第3話 自称神をぶっ飛ばせ!

 目に涙を浮かべるサエカ。ゴーンに大切な家族を殺されて辛い思いをしているのだろう。その彼女にゴーンを倒してくれと懇願されては朝陽も断ることはできなかった。


「よし、俺に任せろ!」「ダメです」


 男らしくバシっと決めようとした朝陽だったけれど、ポアロンに阻止されてしまった。


「ダメってどうしてだよ! お前はゴーンに対してムカつかないのかよ! 一族郎党皆殺しなんて非道なことをするやつを野放しにしていいのか!」


「残念ですが創造神様。それが人間の……いえ、生き物の歴史なんですよ。所詮、どれだけ時代が進もうと生き物は弱肉強食の常から逃れられることはできないのです。創造神様がお創りになられたこのセイント・パークでも同様です。矮小な存在が強大な存在に滅ぼされ、利用されるのは避けられないことなのです。創造神様の元いた世界ジ・アースもそうでしたよね?」


「うるせえ!」


 ポアロンの長々とした論理をたった4文字の言葉で説き伏せた朝陽。これにはポアロンも思わず鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする。鳥だけに。


「俺は神だ! 気に入らねえやつをぶっ飛ばしてなにが悪い!」


「創造神様。下界の人間の事情に首を突っ込みすぎるのは良くないことですよ。自然のままに任せるのが一番でございます」


「ポアロンは悔しくないのかよ! あいつは創造神である俺を差し置いて神を名乗っているんだぞ! ただ、魔法が使えるだけの人間が! アイツは俺に喧嘩を売った。俺はそれを買った。それだけのことだ! これはいわば神と人間の喧嘩なんだ!」


 朝陽は真っすぐな目でポアロンを見つめた。ポアロンは流石に根負けしたのかため息をつく。


「わかりましたよ創造神様。もうお好きなようになさってください。わたくしも創造神様の使いとして精一杯サポートさせて頂きますよ」


 ポアロンはクチバシで羽を繕い身だしなみを整える。そして、サエカの方に向き直る。


「良かったな小娘よ。創造神様が慈悲深いお方で。本来なら貴様らのような下賤な者など助けるのには値しない。だが、創造神様の意向がなによりも優先される。創造神様に感謝をし、敬うのだ。そして、信仰するのだ! 創造神様の像を立てるのだ!」


「は、はあ……よくわかりませんがありがとうございます。ライズさん。鳥さん」


 サエカはポアロンに対して完全に引いてしまっている。サエカにはまだ神や宗教という概念がないのだ。創造神だの象を立てろだの言われもピンと来ていないのだ。


「とりあえず、ポアロンどうすればいい? 恐らく、無策に立ち回ってもゴーンは倒せないだろう。お前の知恵を借りたい」


 朝陽に頼られてポアロンは天にも昇るような気持ちだった。鳥だから天だろうがどこにでも飛び立てるのだけれど、それは言わないお約束だ!


「はは、このポアロンめにお任せを。ゴーンは必ず、軍勢を率いてきます。偉大なる創造神様のお力があれば負けるはずはありませんが、それでも厄介なことには変わりありません。こちらも仲間を増やしましょう」


「仲間を増やすってどうやってだ? サエカの故郷のみんなは死んじまっている。俺たちの戦力は俺、ポアロン、サエカの3人しかいない。これ以上増えようがないぞ」


「そこはわたくしめに考えがあります。おい、小娘。この辺に集落はあるか?」


「はい。確か、ハンの集落というところがあります。ゴーンは次はその集落を襲撃する予定だと言っていました」


「なるほど。それは都合がいいな。それでは、ハンの集落まで行きましょう。創造神様。おい、小娘。ハンの集落まで案内しろ」



 ハンの集落。狩りと木の実採集で生計を立てている原生民族である。多くの集落が農耕にシフトしていく中で、未だに農耕という手法を受け入れられずにいた民族だ。


 当然、食糧事情も芳しくない。農耕によって爆発的に人口を増やす集落がある中で、人口の推移はほぼ横ばい。このままでは時代の流れに取り残されるであろう集落だった。


 今日も男たちはマンモスを集団で狩り、食料にありつこうとしていた。


「いくぞ! 背中は俺に任せろ!」


「足元に罠を仕掛けた! 誘導してくれ!」


 1人の力ではマンモスに勝てない。けれど、集団で力を合わせればマンモスを討伐できる。だが、どの世界にも鈍くさい人間というのはいる。朝陽の創ったこのセイント・パークにさえ。


「おい! なにやってんだヒルト!」


 ヒルトと呼ばれた青年はマンモスに立ち向かうわけでもなく、罠を仕掛けるでもなく、遠くにいてなにもしてなかった。


「せめて石くらい投げたらどうだ!」


 立場が上の仲間にそう言われてヒルトはしぶしぶ石を投げた。しかし、ヒルトの肩は弱かった。女性の平均値よりも断然短い飛距離しか石を投げられない。当然、石が届くわけがないクソザコ投擲とうてきであった。


