第124話 総力戦、VS魔王!

 ルカが扉をくぐったその後、カシクマたちは魔王と相対していた。


「わからんな。貴様らでは余に勝つことはできないとわかっているはずだ。なのになぜ立ち向かう?」


「決まってるクマ。ルカ・ルミエールはお前に唯一勝てる存在クマ。可愛い居候のために人肌脱いでやるクマ」


「ほんま手のかかる子やで。でもまあええわ、超絶美少女のユグちゃんが力を貸したる!!」


 カシクマは手のひらに杖を生成し、先を魔王に向ける。ハンキウスが吠えた。


 戦いの火ぶたは切って落とされた――!!


「<雷鳴怒涛ボルテックス>!!」


 カシクマが魔法を放つと、魔王を包囲するかのように魔法陣が現れ、雷が肢体を穿とうと走る。


 魔王は雷のひとつひとつを目で追い、剣で全てをはじき返す。まるで弓矢を斬っているようだ。雷はひとつとして当たることはなく、漆黒の剣によって斬り捨てられた。


「グガアアアアア!!」


 刹那、ハンキウスが声を上げて魔王に向かって突進をする。爪で魔王を切り裂こうと腕を振り上げた!


「無駄だ」


 魔王はハンキウスの鋭利な爪と剣を交じらせ、あっさりとはじき返す。建物のようなハンキウスの巨体が、まるで子供のように弾き飛ばされてしまった。


「なんやねんこいつ! めちゃ強いやないかい!」


「余計なことを言ってる場合じゃないクマ! さっさと手を動かす!」


 前に出て再び魔法攻撃を仕掛けようとした時、カシクマは肌を刺すような空気を感じ取った。


「ユグドラシル! 下がるクマ!」


「よし来た!」


 カシクマの指示に従い、ハンキウスはユグちゃんを乗せてカシクマの背後へ飛び跳ねる。


「<防御結界バリアー>!!」


 カシクマが杖を振るうと、三人の前に白い網目のような結界が展開される。それはまるで盾のようで、象ほどあるハンキウスの体を包み込むほどの大きさだ。


 次の瞬間、魔王が剣を横に薙ぎ払うと、赤い光の斬撃が結界に向かって飛び、ぶつかり合う。衝撃で風が吹き荒れ、カシクマは思わず片目を閉じた。


「なんだこの衝撃――! チートすぎだクマ!!」


 結界にミシミシとひびが入る。それは少しずつ大きくなり、卵が割れるように一気に拡散した。


 衝撃が三人を襲う。あまりの勢いに、三人とも後方へ吹っ飛ばされた。


「な、なんやねんあいつ……」


「しかも、まだ魔王は技を使っていない。まったく、ファヴニールの攻撃を耐えきった結界でもこのありさまクマか……」


 カシクマは魔王の強さを目の当たりにし、思わず失笑する。魔王はなおも、彼女を真っすぐに見つめて平静を保っている。


「おいお前ら! どけ!」


 その時。カシクマの背後で男の叫び声が聞こえた。振り返ると、何かが燕のように真っすぐに魔王に向かって飛んでいる!


 空中でグルグル回りながら魔王に向かっていくのは、アルベールだった。弓矢のように宙を舞ったアルベールは、魔王の目の前まで来ると剣を振り上げ、斬りかかる!


