第114話 因縁と感謝

「我が名は魔王様直属の部下、疾風の――ぶっ!?」


「はははは! 遅すぎる! 何が疾風だたわけが!!」


 エルドレインのグーパンチにより、また一人、魔王軍の幹部が吹っ飛ばされる。今度はミノタウロスのような男が壁にめり込んで気を失った。


「さすが化け物ね……間違ってもあんなのとは戦いたくないわ」


「……同意だ。軽々吹っ飛ばしてる一体一体がファシルスと同等かそれ以上の実力を持っているだろうな」


 すさまじい戦闘を目前にして、二人は生唾を飲む。今もまた、エルドレインの雷によって亡者たちが蹂躙されていく。


「私たちも行きましょう。さっきより格段に近づきやすくなってる!」


 そう言うと、二人は亡者たちの攻撃をかわしながら前進する。人ごみをかき分けるようにして駆け、無事に門の前へたどり着いた。


 門の傍らにはメイカが立っていて、うつろな目をしている。


「なんでこいつはこんなところに立ってるのに攻撃されないんだ……?」


「きっと『巫女』ってやつだからでしょうね。明らかにみんなスルーしてるもの!」


 黙って立ち尽くすメイカを見て、セシルは肩を掴んで揺らす。


「メイカ! 起きなさいよ!」


「……あれ。ここは……」


 声をかけること数秒。メイカはようやく瞳に明かりを戻す。何が起こっているかわからないという様子で頭を抱えた。


「アンタがどこまで覚えているかはわからないけれど。その鎖を修復してほしいの! 出来るでしょ!?」


「そうか、メイカはネクロスに連れ去られて――。ってうわ! なんか門の中から人が!?」


「細かい話は後! とりあえず今は鎖を――」


「おい、なんかおかしくないか!」


 メイカとセシルに亡者を近づけまいと大剣を盾にしていたアルベールが叫ぶ。


「何がおかしいのよ?」


「こっちに向かってくる敵の数が増えている――というか、これは!」


 セシルは、アルベールが言わんとしていることを理解して、全身の血の気が退くのを感じた。


 向かってくる亡者の数が増えているのではない。全ての・・・亡者がこちらに向かってつっこんできているのだ――。


「おかしい! これは絶対おかしい!」


「おい、どうなってるんだ! もう持たないぞ!!」


 アルベールが構えている大剣を押して、亡者たちが波のように押し寄せてくる。アルベールは足を強く踏ん張り、奥歯をグッと噛みしめた。


「まさか、巫女が門を閉じようとしたから、それを阻止しようとしてるとか!?」


「冗談じゃない、このままだと飲まれるぞ!」


 アルベールの剣が震える。ギリギリの競り合いをしていると。


「<穿全貫理血槍ブラッディ・ランス>……」


 紅い槍が亡者たちを一網打尽に貫いていく。槍をぐるりと回して着地したのは、けだるげなファシルスだった。


「おいファシルス! ダルそうに戦うな! 俺たちの方に敵が来ないようにしておけ!」


「なんでお前が偉そうなんだよ……眠くて頭が回らないっていうのによ。こういうの人間の世界では『ブラック労働』って言うだろうが」


 ファシルスはぼやきながら槍を振り回し、敵を次々となぎ倒していく。


アルベールの周りの亡者の数は格段に減り、少しずつ群衆の中に穴が開き始めた。


「おぬしら! この辺りの雑兵を片付けたら余もそっちに行ってやる! それまでなんとかしておけ!」


 遠くから聞こえてくるエルドレインの声――と、大型の亡者が壁に叩きつけられる音。アルベールたちには見えないが、亡者たちの山の向こうではエルドレインが戦っている。


「急げ! 今のうちだ!」


「わ、わかりましたにゃ!」


 メイカは慌てて門に手を触れる。すると、門全体から青白い光が放たれ始め、鎖も同じように光る。


「させるかァ! 門は閉めさせないんだナ!!」


 その時。壁にめり込んでいたはずのピッグが復帰し、手に持った棍棒を門に向かって投げつけた。三人を押しつぶすことで、門の修復を妨害する戦法だ。


「しまった! おのれ……!!」


「おっと、お前の相手は俺たちだぜ!!」


 エルドレインは素早く棍棒を受け止めに走ろうとするが、魔王軍の幹部たちが前に立ちふさがり、行かせまいとする。


 目の前の5人を倒すのにかかる時間は約10秒。エルドレインにとっては造作もない相手だ。しかし――それでは間に合わない!


