第二章 楽しい創造建築
第8話 拠点を作ろう
神界へと戻ってきた朝陽とポアロンとヒルト。相変わらずなにもないただっ広い殺風景なところだ。ヒルトは初めてみる神界を見て、少し落ち込んだ表情を見せた。
「これが神界ですか? 創造神様。なにもないところですね」
ヒルトとしては神界とは、水も透き通っていて緑豊かな場所というこの世の楽園みたいなイメージを持っていた。事実、ヒルトの出身地であるハンの集落では、神の住まう場所はそのような場所だと言い伝えられていたのだ。
「こら、ヒルト! 神々が住まう場所をなにもないなどと抜かすな! 確かになにもない場所だけれど、ここにしか咲かない花もないけれど! ここは神聖な場所なのだぞ」
ポアロンがヒルトに対して憤慨している。
「まあ、確かにヒルトの言うこともわかる。なにもない空間というのは寂しいな。それじゃあ、俺がちょっくら拠点というものを作ろうか」
朝陽は紙とペンをイメージして念じた。それが具現化して、朝陽の手にポンと出現した。そして、今度は机と椅子をイメージする。朝陽が生前使っていた漆黒の机と青いゲーミングチェアだ。それをイメージ通りに出す。
朝陽は椅子に腰かけて、机の上に紙を置いた。
「うん。やっぱり、この椅子が一番いい。座り心地抜群だな」
朝陽は椅子の感触を確かめてうっとりとしている。ついでに、エナジードリンクを何本か作り出して手元に置いた。これが朝陽の動力源なのだ。人類という肉体だった朝陽はこれの摂取しすぎで死亡したが、神と化した朝陽はこの程度では死なない。なんの躊躇もなくエナジードリンクをごくごくと飲み始めた。
「まずこの空間には地面すらないからな。地面もなければ当然重力もない。まずは土台となる地面を作らなければならない」
朝陽は地面をイメージした。茶色い土。その上にうっすらと生える草花。緑豊かな土地を想像し創造した。
すると朝陽の足元に地面が出現した。朝陽より少し高い位置にいたヒルトは、すとんと地面に引っ張られて大地へと降り立った。
「おお! これが神界の地面ですか!」
ヒルトはジャンプをして、地面の感触を噛み締めた。
「まあ、衣食住を確保することは大事だな。俺たちは神とその使いだから、なにも食べなくても死にはしないけれど、なにか食べないと元気は出ない。食料の確保も重要だし、寝泊まりするところがなければ疲れも完全に取ることはできない」
朝陽は紙に思いついたアイディアを次々に書き込んだ。神界に作る菜園や牧場の設計図。そこで育てる野菜や家畜などを次々にアイディアとして書き込む。
朝陽の創造神の力を使えば、食料を生み出すことができるにはできるが、朝陽も食事の度に一々力を使うのも面倒なのだ。そのため、食料を力に頼らずに生産できる土台を今の内に作っておくことは重要だ。
「あれ?」
朝陽はふと自分の両手を見つめた。
「どうしましたか? 創造神様」
「これだけの量の地面を創造したのに魔力が減ってる気がしないんだ。セイントパーク内では山や森を創ったら結構魔力が持ってかれたのに」
「ああ。それは神界という神聖な場所が創造神様に力を与えているお陰です。創造神様はこの神界にいる限り、魔力が増幅して回復量も増えるのですよ。創造神様が世界を創生することができたのも、この神界の特性のお陰なのですよ」
「そういうことだったのか。なら魔力切れを気にすることなく自由に創造できるんだな」
ポアロンの説明を受けて、朝陽は納得したようだ。早速、次の創造に取り掛かる予定だ。
「ヒルト。なにか好きな食べ物はあるか?」
「俺はマンモスの肉が好きですね」
「そうか。じゃあ神界でマンモス飼うか。ちょっと試しに召喚してみよう」
朝陽はマンモスをイメージした。現代人の朝陽にはマンモスは空想上の生き物であるが、象の形を思い浮かべて必死にマンモスを創造しようとする。すると、マンモスがドンと出現した。
「おお!」
ヒルトは地上で見るマンモスと同じマンモスを見れて興奮している。そして、マンモスを指で突っついてみた。そのことで刺激されたマンモスは急に暴れ出す。
「うわ! ちょ、創造神様助けて! 俺、狩り苦手なんですよ!」
マンモスは鼻を鞭のようにしならせて、ヒルトに思いきり叩きつける。ヒルトは鼻の攻撃を受けて思いきり吹き飛ばされてしまった。
