第113話 昨日の敵は
「エ、エルドレイン!?」
「む。お主はどこかで見たことがあるような……千年前にどこかで知り合ったか?」
エルドレインは首を傾げながらセシルの元へ歩いて近づいてきた。
間違いなく本物のエルドレインだ。セシルの記憶には、彼の姿が恐怖とともに鮮明に残されている。あの時の姿がそのまま再現されているのだ。
「冗談じゃないわよ……こっちは一生レベルのトラウマを植え付けられてるのに……」
「うむ? 余が過去に何かしたということか? 覚えがないな!」
頭を抱えるセシル。しかし、エルドレインは悪びれる様子もなく堂々と言い放った。
「おいセシル。なんなんだこいつは。説明しろ」
「この人は古代王エルドレイン。千年前の世界に生きていた人で、最近まで封印されていたの」
「いかにも! まあ、封印から解放された後にルカに倒されたから今は元気に亡者であるがな! ワハハ!」
豪傑のように笑うエルドレイン。さすがのアルベールもこれには苦笑いだった。
「ねえ、エルドレイン。なんであなたがここにいるの?」
「なんでも何もないだろう。余も死者だ、冥世の門が開かれた勢いで出てきてしまってな!」
エルドレインは門を指さして言う。確かに、彼の理屈は通っている。
「でも、他の亡者たちはなんか知性の欠片もないわよ!? なんであなたは平然と会話してるのよ?」
「どうやら、一定の強さの基準を超えれば、自我を保つことができるようであるな! さっきの
「雑兵……魔王の幹部って言ってたけどなあ……」
エルドレインの規格外さにため息を吐くセシル。
「それに、こいつも自我があったから引っ張り出してきたぞ?」
エルドレインは右手を上にあげた。ネコが首根っこを掴まれているようにしてエルドレインに持ち上げられたのは、一人の男だった。
「勘弁してくれ……俺はもう戦いたくねえんだ……」
白髪に、黒いマント。口の周りに無精ひげを生やしたその男は――見知った吸血鬼であった。
「「ファシルス!?」」
「ん。ああ、お前たちは確か……アルベールとセシル、だったか。こういうの人間の世界では『感動の再会』って言うんだよな?」
二人は「感動はしてない」という言葉を飲み込んだ。話がややこしくなるからだ。
エルドレインに連れられてきた男はファシルスであった。しかし、かつて吸血鬼として世界を征服しようとしていたころと比べると、覇気がなくなっている。大きく欠伸をすると、寝ぼけまなこをこすった。
「どうした? お主らは知り合いなのか?」
「知り合いどころじゃないわね。……で、これは一番聞きたかったことなんだけど」
かつて対立した強敵の復活。アルベールとセシルは真剣な面持ちになった。
「あなたたちの目的は何? この混乱に乗じて世界を乗っ取ろうとしているの?」
核心を突く質問。セシルは生唾を飲み込んだ。この問いの答えによっては、強敵が二人追加だ。戦い方を考えなくてはならない。
エルドレインは数秒押し黙ると、ニヤリと口角を上げた。やはり――と思ってセシルが魔法陣を展開しようとしたその時。
「いや。まったくそんなつもりはない。なんとなく観光気分で来ただけだ!!」
「「…………」」
ハキハキと言うエルドレインを見て、思わずセシルとアルベールはあきれてしまった。
「じゃ、じゃあファシルス、あなたは……?」
「俺も世界とかどうでもいいよ……太陽まぶしいし……血が足りなくて眠いし……」
対照的に、ボソボソと答えるファシルス。だらけきった様子だ。少し前の鬼気迫る恐ろしさは全くない。
「じゃあなんなの……? あなたたちは『なんとなく』地上に出てきたの?」
「うむ、そういうことになるな。ルカに負けて、現世に全く未練はなくなった!」
セシルは呆気にとられた。しかし、同時にチャンスだとも考える。素早く頭を下げた。
「お願い! 力を貸してほしいの!」
「力だと?」
「ええ、実は今、魔王が復活していて……ルカがそれを倒そうとしているの! その間に、私たちはこの門を閉めなくてはいけない!」
セシルとアルベールだけでは、この亡者の山は捌き切れない。しかし、そこにエルドレインとファシルスが加われば話は別だ。メイカの気を取り戻し、門を閉めることは格段に容易になる――!
しかし、力を求められた二人は押し黙っていた。
「……余たちが力を貸すと思うか?」
セシルは奥歯を噛みしめた。やはり、かつて非人道的な行為を繰り返していた二人だ。今更人類に力を貸す気など――
「貸すに決まっているだろうが!! お主もそうだろう、吸血鬼!」
「お、俺は眠いから嫌……やめろ! 首根っこを掴むな! わかった! わかったから!!」
エルドレインに持ち上げられ、ファシルスは涙目で叫んだ。
セシルの願いは、あまりにも簡単に――あっけなく、受理された。
「い、いいの!? あなたたち、人間が嫌いなんじゃ……」
「そんなことはないぞ! 余はルカのことが気に入った。他でもないルカのためなら何でもしようではないか!」
「……ぶっちゃけ俺はニンゲンなんか餌だとしか思ってないけど……吸血鬼以外が支配する世界なんか興味ないし。こういうの人間の世界では『嫌よ嫌よも好きのうち』って言うんだろ」
「いや、それは違うと思うぞ、吸血鬼よ!」
大笑いするエルドレインと、ダウナー気味なファシルス。セシルは驚いた。この強者たちは、かくして強者であると理解したからだ。
「さて! ひとしきり笑ったところで仕事と行くか! 客人もだいぶ増えてきているからな!」
エルドレインは門の前を指さす。その先には、人型やら大型の亡者たちがうようよと湧いて出てきていた。こちらを見てケタケタと笑っている。
「大型のものは余が相手をしよう! 吸血鬼は雑魚を何とかしたまえ!」
「じゃあ、私たちはメイカを起こしに行くわ!」
門の方へ走り出そうとするセシル。しかし、足を止めて振り返ってエルドレインを見つめる。
「どうした? 余の顔に何かついているか? 主に神器的な」
「んなわけないでしょ……ありがとう、って言おうと思ったの」
「ほう。なかなか可愛らしい娘だ。その笑顔、神器級!!!」
エルドレインの手から雷がほとばしる。巨大な亡者たちが吹き飛ばされ、一本の道が出来上がった――!
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