第119話 二人の夢
ルカとネクロスが戦っているその最中――街の中ではまた一つ、建物が崩れる音が響いた。
「ガハハハハハハ!! 話にならないな!! 弱者の人間どもが!!」
建物を拳で破壊して回っているのは、一体のオーガ。日に焼かれたように真っ赤な肌と、岩のような拳が特徴的だ。10メートルはあろう巨体で街を練り歩いては、気晴らしのように建物に一撃を入れる。
オーガがふと足元に目をくれると、そこには一人の人間の少女を発見した。足をくじいているらしく、震えながら座り込んでいる。
「おい人間、俺様の前に座るとは、いい度胸じゃないか?」
「ごめんなさい! 許してください!!」
「俺様を誰だと心得ているんだ? 魔王軍幹部だぞ? 殺されてえのか?」
オーガはニタニタと笑みを浮かべ、少女に顔を近づける。少女は涙を流して逃げようとするが、足が動かない。
「うおおおおおお!!」
その時、男の叫び声と共に、オーガに向かって斬撃が放たれる。オーガはいち早くそれを察知し、ジャンプで後ろに後退した。
「なんだァ、今のは……?」
斬撃を放ったのは、ミハイルだった。いち早く少女を抱えあげると、建物の陰に運ぶ。
「私は王国の兵士、ミハイル! 市民は私が守る!!」
剣先をオーガに向けて堂々と言い放つミハイル。オーガはそれを見て目を丸くし、腹を抱えて笑い始めた。
「ガハハハハハハ!! こいつは傑作だ!!」
「何がおかしい?」
「状況わかってないのか? 俺は魔王軍の幹部、そしてお前はただの人間だ。どう考えたって勝てるわけないだろ!!」
オーガはそう言うと、再び大笑いをする。ミハイルはそれを見てムッとした表情になる。
「……いいや、勝つ!
「ああそうかよ。だったら、まずは俺様を倒さないとなあ!!」
語尾を強め、オーガは拳で地面の石を叩き割る。大きなガレキが宙を舞い、雨のようにミハイルに降り注いだ。
「なんのこれしき!」
ミハイルはガレキの隙間を縫うようにして回避し、オーガに向かって肉薄する。鮮やかなステップは、鍛錬のたまものだ。
「くらえ! これで――」
ミハイルが剣を振り上げたその時。彼の体は後方へ吹っ飛ばされ、家に激突した。
彼を弾き飛ばしたのは、オーガの巨大な拳。オーガは拳に息を吹きかけると、つまらなそうにミハイルの方を見た。
「あのなあ。ガレキを避けただけで俺様に勝ったつもりだったのか? お前みたいな雑魚が俺と対等に戦えるわけないだろ?」
ミハイルは建物の壁に大穴を空けて、床に倒れていた。床にはガレキが散らばり、土煙が蔓延する。
ミハイルはなんとか体に力を入れて立ち上がろうとするが、ピクリとも動くことが出来ない。オーガの一撃で全身の骨にひびが入っていた。
「無駄だ。諦めろ。お前はもう死ぬんだ。立ち向かって来たことだけは褒めてやる」
血の気が退いていく。オーガの言葉を聞いて、ミハイルは自らの死を悟った。
ああ、私は死ぬのか。そんな諦めにも近いような感情が、ぼんやりとした脳裏に浮かぶ。ミハイルは激しい倦怠感から目を閉じる――。
「おい、諦めてるんじゃねえよ」
その時だった。聞き覚えのある言葉に、ミハイルはパッと目を覚ます。顔を上げると、そこには一人の男の背中があった。
「お前――は――」
見間違えるはずもない。後ろを振り返って笑うその男は――あの日死んだはずの仲間、クリスだった。
「クリス――?」
「なんだよ、少し見ない間にずいぶんしけた面をするようになったじゃねえか。お前らしくないぜ?」
突如現れたその男に、オーガは首を傾げる。
「おい。どうしてお前は自我があるんだ? 弱い亡者に自我はないはずだが」
「さあな――と、言いたいところなんだけどな、俺もなんとなくわかっちまうんだ。市民を助けたい。その思いが俺を突き動かしてるってな」
「でたらめを言うな! お前のような下等な人間が自我を保つなどありえない!」
