第116話 瞳に灯る覚悟
「エリー!? 何やってるんだ!?」
なぜこんなところに。僕は思わず声を上げてしまった。
「ほう、誰かと思えば。そうだ、ルカ。私と戦わないなら、あの少女を殺すのもいいなあ」
「エリー! こっちに来ちゃ駄目だ!」
エリーに忠告をするが、彼女は真っすぐなまなざしでネクロスの方を睨み据え、歩き出した。僕の声が聞こえていないのだろうか?
「エリー! 何やって――!」
『ルカ、待つのじゃ!』
エリーの方へ走り出そうとした時、ミリアの一喝が聞こえた。
「待たないよ! このままじゃエリーが!」
『まだわからんのかアホが! エリーをよく見てみるのじゃ!』
ミリアに言われて、僕は疑念を懐きつつも、彼女のことをじっと見つめる。
ミリアが言いたいことはわかった。今のエリーは、いままでとは何かが違う。
足はブルブルと震えていて、まるで山登りで足を酷使したあとのようだ。目にはうっすらと涙がたまっていて、今にも泣き出しそう。拳をぎゅっと握っているが、きっとその中は汗だくになっているだろう。
そんな、今にも逃げ出したそうな彼女が、なぜかネクロスに向かって歩き続けているのだ。いや、前のエリーだったら絶対に逃げ出していたはず。
なのに、彼女は歩いている。目の前の恐怖から目をそらさず、前に進んでいる。
「わざわざ私に殺されに来たのか? 偽物」
「偽物……?」
「ああ。お前は私が求めていた『麗しき瞳の少女』ではなかった。見た目はそっくりだが、お前のその目は偽物だ。本物の<ヘファイストス>と比べれば、ゴミスキルもいいところだ!!」
ネクロスはケタケタと嘲笑する。物語に出てくる悪魔のような下卑た笑い声は、心の中にある恐怖心をさかなでてくるようだ。
しかし、ネクロスは笑うのをやめた。エリーが彼から目を離さないからだ。
「……なんだその目は? まさか私と戦おうと言うのか?」
エリーは意を決したようにうなずく。その様子を見て、ネクロスは腹を抱えて爆笑した、
「ハッハッハッハ!! これは傑作だ! 頭がおかしくなったのか?」
ネクロスはひとしきり笑うと、エリーの整った顔をぺたりと触って舌なめずりした。
「いいか、お前は私の魔法を前にして気を失ったんだ。覚えているだろう? そんなやつが、どうやって私と戦うって言うんだ? 偽物くん?」
ネクロスの嘲笑を浴びながら、エリーは顔を落とす。
「……そう」
「なんだ?」
「そうだよ。私は弱い。一人じゃ何もできないし、部屋の中でずっと泣いてた。私の目のせいでたくさん人が傷ついた時も、大事な人が私のために死んじゃった時も、私は泣くことしかできなかった」
「何を言っているんだ、お前は?」
エリーはネクロスをキッと睨みつける。彼女の目からは涙がボロボロと流れていて、声も震えている。
しかし、彼女の目は真っすぐネクロスの方を見ていて、声にも芯があった。今までの彼女とは違う。
「でも、私はずっとこのままなんて嫌! あなたに立ち向かって、私は私を乗り越える――!!」
「何を言っている!? お前は弱い! それに今も泣いているじゃないか!!」
「そうだよ、私は弱い。今だって、こんなに涙が出て、くやしくて、くやしくて――」
「だったらそこで引っ込んでいればいろ!! お前のような偽物が、変わろうとすること自体がおこがましいんだ!!」
「違う!! 私は変わる!! どれだけ弱くても、立ち向かわないといけないって、ルカに教わったから!!」
エリーがそう言った瞬間、彼女の瞳が赤く光った。魔眼だ。
「ま、まさかお前!!」
感情が高ぶったからではない。彼女は自分の能力を意図的に発動した。自分の能力を始めてコントロールしたんだ。
そして、視線が向けられた対象はネクロス。それが何を意味しているのかは、奴が一番理解しているはずだ。
「まさかお前――タナトスを破壊するつもりか!!」
ネクロスは慌ててエリーから距離を取る。しかし、すでに何秒か彼女の視線を浴びてしまっている。
「はあ、はあ、はあ……」
エリーは次第に息切れをし始め、膝を折った。
「ルカ、後はお願いね……」
エリーはそう呟くと、地面にばたりと倒れてしまった。僕は素早く彼女を介抱し、扉の向こう側――カシクマの家に寝かせる。
扉から変えると、ネクロスはこちらを見つめていた。彼の額からは冷や汗がダラダラと流がれている。
「フフ、フフフフフ――!」
「何がおかしい?」
「あの偽物、驚かせやがって……だが、やはり偽物は偽物! 奴の目の力は私には通じなかった!!」
両手を震わせ、大声で笑うネクロス。僕は黙ってその様子を見ていた。
「人間の命に価値などない! 醜い生き物では、完璧な生命である私を超えることなど……」
「できるよ」
「……なんだと?」
ネクロスの表情が曇った。僕が口を挟んだのが苛立ったらしい。
「戯言もいい加減にしろ。実際に、お前も、エレアノールも、私に何のダメージも与えていないではないか!」
「ほつれてるよ、そこ」
僕はネクロスのローブを指さす。彼のローブの胸の部分が、さっきと比べて、一本だけほつれているのだ。
「はっ、何かと思えば。そんな粗探しをしたところで、私には勝てな……」
「勝てるよ。それだけあれば、十分に」
エリーが繋いでくれたバトン。それは笑ってしまうほど小さくて、笑みがこぼれてしまうほど大きいものだ。
勝てる。エリーが頑張ったんだから、次は僕の番だ。
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