第7話 神界へ帰還
ハンの集落から少し離れたところに、小さな丘があった。そこには、沢山の石が打ち立てられていた。これは、今までに死んだハンの集落の人々の墓なのだ。それが今日、また多くの石が立つことになった。
石の前でヒルトが両手を上げて天を仰いだ。散っていった戦士たちに思いを馳せている。その様子を見て、朝陽とサエカは複雑な思いで見守った。
死んでしまった命はもう元に戻ることはない。これは創造神の力を持ってしてでも生き返らすことはできないのだ。生命を生み出せる創造神の力。それでは、亡くなった人物に限りなく近い別人を生み出すのが精一杯。そんなものはなんの慰みにもならない。死んだ人間が生き返ったわけではないのだから。
「ライズさん……私の集落。トールの集落のみんなもまだあそこに朽ち果てたままなんです。トールの集落では墓を立てるという習慣はありませんでした。死んだ人はそのまま放置して野生動物に食われて消える。それが自然に還るということ……けれど、ハンの集落の人を見てたら、私も彼らを埋葬したくなりました。この気持ちはなんなんでしょう」
宗教観がなかったトールの集落では、死人を弔うということもなかった。けれど、サエカは初めて触れるそういった価値観に心が動いてしまったのだ。
「サエカ。人が人を弔うのは気持ちの整理をつけることに必要なことだ。ヒルトは彼らを弔うことで彼らの死を受け入れて前へと進んでいけるんだ」
「そうですね……ライズさん。私も前に進むために、集落のみんなを弔います」
丘に風が吹いた。ヒルトの明るいオレンジ色の髪、サエカの黒髪、朝陽の金髪に染めた髪をそれぞれ靡かせる。どこか哀愁漂う風は3人の心の中に静かに残った。
「創造神様。サエカ。戻りましょう。俺たちの故郷へ」
朝陽とサエカは黙って頷き、ヒルトを先頭にハンの集落へと戻った。
◇
ハンの集落の中心に巨大な炎が焚かれていた。胸と股周りを布で巻いただけのセクシーな恰好をした女性たちがそれを中心に取り囲んでいる。
「みなの者! 今日は宴じゃ! 憎きゴーンを倒したヒルト! ゴーンの襲来を教えてくれて、我らに魔法の力を授けてくれた創造神様! その2人の英雄を称えるのだ!」
ハンの酋長の一言で、生き残ったハンの集落のみんなは沸き立った。火の周りをとりかこんでいた女性たちが踊り出す。それを見て男性陣たちも一緒になって踊る。
仲間の死という悲しい現実はあるが、この世界のこの時代ではよくあることだ。いつまでも湿っぽいことはしないで、勝利を喜び、宴を開く。それがこの集落の人のやり方なのだ。
「時にサエカよ。お前、ハンの集落に来ないかのう?」
酋長がサエカに救いの手を差し伸べた。サエカの集落は全滅している状態だ。サエカ1人ではとても再建はできないし、生き抜くことさえできないだろう。
「いいんですか? 酋長様」
「構わん。お前のような美人が来てくれるなら集落の男たちも大歓迎だろう」
「うぅ……ありがとうございます」
サエカは歓喜のあまり泣いてしまった。彼らなら良い関係を築けるだろう。傍でそれを見ていた朝陽はそう感じた。
「こほん。時に酋長殿。ヒルト。相談があるんだが」
創造神の使いたるポアロンが話題を切り出す。
「おお、ポアロン様。なんでも仰ってください。我々はあなた方になんでも協力するつもりですぞ」
酋長の言葉にポアロンはニヤリと笑った。
「ヒルトを
「ぶふぉ……」
なぜか朝陽が噴き出してしまった。ポアロンと朝陽はなんの打ち合わせもしていない。急にポアロンがこのようなことを言って一番驚いているのは朝陽だろう。
「なに言ってるんだポアロン! ヒルトはハンの集落の重要な戦力なんだぞ。それを引き抜くなんて」
「ええ。構いません。こいつで良かったら存分に使ってください」
酋長は快くヒルトを差し出した。ヒルトもその言葉を受けてどこか安心したようだ。
「創造神様。俺……もっと創造神様のお役に立ちたいんです。ハンの集落から離れることになるのは少し寂しいけれど、でも……創造神様のお役に立てるのに、それを断ったら、死んでいったみんなに怒鳴られる気がするんです。だから、お願いします創造神様! 俺を存分に使ってください」
ヒルトは朝陽に向かって頭を下げた。朝陽もその熱意にやられたのか首を縦に振った。
「まあ、ヒルトがいいならいいか。これからよろしくなヒルト」
「はい! 創造神様のためにこの命を捧げます!」
朝陽とヒルトは握手を交わした。ヒルトは朝陽と握手できて少し照れ臭そうにしている。ヒルトにとって、創造神の朝陽はまさに雲の上の存在である。その存在に認められて舞い上がっているのだ。
「それとサエカ。お前には、いや。お前の子孫の代まである使命を与える」
「へ?」
