第127話 戦う理由
どれくらい時間が経っただろう。
気は――失っていない。せいぜい数秒くらい。体も――まだ動く。
僕は今、地面に倒れている。魔王に地面にたたきつけられて、体の下にはクレーターが出来ているのがわかる。
『ルカ君! 大丈夫!?』
大丈夫。リムの声は聞こえている。全身に激しい激痛が走るが、僕はよろよろと立ち上がった。
まだだ――僕は回復魔法が使える。急いで回復さえすればまだ――
「終わりだ」
その時、僕の眼前に漆黒の剣が付きつけられた。僕の前に立っていたのは魔王。
ああ、そうなるよな。僕が吹っ飛ばされる方向に先回りしているくらいなんだもん。数秒もあったら僕の前に立っているはずなんだ。
剣先がギラリと光る。『死』を見せられている気分だ。魔王は僕の様子をギロリと睨んでいる。
「ルカ!!」
その時、僕の名前が呼ばれると同時に、魔王の背後から火球が飛んできた。彼は振り返ると、片手でスイカほどの火球を打ち消す。
「くっ、なんとなーくそんな気はしてたけど、やっぱダメだったクマね!」
魔法を撃ったのはカシクマだったようだ。それと同時に、今度は男の叫び声が聞こえてくる。
「うおおおおおおおおお!!」
僕につきつけられていた剣が動き、ガキン、という音が響く。魔王に斬りかかったのは、アルベールだった。
「無駄だ」
魔王はあっさりとアルベールの大剣を弾き返すと、そのまま彼に袈裟斬りを食らわせる。アルベールの胴体から赤い血が噴き出した。
「この程度で……終わってたまるか! セシル!」
「準備はできてるわ! <
セシルが両手の手のひらを前に掲げる。すると、魔王の体の周りで円を描くようにして魔法陣が出現する。全ての方位の地面から氷柱が生え、魔王を貫こうとした。
計算された角度。避けることができないと判断した魔王は、その場からジャンプで離れ、魔法攻撃を回避した。
「うわ、血だらけやないかい! エリクサーを使うんや!」
「ああ、助かる」
アルベールはユグちゃんから小瓶を受け取り、グイっと一気に飲み干した。すると、彼の体の傷は、逆再生したように一瞬のうちに癒えた。
「無駄だと言っているだろうが!」
魔王が激高して目に力を籠めると、カシクマたちが立つ場所に大規模な爆発が起こる。轟音とともに煙が立ち、みんなの姿が見えなくなった。
「みんな!!」
爆発がおさまって煙が薄くなっていくと、みんなが倒れているのが見えた。魔王は苛立った様子でアルベールの前に立つと、彼の頭を掴んだ。
「貴様は何故戦う? 余に勝てないのはわかっているだろう?」
「……ルカは俺の
全身がボロボロになりながら、魔王を睨みつけるアルベール。魔王はその答えを聞くと、彼を投げ捨てて次はセシルの髪を掴んだ。
「貴様は? 何故戦う?」
「決まってるでしょ、ルカは世界一の冒険者になるって信じてるから。私は誰よりも近くでその夢を追いかけるって決めたんだから!」
魔王はセシルのことも投げ飛ばす。次はカシクマの元へ。
「……貴様は?」
「可愛い居候のため……と、いつものボクなら茶化して言うところだけど……。期待してるんだよ。悪いかい? こんな規格外な男を目の前にして、ワクワクしてるんだよ、ボクは」
カシクマを蹴り飛ばし、最後に、ユグちゃんの元へ。
「貴様は?」
「決まっとるやないか、
ユグちゃんを投げ飛ばすと、魔王は数秒間、うつむいて黙った。そして、一人で語り始める。
「何故だ。どうして人間はこうも非合理的なことをする。勝てる見込みもないのに。なぜ滅びゆく運命を認めようとしない?」
「……そこに光を見たからだよ」
僕は立ち上がって魔王に言う。魔王は黙って僕の方を見つめた。
「確かにお前は強いよ、魔王。お前の存在は真っ暗な闇みたいだ。どこまでも広がっていて、終わりが見えなくて、先が見えない。ハッキリ言って絶望的だよ」
あの日の僕もそうだった。ルシウスに突き飛ばされて、暗いダンジョンの底へ落ちたあの日。暗闇の中をさまよったあの日。僕は絶望のどん底にいた。
「――でも、僕たちはそこに一筋の光を見た。それが本当に希望なのかどうかはわからない。手を伸ばしても届かないかもしれない。それでも僕たちは、光を追い求めているんだ」
「人間のように弱く、醜い生物がか? それこそ、太陽に手を伸ばすようなものだ。不可能だ」
「できる! 僕たちは弱い。だからこそ手を繋いで、弱さを埋めあって生きているんだ! それが僕たち人間の強さだ!」
僕がそう言った瞬間、アルカディアがひときわ強い光を放ち始めた。突然の出来事に、魔王は顔を手で覆って光を遮る。
『ルカさん! この光は……絆です! 強い絆を感じます!』
そうか、僕と神器だけじゃない。セシルやアルベール、他の仲間たちの絆が、アルカディアに集まっているんだ!
「人間が数人集まった程度で余に勝てるわけがないだろう! その光も今に塗りつぶしてやる!」
魔王はこちらに向かって歩いてきた。みんなが時間を作ってくれたおかげで、体の傷は完全に癒えた。
さあ――最終決戦だ!!
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