第120話 混じり合う二つの刃

 僕は<飛行フライ>の魔法を使って空を飛び、アリのように行列を作る亡者たちをたどって魔王の元へと向かう。


 上空から放ったイスタの弓矢は亡者たちを次々と貫いていく。移動しながらの攻撃は、正直、手慰みみたいな作業でしかなかったが、僕はこれに救われていた。


 何と言っても、相手は魔王だ。奴に関する情報は、授業でも教わったし、勇者から直接、話も聞いた。


 これまでの相手とは比にならないほどの相手だ。果たして僕は勝てるだろうか。いや、勝たなければいけない――そうわかっていても、落ち着いてはいられなかった。


 心がささくれ立つ、と言うのが適切だろうか。平常心を欠いている。だからこそ、僕は移動しながらも、何かをやっていないといられない。


 しばらく空を浮遊していると、後進の先頭に追い付いた。時間にして5分程度だっただろうが、体感では2倍、いや3倍の時間があったように感じる。


 <飛行フライ>を解除すると、体が地面に引き寄せられ、さっきまで小さかった亡者たちが少しずつ大きくなっていく。そして着地した瞬間、僕は一か所を見つめた。


「魔王……」


 僕の声に反応して、一人の男が振り返る。視線が男とぶつかった瞬間、僕の背筋には冷たい感覚が走った。


「なんだ? 貴様は」


 威圧感のある声。たった一言なのに、まるで肩に重りでも付けられたように、体が重くなった。心臓の鼓動が速くなる。指先が震える。口の中が渇く。僕の中の全てが警鐘を鳴らしている。


 そこで、僕は相手に悟られないように呼吸を整えた。気圧けおされている場合じゃない。僕はこいつを倒さないといけないんだ。


「僕はルカ。お前を倒しに来たんだ」


「そう言って立ち向かって来た人間を、余は千人は殺してきた」


 魔王は冷淡に言う。戦意は全く感じられない。無関心ということだろう。


 僕はリーシャを引き抜き、戦闘態勢に入った。切っ先を向けた瞬間、魔王の整った眉がピクリと動いたのがわかった。


「それは……アレンが持っていたものだな」


 魔王はリーシャのことを知っている。勇者アレンも言っていたが、彼は神器を持って魔王と対峙したのだ。


 しかし、魔王は腑に落ちないような表情でリーシャを見つめている。顎に触れると、低い声で静かに唸った。


「貴様が余の相手をする資格のある人間であるということはわかった。しかし――なぜそのような不完全・・・な状態なのだ?」


「何を言ってるんだ……?」


「そのままの意味だが。わからないのならそれまでだ」


 よくわからないことを言う魔王。彼が右手を前に出すと、黒い霧のようなものが一気に集まり、凝縮して一本の剣を形作った。


「王の前だ。まずは跪くべきだな」


 肌を刺すような殺気。いよいよ戦闘だ。僕はリーシャを持つ手をグッと強くした。


「元の世界に戻してやる!」


 僕は声を上げて地面を蹴り、剣を振り下ろした。放たれる雷のような一撃を、魔王は剣で受け止めた。


 金属音が響き渡ると同時に、爆風が火花を運んだ。剣を媒介して、相手の力が伝わる。


 もう一撃。僕は素早く体勢を変えて、今度は横に剣を振るう。魔王もそれに対応するように剣を振るい、僕の一撃の力を別の方向へ逃がす。


 攻撃は入っていないが――魔王が持っている漆黒の剣は、神器であるようには見えない。武器の面では僕に利がある。このまま攻撃を続けていれば、押し切れるはずだ!


 第三撃を打ち込もうとしたその時。魔王の唇がかすかに動くのが見えた。


「――こんなものか」


 全身に戦慄が走る。僕は素早く、攻撃から防御に意識を変化させた。


 次の瞬間。風を切る激しい音がして、魔王の一撃が横に薙ぎ払われた。僕はギリギリのところで剣をはじき返し、後ろに後退した。


 なんて一撃だ。間合いを狙う技術はもちろん、剣が信じられないくらい重い。


「まだだ」


 攻撃は一撃では終わらない。魔王は攻撃が当たらなかったのを確認すると、素早く距離を詰めてきた。目にも止まらなぬ速さの連撃に、僕は剣で対応するので必死だ。


「がら空きだぞ」


「がっっ!」


 刹那、腹部に衝撃が走る。魔王の蹴りが入ったのだ。意識が一瞬飛ぶのを感じて、僕の体は後方へ吹っ飛ばされた。


 反動で地面を転がる。胃の内容物がこみあげてくる感覚。口の中に土の味を感じながら、僕はよろよろと立ち上がった。


 ――強い。


 10メートルほど先にいる魔王を見る。今までに戦ってきた誰よりも強い。技術。力。威圧感。全てが一流だ。そして、この勝負の空気はこの男に完全に握られてしまっている。


 歯を食いしばる僕を見て、魔王は退屈そうにため息をついた。


「……もう飽きた。そこで見ていろ」


 魔王はそう言うと、剣を発生させた過程と逆再生させるようにして、黒い霧に戻した。代わりに、今度は杖のようなものを霧から生成する。


「それは――」


「命杖ワンド・オブ・サヴァイヴ。見ていろ」


 耳を疑った。その杖は、エルドレインの墓からなくなっていたというものだ。なんでこいつがエルドレインの杖を持っているんだ!?


 僕が疑問を挟む余地はない。魔王が杖を天に突き上げると、黒い雲に穴が開き、灰色の光の柱が杖から生えてきた。


 神々しい光。そして、生命力を吸い上げ、分け与える杖。


 これは――間違いない。


「時は満ちた。目覚めろ、リオノーラ」


 復讐の女神が復活してしまう!

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