集落のはみ出し者。食料は分け与えられませんでした。私は力無き女。狩りなんてできるはずもなく、木の実を自分で採ることでしか生きられなかったんです」


 マーヤの表情が暗くなる。彼女だって好きで木の実ばかり食べているわけではないのだ。それ以外の食べ物を知らないだけなのだ。


「そうか。辛いこと思い出させてしまって悪かったな」


 現代日本に生まれて食べ物に困ったことがない朝陽。マーヤのそういった苦しみを完全に理解するのは難しいかもしれない。けれど、救うことはできる。


「マーヤ。俺の育った世界の料理でも食べるか? んー。女子はこういうの好きそうだよな」


 朝陽の手から皿に乗ったパンケーキが出てきた。パンケーキは3段重ねになっていて、頂部にはクリームやらキウイやバナナなどのフルーツが盛られていて見た目の造形も中々に映えるものであった。


「これはなんですか?」


「パンケーキというものだ。俺の世界では女子の間で一時期これが流行っていた。マーヤもきっと気に入ると思って作ったんだ」


 マーヤはナイフとフォークを無視して、パンケーキを手づかみで食べ始めた。


「美味しい……美味しいですライズ様」


 マーヤは2段目、3段目のパンケーキも次々に平らげていく。


「ご馳走様でした。ライズ様」


「ああ。気に入ってくれたようで良かったよ。さて、腹ごしらえも済んだことだし、そろそろ行くか。おっと、その前に……もうこの集落に戻らないんだから、この家は必要ないな」


 朝陽は手をポンと叩くと時限式にダイナマイトを作成した。そして、それを家の中央に置いた。


「この建物は自動的に爆破される。創造神たる俺が破壊行動するのは少し変な話だけれど、この家をヤマの集落の奴らに使われるのも気に食わない」


 朝陽はカチッカチッと鳴っているダイナマイトを見ながら、あくどい笑みを浮かべる。


「流石、創造神様です。破壊の力を持たないのなら、破壊するものを創造すればいいという発想。わたくしは感服致しましたぞ!」


 朝陽とマーヤとポアロンはレンガ造りの家を後にした。もう2度とこの家に戻ってくることはないだろう。



 2人と1羽は霊峰ミヤマの麓に辿り着いた。麓には草木が生い茂っていて、美味しい木の実が沢山とれるという。これも霊峰ミヤマから湧き出る水の恵みの力なのだ。


「ライズ様、ポアロン様。ここから先は私が案内します。霊峰ミヤマには何度か登ったことがあります」


 マーヤが先頭に立って、歩き始めた。朝陽とポアロンはそれについていく形になった。


 この世界を創った朝陽だけれど、その細部までを知り尽くしているわけではない。漠然としたイメージが形に成り、細部は自動調整された。なので、細かいところは朝陽は知らないのだ。


 マーヤが張り切って、前へ前へと進んでいき、朝陽とポアロンはそれに対してかなり遅れている形になった。


「あ、そうだ。ポアロン。ちょっといいか?」


「なんですか? 創造神様」


 先頭のマーヤには聞こえないほどの声で会話をする1人と1羽。


「俺はマーヤを神界に迎え入れようと思っている」


「な、なんですと。マーヤをですか? あの小娘は神に相応しい才を持っているのですか?」


「いや、それはわからない」


「わからない? なのに神界に迎え入れるのですか? あそこは神々が住まう場所。神の器ではない者が立ち入るなどあってはならないのですよ」


「そんなことわかってるさ。けれど、マーヤはどこにも居場所がないんだ。ヤマの集落のみんなから爪はじきにされて辛い思いをしてきた。そんな彼女は報われてもいいだろ」


「創造神様。この世にはそういった思いをしている少年少女たちは腐るほどいますよ。マーヤだけが例外ではないのです。それにマーヤも神にならなければ、人の身のまま寿命を迎えます。神界の時の流れに耐え切れずにかえって早死にするかもしれませんよ」


 ポアロンの現実的な話を受けて、朝陽は複雑な気持ちになった。


「せめて、ハンの集落に迎え入れてもらえるように要請しましょう。そこならば、マーヤも辛い思いをしなくて済むでしょう」


 結局のところは、ポアロンの代替案を受け入れるしかないのだ。辛いけれど、現実的な考えも時には必要なのだ。

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