ポアロンは今度はサエカになにかをするつもりだ。事前に話を聞かされていたヒルトと違ってサエカは本当に初耳と言った感じの反応だ。
「サエカ。お前は創造神様の神託を受け取る聖女になってもらいたい。神界と人界を結ぶ中継役。それがお前の役割だ」
ポアロンはサエカを羽で指した。サエカは少し悩んだ後に答えを出す。
「ええ。いいですよ。可愛い鳥さん。せいじょ? がなんなのかわかりませんが、とにかくやってみます!」
サエカは両手の拳を握って、気合十分といった感じの反応を見せる。
「では、皆の衆! 刮目してみよ! これよりヒルトが神になる儀式とサエカが聖女になる儀式を執り行う」
ポアロンがそう言うと踊り狂っていた集落の民が踊りを止めて、ヒルトとサエカと朝陽に注目した。
「さあ、創造神様。まずはヒルトに創造神様の力の一部を授けるイメージをしてください。次に、ヒルトになんのイメージが似合うのかを考えてください。そして、ありったけの魔力を送ってみてください」
「こうか?」
朝陽はポアロンの言う通りにイメージして、ヒルトに手をかざした。そこから魔力を供給する。
「うお!? おおおお!」
ヒルトは沸き上がる力を感じた。まるで今までの自分から新しいなにかに生まれ変わるそんな感じがした。
――ヒルト。お前が司るものは太陽。たった今この瞬間から、お前は太陽神ヒルトになったのだ。
ヒルトの右手の甲に太陽の形を模したマークが浮かびあがってきた。
「成功ですね。これでヒルトは神界に足を踏み入れることを許された神になりました。良かったなヒルト」
「はは。俺、本当に神になったんだ」
「後、ヒルト。くれぐれも言っておくが、神になったからと言って創造神様と対等になったと思うなよ。神にも身分というものがある。創造神様は最高神なのだ。そのことを忘れるでないぞ」
ポアロンはヒルトに対してクギを刺した。創造神様になにか失礼があってはいけない。その思いだったのだ。
「ああ、わかったよ鳥公」
「な! なんだその無礼な口の利き方は! わたくしは創造神様の使いなのだぞ」
「でも、使いなだけで神そのものではないんだろ? だったら、神の俺の方がランクは上だろ」
「むむむ。調子に乗りおって!」
「悔しかったら、お前も神になってみろ」
ヒルトは悪戯っ子のような表情を浮かべて、ポアロンを
「次にサエカの儀式だな。創造神様。サエカに向かって、言葉を念じてみてください。こう、考えていることを発信するイメージで」
「む、こうか?」
朝陽はサエカに向かって考えを送ろうとした。しかし、いざ言葉を送ろうとしてもなかなか思い浮かばないものだ。その時、あまりにも美人をサエカを前にして朝陽は煩悩を全開にしてしまった。
――おっぱいは何カップ?
それを受信したサエカは首を傾げた。
「おっぱいはわかりますが、何カップとはどういうものを表すのでしょうか?」
サエカはおっぱいの意味はわかっても、カップがなにを表すのか理解できなかったようだ。原始時代では女性の胸の大きさを細分化する文化はまだ存在していない。その弊害が起きてしまったのだ。
「創造神様! あなた様はなにをおっしゃるのですか! 最高神がそのような煩悩塗れでは下々のものに示しがつきませんよ!」
「ああ、もうわかったわかった。でも、ちゃんと伝わることはわかったし。これでサエカは聖女になったんだよな」
「ええ。そうですよ、全く」
儀式も終わり、人々はまた宴会を始めた。そして、夜通し続いた宴会が終わり、夜が明けた。
「創造神ライズ様。その使いのポアロン様。太陽神ヒルト様。もう行ってしまわれるのですね」
酋長が集落の人々を連れて見送りに来てくれた。
「ああ。神がいつまでも下界にいるわけにはいかないからな。神界に戻らなければならない」
「酋長。俺……」
ヒルトは酋長になにかを言おうとしたが、言葉に詰まってなにも言うことはできなかった。本当は伝えたことがいっぱいある。これが今生の別れになってしまうかもしれない。けれど、言いたいことがありすぎて逆に言うことがないのだ。
「ヒルト様。ハンの集落から神が生まれたことを誇らしく思います。あなた様は我らの誇りなのですよ」
「酋長……長生きしろよ!」
ヒルトは涙を堪えてそう言い放った。
「ライズさん。いつでも私に話しかけてくださいね。でないと、私寂しくなっちゃいます」
「こら、サエカ。神託はそういうものじゃないぞ」
ポアロンに怒られてサエカはしゅんとしてしまった。朝陽たちと別れるのが寂しいのだ。
「では、参りましょうか。創造神様」
「ああ」
朝陽とポアロンとヒルトは消え去った。神界へと戻ったのだ。彼らが消えた後も酋長を始め、ハンの集落のみんなは両手を上げていた。朝陽とヒルトのために……
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