 2メートルを超えるほどの大きな棍棒は、鷹のように一直線に空中を飛来し、アルベールの方へ向かっていく――!


「アルル!」


 セシルの叫びが門に反響する。素早く魔法陣を展開しようとするが、間に合わない。それどころか、彼女の周りにも亡者が溢れていて、今手を離せば彼女も危ない。


 アルベールの視界で、棍棒が少しずつ大きくなっていく。当然、回避する間もあるわけなく、スローモーションになっていく棍棒を見つめるだけだった。


「ボーっとしてるんじゃない!!」


 その時、アルベールと棍棒の斜線上に影が入り込む。影と棍棒はぶつかり合うと、地面に落下した。


 棍棒とぶつかったのは――ファシルスだった。真っ赤な槍、血槍けっそうセブンスギルティーは真っ二つにへし折れ、ファシルスも棍棒を食らって体を『く』の字に折っている。


「ファシルス! お前!」


「勘違いするなよアルベール……俺は吸血鬼以外のものがこの世界を支配するのが気に入らないだけだ……!!」


 よろよろと起き上がろうとするが、ファシルスの体には力が入っていない。手を地面についたおり、すぐに倒れてしまった。


「すまない! 待たせたな!」


 メイカ以外の全員がファシルスに面食らっていると、エルドレインが周りの亡者たちを全員蹴散らして駆けつけてくる。辺りにはピッグを含め、亡者はもう一体もいなかった。


「ハハハ……にしても、人間を殺してきた俺が、その人間なんかのために攻撃を食らう日が来るとはな。こういうの人間の世界では……『善かれ悪しかれ』か?」


「調子に乗るな。お前は俺の両親を殺したんだ。この程度でお前の罪が減るわけないだろ」


「それもそうか……ハハ、くだらねえ。どっちだっていいよ」


 ファシルスの体が、少しずつ地面に引っ張り込まれていく。冥世に帰るのだ。


 しかし、門は少しずつ閉じ始めている。亡者たちは門の内側から外に出ようと体を押し付けているが、門には逆らえない。


彼が他の亡者たちのように、再び現世に戻ることはできないのは、その場にいる誰もがわかっていた。


「……おいアルベール。魔王だかなんだか知らんが、ぶっ倒せよ。負けるようなことがあれば承知しねーぞ」


「なんでお前に命令されなくちゃいけないんだよ」


「ハハハハハ……別にいいだろ、消える前なんだ」


「……ファシルス」


「なんだ?」


「……ありがとう」


 アルベールの口から洩れたのは、感謝の言葉だった。罵倒でもされると思っていたファシルスは目を丸くする。


「お前が過去に俺の両親を殺したのは事実だ。それは揺るがない。――ただ、結果的に俺を救ったのも事実だ。だから、感謝はしないといけないと思ってな」


「ハハハハ……ハハハハハハハハ!!」


 アルベールが真面目な表情で言うのを見て、ファシルスは心底楽しそうに笑った。体が沈みゆくのももうどうでもよくなってしまったように、ケタケタと笑う。


「笑わせてもらったぜ。こんなに面白いのは初めてだ。ま、せいぜいなんとかしろや。あの世で見物してやるからよ」


 ファシルスはひとしきり笑った後、そう言って地面に飲み込まれていった。冥世へと帰ったのだ。彼の大きな笑い声が途絶えると、門の前は沈黙が支配した。


「冥世の門、修復完了しましたにゃ」


 メイカの言葉が沈黙を破り、冥世の門は元のように口を閉じたのだった。

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