第118話 形勢逆転

「あああああああ、ああああああああ――!?!?」


 声にならない声を上げるネクロス。ついさっきまで高笑いを繰り返していた彼は、足元に散らばった布切れを見て発狂していた。


「貴様、なんてことをしてくれたんだ!! タナトスを! リオノーラの愛を!!」


 地面に膝をつき、必死に布をよせ集めて山を作るネクロス。しかし、それらが一つに繋ぎ合わさることはなく、ましてや服として着ることが出来ることはありえない。


「さて……そろそろ終わりにしようか」


「ヒッ、ヒィ!!」


 僕がリーシャを片手にネクロスの方へ向かって歩くと、彼は情けない声を上げて僕を見た。


「ま、まさか……その剣で私を斬るのか!? そんなことをしたら死んでしまう!!」


「人間ってそういうものだよ。お前が殺してきた人間は、みんな」


 ネクロスは慌てふためき、足を引きずりながら手だけで後ろに逃げていく。よほど死にたくないのか、必死な様子だ。口からは涎があふれ出ている。


「頼む! 殺さないでくれ! 私は、私は……」


「ずいぶん生に執着するんだな。『完璧な命』とか言ってたのに」


 さて、いちいち逃げられるのも面倒だ。


 僕は地面を蹴って一気にネクロスに近づき、彼の足をリーシャで一突きする。同時に、ネクロスの悲鳴が上がった。


「うがああああああ!! あ、ああああああああ!!!」


「今まで胴体を真っ二つにされてきたお前が、そんな声を上げるなんてな」


「当たり前だ! 今まではタナトスの力があったんだ! このままでは痛くて死んでしまう!!」


「それが、お前が殺してきた人間が受けてきた痛みだよ」


 クリスさんは、ネクロスに殺された。彼の遺体はボロボロで目も当てられないほどだ。きっと、ネクロスとは比にならない、地獄のような苦しみを味わったのだろう。


「ああ痛い――やはり、この世界は歪だ、完璧になるべきなんだ……」


「この期に及んでまだそんなことを……」


「だってそうだろう!? 人間の寿命は短く、傷を負えばこんなに痛い! リオノーラの力さえあれば、世界はもっと美しくなる。なのに、どうしてお前はそこまでこの世界に固執する!?」


 たしかに、人間は不完全な生き物だ。弱さゆえに傷つけあうこともあるし、大事なものを取りこぼすことだってある。僕はそのことを痛感してばかりだ。彼が言うように、完璧な人間になれるなら、なってしまった方が楽かもしれない。


「――それでも、お前は間違ってるよ、ネクロス。人間は弱さを乗り越えるから美しいんだ。完璧じゃなくて、弱い存在かもしれない。時々、他人を貶めあったり、絶望的な状況に立たされたりもする。


 でも、だからこそ人間はそれを乗り越えようと手を取り合うんだ。それが人間の強さでもあるし、僕はそれが美しいと思う」


「馬鹿な! そんなのは戯言に過ぎない!!」


「例え戯言でも、僕はそれを貫き通す! それが人間の強さだ!!」


「ふざけるなあああああああああ!!!」


 ネクロスは憤り、悔しそうに地面を叩く。鬼気迫る勢いだ。


「おのれ……醜い人間ごときが私に講釈を垂れるな!! 覚えておけ!!」


 その瞬間、ネクロスの足元に白い魔法陣が展開され、彼の体が消える。これは、ワープか!?


 ネクロスの姿はどこにもない。奴はどこかに移動してしまったのだ。早く追いかけなくては!


『落ち着きなさい、ルカ』


 慌てて走り出そうとした時、レティの声が僕を止めた。


『奴が行った場所なら見当がつくわ。そして、それはあなたが行くべき場所でもある』


 そっか、ネクロスは魔王を復活させたんだ。だったら、弱った彼が魔王の元に行くのは自然なことだ。


「でも、魔王はどこにいるんだろう?」


『亡者たちの行進の先にいるでしょうね。おそらくその先が最後の戦いの場所になる。覚悟はいい?』


 僕は黙って首肯した。魔王を倒して、この騒動を終わらせる。冥世の門の方は、メイカたちがなんとかしてくれているはずだ。


「<飛行フライ>」


 魔法を使って宙に浮くと、僕はそのまま上空から亡者の行進をたどって進む。魔王との戦いも近い!



 後進の最前列。厳かな雰囲気を帯びて歩く魔王の横に、一人の男が姿を現した。瞬間移動をしたネクロスだった。


「魔王様……失礼いたします」


「貴様は……どうした?」


 ネクロスの足からは血が流れており、自然に這いつくばる姿勢になっている。魔王は足を止めてネクロスの話を聞く。


「ルカ・ルミエール……調和の女神エリカの神器を使う者にやられました。死装束タナトスを破壊されたのです」


「ほう」


「私もこのように傷を負わされました。ですから……」


「だからどうしたというのだ」


 ネクロスはハッとして顔を上げる。魔王の表情は冷淡で、ひどくつまらなそうだった。


 ネクロスの心臓の鼓動が早くなる。手が震える。見られているだけなのに、体を串刺しにされているような感覚を懐く。


「ええ、ですから……その……」


「つまらん。そんなに醜い姿で、よくもおめおめと余の前に姿を見せられたものだ」


 次の瞬間、ネクロスは腹部に違和感を覚えて、顔を下げる。そこで気付いた。自分の腹から杖の先が生えているということに。


 這いつくばっているネクロスの背中から、魔王が命杖ワンド・オブ・サヴァイヴを突き刺していたのだ。


「あ――あああああ!?!?」


「大した生命力もないときたか。貴様は何のために生きているのだ?」


「私が――醜い――?」


「二度言わせるな。貴様のような、傷だらけで命乞いをしている人間のどこに美しさがある?」


「私が――人間――」


 下がっていく体温。腹部から流れる血液。ネクロスはそのまま絶命した。

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