「うおおおおおおおおお!!」


 叫び声とともに、渾身の一撃。しかし、アルベールの全力の縦斬りは、魔王の剣によって受け止められた。


「チッ! そう一筋縄にはいかないか!!」


「……なんだお前は」


 アルベールは地面に着地する前に、魔王に腹部を蹴られ、今度は逆方向に吹っ飛ばされていった。カシクマの足元まで転がると、血の混じったつばを吐いて立ち上がる。


「お前!! 何やってるクマ!! 死にたいクマか!!!」


「うるせえ。援軍だぜ。ありがたく思え」


 アルベールの言葉を聞いて、カシクマは背後を振り返る。彼が飛んできた方向には、二人の人物が立っていた。


「馬鹿ぁぁぁ!! なんでアンタらは馬鹿なの!? 死ぬの!?」


「ハッハッハ! まあ余は既に死んでるしな! 『最速で魔王に突撃する方法を教えてくれ』なんて言われたら投げるじゃろ普通!」


 そこにいたのは、胸を張って大笑いするエルドレインと、彼の体をポカポカと殴るセシル。冥世の門からここまでやってきたのだ。


「セシルも無事だったクマか……って! なんかとんでもないもの連れてきてる!?」


「む。とんでもないものとは余のことであろうか!? まあなんとなく自覚はしてたがな!!」


 陽気に笑うエルドレインを見て、カシクマは頭を抱えた。しかし、すぐに立ち直る。


「あーもう、この際なんでもいいクマ! みんなで魔王を倒すクマ!」


 セシルたちを加えて、合計6人。焼け石に水程度の戦力であることは百も承知であるが――これなら時間稼ぎが出来る。


 集まった6人は横並びに立ち、遠くに立つ魔王と相対する。魔王は静かに彼らを見つめると、口を開いた。


「――煩わしい。何人集まろうが余には敵わない。お前たちもわかっているだろう?」


「ええ、わかってるわ! この肌がピリピリする感じ、エルドレインそこのおっさんの時と同じ――いや、それ以上よ」


「だとしたらなぜ余に立ち向かう? 弱い人間程度が勝てるはずもないのに」


「わかってないわね。あなた程度がルカに勝てるわけないもの。だから私たちはバトンをつなぐのよ!」


 6人は戦闘態勢に入る。魔王もそれに呼応するようにして剣を強く握った。


「……煩わしい。もう茶番は飽きた」


 その時。魔王が剣を横に持ち。もう片方の手で剣身を撫でた。同時に、彼の体から真っ黒なオーラが放たれた。


「くっ、マズいクマ! あいつ、ようやく本腰を入れてきたクマね!」


「クマちゃん! どういうこと?」


「さっきまで魔王は手を抜いて攻撃してたクマ! それでも歯が立たなかったクマが……さらにパワーアップってところクマ!」


 魔王の体を取り巻く黒いオーラは、床に垂らした水滴のようにじわじわと広がり続ける。まるで熱風を浴びているように、6人の肌には冷や汗が流れ始めた。


「おい! このままじゃ全員やられるぞ!」


「そんなこと言ったって、手を抜いた攻撃だってまともに防げなかったのに……」


 カシクマがそう言った時、エルドレインが矢面に立った。


「だったらここは余の出番だな! 本当は大トリのために残しておきたかったが……まあ、ちょっと早くなっちゃってもいいよね!」


 エルドレインがそう言った瞬間、彼の頭上に魔法陣が展開され、そこから剣や槍が大量に出現する――。


「えっ!? お前のアイテムたちは全部ルカが破壊したって聞いたクマよ!?」


「安心しろ、レプリカだ! まあ、全力の一撃だから、使ったら3日は動けなくなる。……というか、この一撃を放った後、余は魔王の攻撃を受けて普通に消えるだろうな!」


 エルドレインは豪胆に笑う。カシクマたちは真剣なまなざしで彼を見つめた。


「エルドレイン……あなた」


「なあに、セシルよ泣くな! 余は既に死んでいるのだから!」


「泣いてないから!! ただ……なんであなたがそんなにいい奴するの? あんなに非道だったあなたが」


 エルドレインは少し黙って考えた後。真剣な表情でつぶやく。


「余にもわからんよ。人間というものは、時に黒にも白にもなる。ただ……そんな人間に賭けて見たくなったのかもしれんな」


 その時、魔王のオーラから放たれる突風で、全員が身構える。そろそろ限界のようだ。


「さて……それではお見せしよう。魔王よ。我が生涯をかけた渾身の一撃を――!!」


 エルドレインの言葉の後、魔王は剣を振るう。今までで一番の衝撃とともに、黒い斬撃が放たれる――!


「<蒐集されたカタ宝物によるストロ大災害フィ>!!」


 100を超えるエルドレインの武器が魔法陣から射出され、魔王の斬撃とぶつかり合う。惑星と惑星がぶつかり合うようなその衝撃と突風に、カシクマたちは身構えた。太陽が爆発したように白い光が辺りを包み込む。


 数秒後。その場に立っていたのは魔王一人だった。


「くっ……エルドレインの全力を以ってしてもこんな威力なんて……」


 カシクマたちは膝を折り、地面に這いつくばる。エルドレインの姿はすでにない。彼の攻撃は魔王の斬撃の威力を弱めはしたものの、相殺はできなかった。そして、その場にいた全員にはかなりのダメージが入っていた。


「さて、そろそろとどめと行こうか」


 魔王は再び剣先に力を籠める。また同じように、黒いオーラが彼の体を包み込んだ。


「嘘……でしょ?」


 セシルは思わず声を漏らした。しかし、考えてみれば当たり前だった。さっきの一撃はただの『通常攻撃』にすぎない。


「おいおいおい、シャレにならへんでこれは……!」


「くっ……俺にもっと力があれば……!」


 ここまでか。全員の脳裏にそんな言葉がよぎる。魔王の剣が横に払われる。斬撃は嘶き、真っすぐに彼らの元へと向かってくる――!


 全員が目を瞑る。数秒して――自分たちが無事であることに気が付く。


「みんな、お待たせ」


 そして聞こえてくる、一人の男の声。


「「「「ルカ!!」」」」


 彼らの前に立っていたのは、待ちわびていたルカ・ルミエールだった。

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