第122話 折れた聖剣

「リーシャ……リーシャ!!」


 僕は地面に座り込み、折れたリーシャの先を拾い上げて叫んだ。自分でもこんな声が出るのかと驚くほどだ。


『ルカ君、落ち着いて! 戦闘中だよ!』


 リムが慌てて僕に注意をする。しかし、僕の心は戦闘どころではなかった。爆発した感情を吐き出すために声を上げることしかできない。


「だから言ったのだ。神器であろうと、道具はただの道具。余計な感情を持つから平静を欠くのだ」


 いつの間にか、魔王がすぐ目の前まで立っていた。剣の切っ先を僕の目と鼻の先に突き立てる。


「貴様は神器を使いこなすほどの器ではなかった、ということだ。ここで散れ」


 ジャキン、という音と共に振り上げられる魔王の剣。僕は思わず目を閉じた。


 1秒、2秒と時間が経つが、攻撃を受けた感覚はない。おそるおそる目を開けると。


「貴様は――そいつの仲間か?」


「ま、そういうところクマね。ボクの可愛い居候をいじめないでほしいクマね」


 僕の前には、ベアトリスこと、カシクマの背中が見えていた。ギリギリのところで彼女が僕を移動させてくれたのだろう。


「ルカァーーー!! 大丈夫かぁーーーー!!」


 同時に、遠くから聞き覚えのある独特な喋り方がして、ドシン、と地面が揺れた。


 ハンキウスとユグちゃん。ハンキウスは猫のようにグッと顔を僕に近づけて、見つめてきた。


「神獣ハンキウスに……貴様は賢者と近い感覚があるな。久しい感覚だ」


「あー、やっぱりバレちゃったクマね。有名人は辛いクマ。……で、こっちもだいたい把握したクマよ」


「なんやクマはん! どういうことやねん! 説明してーや!」


 カシクマは魔王を見つめて笑みを浮かべる。彼女の表情からはかなりの緊張が見て取れる。


「魔王が復讐の女神と一体化した。いや――『装備』したというのが正確クマね。復讐の女神の復活を阻止できなかった――」


「いやいや、ぜんっぜんわからんわ! 復讐の女神を装備ってどういうことやねん!」


「女神は神器を創り出す存在。神器は女神の一部であり、同一でもある。つまり――神器を装備できるなら、女神自体を装備することもできるクマ」


 カシクマの説明を聞いて、なおもユグちゃんはよく理解できていないという顔をする。


「要するに、『ヤバい』っちゅーことやな! あとは知らへん!」


 ユグちゃんは腕を組んでうんうん、と頷く。カシクマが微妙な顔で彼女を見た後、ため息をついて僕の方を見た。


「で、ルカ・ルミエール。問題なのはお前クマ」


 僕はというと、地面に座り込んだまま、折れたリーシャを抱えていた。何度も立ち上がろうとしたが、カシクマたちがやってきた安心感からなのか、足が動かなかった。


「……なるほど、リーシャを破壊されたクマね。魔王の一撃を受けたと見た」


「リーシャ……僕は……」


「落ち着くクマ。リーシャはまだ死んだわけじゃないクマ」


 カシクマの言葉に、僕は顔を上げた。彼女は僕を見て、頷く。


「神器の本質は調和の女神の加護クマ。剣が折れた程度じゃ加護が消えるわけじゃないクマ」


「じゃ、じゃあ声が聞こえないのは?」


「気を失ってる、とでも言っておくクマ。とにかく早くメイカ・マイオニアに見せろクマ。あいつなら直せるクマ」


「でも、そしたら魔王が……」


 僕の言葉に、カシクマが笑う。そして、ユグちゃんを乗せたハンキウスも僕の前に立った。


「こういうのはパペットを外して言いたかったクマが……贅沢も言ってられないクマ。ここは任せて先に行け、クマ」


 カシクマの笑顔は頼りがいがあって、どこか寂しげだ。すぐにわかった。彼女たちだけでは魔王には勝てないということが。


「無茶だ! 僕も残る!」


「ルカはほんまアホやなぁ。お前はうちらが負ける、思ってるんか?」


 ユグちゃんのくしゃっとした真っすぐな笑み。僕を安心させようとしているのだろう。


「いいクマか、ルカ。勇者がかつて魔王を倒したのは『剣』という伝承があるクマ。つまり、リーシャはこの戦いの『鍵』になっているクマ」


「リーシャが、鍵に……?」


「その通り。だから、ボクたちが時間を稼いでいる間にリーシャを直して、その謎を解き明かすクマ。なに、とどめくらいは刺させてやるクマ」


 魔王と相対するカシクマ、ユグちゃん、ハンキウス。僕はよろよろとと立ち上がり、三人の背中を見て決心した。


「三人とも……ありがとう!!」


 僕はバッグから扉を取り出すと、急いで向こう側に駆け込んだ。扉が閉じる瞬間まで、三人の背中を見守った。


 カシクマの家の長い廊下を走る。メイカはきっと部屋にいるはずだ。威勢よく言っていたが、三人に魔王に勝てるほどの力はない。僕は焦ってひたすらに走り続けた。


 ……あった! メイカの部屋!


 僕は急いで扉をノックして、決河の勢いで彼女の部屋になだれ込む。


「メイカ!」


「……ルカさん?」


 部屋の中で目を丸くして僕を見ていたのは、メイカだった。

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