オーガは動揺して声を荒げるが、クリスはそれに背を向けてミハイルに手を差し伸べる。
「さあ、どうしたミハイル。市民を守るんじゃなかったのか? いつまでそんなところで寝てるんだ?」
ミハイルの体は既に限界であった。全身の骨にはひびが入り、内臓もダメージを受けている。それでも、彼は立ち上がらずにはいられなかった。かつての友人を前にして、ただ倒れていることはできない。
よろよろと、それでも確実に、ミハイルは立ち上がる。体が悲鳴を上げようが、痛みが全身を支配しようが、彼は立ち上がる。
「大人しくくたばっていればいいものを! そんな体で、お前らに何ができるというのだ!?」
「私たちには、立ち向かうことしかできない。それしかできぬのだ」
「そういうこった。さあ、行くぜ!」
ミハイルとクリスは叫び声を上げ、オーガに突進していく。その猛烈な勢いに、オーガは一瞬ひるんで――拳をグッと握り締めた。
「小癪な! お前たちはこの一撃で終わるんだよ!」
巨大な岩のような拳が迫ってくる。クリスはそれでも果敢に向かっていき――全身で、その拳を止めた。
「なんだと!? 俺の拳を止めたのか!?」
「いけ! ミハイル!」
オーガが拳に気を取られているその間に、ミハイルはオーガの懐まで走っていた。地面を蹴り、高くジャンプし、オーガの顔面の前で剣を振り上げる。
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ミハイルが剣を縦に振り下ろすと、オーガの顔が真っ二つに割れ、巨体が後ろに倒れた。着地の衝撃で、ミハイルも地面にひざまずく。
オーガの巨体は徐々に地面に引きずり込まれていく。冥世へと帰っていくのだ。
「おのれえええええ!! どうして俺様が、人間程度に!?」
「……簡単な話だ。人間には愛がある。意志がある。覚悟がある。どれもお前にはないものだ」
ミハイルは沈みゆくオーガに言い放つ。オーガの姿が消えると、彼も地べたに倒れこんだ。
「……おい、クリス。聞こえているか?」
「ああ、聞こえているさ」
姿は見えないが、クリスは近くにいる。ミハイルは話をつづけた。
「覚えているか? 昔はよく、こうして命がけの訓練をしたものだな」
「だな。またこうやって二人でボロボロになるとは」
「……お前も体がボロボロなのか?」
「そうに決まってるだろ、馬鹿。あのパンチを受けたんだぜ? 死ぬかと思ったぜ……」
「相変わらず無茶ばかりしているな、お前は。私が先に喰らって死にかけているのを見ていただろう?」
「そうだけどな、俺が受けなきゃお前の攻撃が通らなかっただろうが」
「それもそうか……私はいつも、お前からもらってばかりだ」
「そんなこともないさ。ミハイル。俺はお前と一緒にいて楽しかったんだ。アンジェラの結婚式を見れないのは残念だったが――後悔なんか、一ミリもないくらいさ」
「そうか、それはよかった」
「なあ、ミハイル。俺の夢を半分、お前に託したぞ」
「クリス?」
「約束しろ。俺が叶えられなかった夢は、お前が叶えてくれ。あの日誓った、大事なものを守れる男に、お前がなってくれ」
「……お前にできなかったことが、私に出来るだろうか」
「できるさ。それに、お前のことは全部、自分のことのように感じるんだ。だから、お前が叶えてくれたら嬉しいんだ」
「そうか……では、約束する。私はお前の分まで前に進む」
「…………」
「クリス?」
ミハイルはクリスに尋ねるが、返事はなかった。目はもう開きそうにない。意識も飛んでしまいそうだ。しかし、それでもよかった。ミハイルの口からは言葉が漏れる。
「……ありがとう」
ミハイルはそこで気を失った。ガレキが散らばった地面で、ミハイルはたった一人、そこで確かに息をしていた。
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