「なにやってんだよ……」
朝陽はヒルトを呆れた目で見ていた。ゴーレムを倒すほど強いヒルトであったが、やはり狩りには向いてないようだ。
「マンモスの肉は保留だな。じゃあ、このマンモスを消すか」
朝陽はマンモスが消えるように念じた……しかし、なにも起こらなかった。
「あれ? 消えろ! 消えるんだよ! おい!」
「創造神様。あなた様は創造神なのです。破壊神ではないので、物体を消すことは苦手なんですよ。だから、生み出すものを慎重に選ばなければならないのです。変なものを創っても誰も処理してくれませんので」
ポアロンが冷静に朝陽に解説をする。
「ええ……それ先に言ってくれよ」
マンモスは地面を揺らしながら、その辺を駆け回っている。幸い、神界は広い場所であるので大惨事にはならなかった。もし、狭い密室にマンモスと一緒に閉じ込められていたら、今頃、朝陽たちはマンモスに全滅させられていたかもしれない。
「マンモス……恐るべし」
朝陽の中でマンモス最強説が浮上した瞬間だった。
「創造神様。あのマンモスは如何致しましょう?」
ポアロンは遠くへ遠くへ爆走していくマンモスを見つめてそう言い放つ。
「放っておこう。遥か地平線の彼方まで爆走していったし、2度と会うこともないだろう」
「いたた……」
マンモスに吹き飛ばされて倒れたヒルトがようやく起き上がった。マンモスの鼻に打たれた箇所が赤く腫れあがっている。神として覚醒したヒルトだから、攻撃に耐えることができた。けれど、常人がマンモスの鼻に打たれたら骨の1本や2本は軽く持っていかれるだろう。
「あー。俺のマンモス肉がー」
ヒルトは見えなくなっていくマンモスに思いを馳せた。
「食料も大事だけど、水も必要だな。よし。川の水を引くぞ」
朝陽は川をイメージした。そして、当然のように川を創り出す。流れていく澄みきった川は正に芸術と言えるだろう。
「川を作ったなら水棲生物も作り出したいな。でも、俺って川にどんな生物が棲むか知らないんだよな」
朝陽は顎に手を当てて考え込んだ。
「でしたら、創造神様。この川に生命の素を撒きましょう。そうすれば、この環境に適した生命体が自然と誕生しますよ」
「そうだな。そうするか」
ポアロンの提案通りに川に生命の素を撒いた。5億年前にセイントパークの海に撒いた生命の素と同じものだ。これを撒くことによって、その環境に適した生命体が生まれる。今のセイントパークにいる生き物も全て、元をたどれば朝陽が撒いた生命の素の進化系なのだ。
「しばらく待つとこの川に生命が生まれます。どんな生命が生まれるのか楽しみですね。創造神様」
「だな。川魚とか食いたいしな」
「俺はマンモスが食いたいです」
ヒルトは全く反省の色を見せることなくそう言った。先程、マンモスのせいで痛い目を見たのにまだ懲りていない。
「マンモスは川の生き物じゃないぞ。ヒルト」
朝陽はヒルトに対してツッコミを入れた。
「さて、次はなにをしようかな……」
朝陽は机の上にあった2本目のエナジードリンクを手に取ってぐびぐびと飲んだ。
「結局食料問題は解決できてないんだよな。マンモス召喚しただけだし。とりあえず、餓死しないようにリンゴの木でも作るか。その方が楽園っぽいイメージが出てくるし」
そう言うと朝陽はリンゴの木を想像する。朝陽の目の前に巨大なリンゴの木が生えてきた。
「よし、できた。まあ食べ物も作ったことだし、ここらで少し休憩でもするか」
朝陽とヒルトはリンゴの木に登り、木からリンゴをもぎ取って食べた。
「美味い! 俺こんなに美味い果物食ったの初めてです!」
ヒルトは目に涙を浮かべながらリンゴの実を食べている。
「大袈裟だな。ヒルトは。別に普通のリンゴだと思うんだけどな」
朝陽の基準では、より甘く美味く品種改良されたリンゴが当然のものであった。しかし、ヒルトたちが住む人類が誕生したばかりのセイントパークでは、このような美味い果実はまだ存在しないのである。
「俺……ここに来て良かったです。俺、創造神様のために命をかけて戦いますから!」
たった1つのリンゴでヒルトの懐柔に成功した朝陽だった。
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