第123話 前に進むという意志
「どうしたんですかルカさん。そんなに慌てて。待っててください、今行こうと思って――」
メイカが言い終えるよりも前に、僕は折れたリーシャを抱えて彼女に見せた。
その途端、メイカは驚いてさらに目を丸くした。僕の顔とリーシャを交互に見る。
「……メイカの力を借りたいんだ。頼む!」
僕が必死で説明をすると、メイカはすぐに頷き、部屋の片隅に置かれた、工具たちが入ったバッグを抱えあげる。
それから、メイカの修理は数分と経たないうちに始まった。彼女は自分のスキル<ヘファイストス>でリーシャの折れた部分をじっと見つめている。
「直りそう?」
「そうですね、神器というだけあってちょっと複雑ですけど、15分くらいで直りそうですにゃ」
メイカの言葉を聞いて、安心感から僕は足の力が抜けて床に座り込んだ。よかった。本当によかった。
放心しそうになるのをこらえながら、メイカの後ろ姿を見つめる。僕にはまるで何をやっているのかはわからないが、メイカは高度な作業を黙々とこなしている。
「メイカは本当にすごいなあ」
思わず言葉が漏れた。
言葉に嘘はなかった。冒険をしていると、一緒に戦うセシルやアルベールばかり凄いように感じてしまうが、全ては彼女のサポートあってのことだ。
武器の整備。料理。その他家事全般。彼女は文句の一つも言わず、毎日それらをこなしていた。
「ルカさんの方がすごいですにゃ。だって強くてかっこいいですにゃ」
「そんなことないよ。僕はまだ弱い」
リーシャが折られた時。僕は頭の中が真っ白になってしまった。体も動かず、何も考えることも出来ないまま、ただ叫んでいた。僕は強くなっていたつもりで、本質は何も変わっていないのかもしれない。荷物持ちのあの頃から。
それに比べて、メイカはいきなり『神器を直せ』なんて言われても冷静に対処している。僕だったら決して出来ないことだ。
「メイカだって、自分が弱いと思うことがありますにゃ。悩むこともあるし、立ち止まることも」
「メイカが?」
メイカの手が一瞬止まる。彼女は静かに話し始めた。
「……ネクロスに言われたんです。<ヘファイストス>は代々、アニガルドの王女に発現する能力だって」
「アニガルドの王女って……」
「はい。エリーのことですにゃ」
カンカンカン、と剣が打たれる音が部屋に響く。僕はメイカの話に聞き入っていた。
「メイカもエリーも、アニガルドで生まれました。そして、見た目もそっくり。何より、話していてとても気が合うんですにゃ」
「つまり?」
「……これはメイカの勝手な考えですが……メイカたちは取り違えられたんじゃないか、なんて」
要するに、メイカとエリーが同じ場所で生まれて、別々の両親に引き渡された、ということだ。鍛冶屋のスミスさんは、メイカの両親ではないということ。
「それは……あれだね」
なんと声をかけていいかわからず、あいまいな返事をしてしまった。同じ立場だったら、僕はどうだろう。アドバイスなんて出てくるはずもなかった。
「……こんなこと聞くのはよくないと思うんだけど。メイカはどう思ってるの? もし仮に――自分が両親だと思っていた人が、両親じゃなかったら」
メイカが金づちを振り下ろす手が、一瞬止まる。しかし、すぐに作業は再開され、メイカは答えた。
「それでもいいんですにゃ」
「というと?」
「メイカにとっては、パパとママが両親ですにゃ。悩みましたけど、それがメイカの結論ですにゃ」
返事ができなかった。彼女の葛藤は、僕には推し量れないほどだ。それに結論を出すなんて、僕にはとてもできそうにない。
「ルカさん。人間は前に進むことができます。弱くて、時々迷うこともあるけど――その弱さを誰かと埋めあって、前に進むんですにゃ」
「前に進む……」
僕は彼女の言葉を反芻して、自分の手のひらを見つめた。
「メイカはあの日、ルカさんに出会わなかったら、ずっと荷物持ちをしていました。先の見えない暗い森の中を歩いていたんですにゃ。でも――ルカさんがそこからメイカを引っ張り出してくれた。だからせめて恩返しがしたいんですにゃ」
手が震えているのがわかる。嬉しかった。
何も変わっていないと思っていたけれど、僕はちゃんと、メイカにとっての何かになれていたんだ。
「ルカさん、今を一生懸命に生きましょう。メイカも、神器のみなさんも、セシルも、アルルも、クマさんだって、みんなルカさんの仲間です。だから、弱いところを埋めあって、前に進みましょう。弱くたっていいと思うんです。それが人間ですにゃ」
メイカは振り返ると、照れ臭そうに笑った。「と、言ってみたり」と付けくわえる彼女を見て、僕は立ち上がった。
「メイカ、ありがとう。ちょっと行ってくるよ」
「はい。行ってらっしゃい」
行くべき場所がある。僕はメイカの部屋を出て、外へと歩き出した。
向かった場所は、常闇の洞窟。入り口に立つと、あの頃の感覚がよみがえってくる。
『ルカ君? ここは一体?』
そうか、リムは知らないんだっけ。
「ここにヒントがある気がするんだ。戦いの鍵になるヒントが」
洞窟の入り口をくぐると、あの日と同じダンジョンの光景が目に入る。
『いいか、俺たちは世界一の冒険者パーティを目指しているんだ。そのためにもお前の存在は邪魔だ。才能のないやつが生きている資格なんてないんだよ』
脳裏によぎるルシウスの言葉を聞きながら、僕はかつて自分が落ちた穴に飛び降りた。
――最深部。そこには、ミリアが入っていた箱が口をだらしなく開けておかれている。
『なんなんスかここ? こんなところ、何もないっスよ…』
イスタがぼやく。いや、僕の見立てが正しければ、きっと何かが――。
「よく来たね」
ビンゴ。その時、男の声が部屋の中で響いた。
アレン・カーディオ。2000年前に魔王と対峙し、勝利した勇者だ。彼が声を残していたのを思い出して、何かそこにヒントがないかと思ったのだ。
『あれ、この声……なんか聞いたことあるっス!」
『ちょっと待って! あれ!』
その時。視線の端で、何かが動いたのが見えた。
「嘘だろ……?」
僕の目の前に現れたのは、黒髪の青年。どこか懐かしい感じを覚える。その正体は僕にでも容易に想像できた。
「僕はアレン・カーディオ。この姿で現れるのは初めてかな。これは実体のない映像のようなものだから気をつけてね」
やはり。目の前に現れたのはアレンだった。こんな見た目をしていたのか。さわやかな美青年だ。
「この映像は、条件を満たした人物にだけ見ることができるものだ。これから君に――真実を伝えよう」
目の前のアレンが喋り出す様子に、僕は固唾を飲み込んだ。
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