「チッ……お前、もういいわ。お前抜きでもやってやる!」


 結局、ヒルトは戦いにおいて、なんにも貢献することができなかった。ただ、役立たずの青年。他の青年の筋肉量に比べても圧倒的に劣るヒョロさ。身長も女性の平均値に近く、男性としては最底辺の存在だろう。


 ただ、これでも顔は集落一番の好青年であり、女性陣からはいい感情を持たれている。それが、余計に男性陣にとっては、腹立たしいのだ。


「なんだ! あいつら! 他の集落のやつらがきたぞ! 男1人に、女1人。鳥1匹だ」


 集落一番の視力の持ち主である狩人が朝陽たちを発見した。ハンの集落の戦士たちは、他所の集落の人間がやってきたことで警戒をしている。人数的に襲撃にきたとは思ってないだろうが、それでも用心に越したことはない。


「おい。下賤な人間ども。その石槍を捨てろ。創造神様に武器を向けるな」


「なにぃ? 創造神だとぉ?」


 ハンの集落の人間は、宗教観が形成されていて、神の概念がきちんと存在している。創造神というのが事実なら、槍を向けるのは失礼に当たると判断するレベルの知能はある。ただ、朝陽が本当に創造神であることの確証が持てなかった。


「貴様が創造神だと言うのなら証拠を見せてみろ!」


「証拠か……うーん。そうだな。ポアロン。俺って地形変形レベルのことはできるんだよな」


「はい。もう、ご自由に地形を変形させて新しい大地を作って下さいませ」


 ポアロンの言葉を受けて、朝陽は何もない平原に向かって手をかざした。すると、地面が隆起して標高1000m程の山があっという間に出来上がってしまったのだ。


 これには、ハンの集落の人々もびっくりである。朝陽が創造神だと信じざるを得なかった。


「お、おぉ! 貴方は正しく創造神様! あ、あの……差し支えなければお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「俺のことはライズって呼んでくれ。創造神ライズ。うん。いい響きだ」


「おぉ……ライズ様! まさか神様にお会いできるとは思い増しませんでした。ああ、生きていて良かった」


 ハンの集落の屈強な戦士たちは、朝陽に向かって跪き、頭を下げている。ただ、1人、ヒルトを除いて。


「おい、ヒルト。お前も頭を下げないか! 創造神様に対して頭が高い!」


 ヒルトは慌てて跪き頭を下げた。


「ったく、本当に鈍くさいやつだな。申し訳ありません。ヒルトも悪気があったわけではないのです。お許しください」


「ん。まあ、いいや。それよりみんな頭上げてくれ。なんか話辛いや」


 朝陽に言われて、恐る恐る頭を上げるハンの集落の戦士たち。だが、今度はヒルトだけ頭を下げたままだった。


「おい! 頭を上げていいんだってば。本当に鈍くさいやつだな!」


 またもや戦士に言われて、ヒルトは慌てて頭を上げる。


「いいか。みんな。落ち着いてよく聞いてくれ。もうすぐこのハンの集落に、ゴーンとかいう神を名乗る不届き者が現れる。奴は不思議な力、魔法を扱えるんだ。ハッキリ言って、お前たちが勝てる相手ではない。俺はお前たちを救うためにここにやってきた。ゴーンを倒せる力を身に着けさせるためにな」


 朝陽のその発言に、戦士たちはざわつき始める。空想上の存在であった魔法を使えるやつがいること。そいつが自分たちを攻め落とそうとしていること。そして、それから守ってくれる存在、創造神ライズが現れたこと。色んな情報が出すぎて若干混乱している節はある。


「魔法は訓練すれば誰でも使えるようになる。貴様らのような下民でもな。わたくしが貴様らに魔法を教えてやろう。それでゴーンに対抗する力を身に着けるんだ」


 村の戦士たちは一斉に「おぉ!」と食いついた。あの鈍いヒルトでさえもだ。それだけ魔法の力とは人類の憧れなのだ。それが使えるようになると聞いてワクワクしない者の方が珍しい。


「まずは意識を集中させるのだ。魔法とは即ち、自然と調和すること。自然と一体化して、自身の奥底に眠る魔力を練り上げて、自らが新しい自然を作り出す。そんなイメージを放つのだ」


 抽象的な説明だ。これで分かれと言う方が無理があるだろう。しかし、魔法とはそういうもの。イメージの力を魔力を使い、形にして現実化するものなのだ。


 ハンの集落の戦士たちは全員苦戦している。そうだ。魔法は努力によって身に着けるもの。この短期間で魔法の力に目覚めるのは相当な天才しかありえない。それこそ、人間の身でありながら、神にも匹敵する力を持つ才能の持ち主でなければ不可能だ。


 ボッと音が聞こえた。火が勢いよくついた音だ。なにもないところに火は生まれない。生まれるとしたら誰かが魔法を使ったのだ。そして、その魔法を使った人物も驚いている。まさか、自分が一番最初に魔法を使えるようになるとは思いもしてなかっただろうから。


「え。こ、これでいいんですか? 創造神様?」


 ヒルトは右手の人差し指から放たれる炎の光を見て、そう言った。

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