第111話 死を乗り越えた悪魔

「フハハハハハ!! さあ、王の行進に続け! 世界をもっと完璧なものにするのだ!!」


 亡者たちを斬り捨てながら進むと、聞き覚えのある声が街の中で響く。少し高ぶっているようだが、間違いない。背筋が凍り付くような気味の悪いこの声は。


「ネクロス!!」


 亡者たちが千鳥足で行進していくその横で、一人のローブの男が声を上げている。化粧をしたように青白い肌、木の枝のように細い指先、目の下を黒く塗りつぶしたようなクマ。


 あの日対峙したネクロスが、しわの一本まで完璧に再現されて、目の前に立っていた。


 恐ろしい。彼は僕の目の前で自爆して死んだはずの人間だ。それがこうも完全に復活していると、夢でも見ているのではないかという気になってくる。それも、質の悪い悪夢だ。


「お前は……ルカ・ルミエール、だったか」


「……知ってるんだな、僕の名前」


「ああ、あの後調べたからな。一度殺された相手の名前を知らないなんて、おかしいだろう?」


 ネクロスはそう言って、ニタァ、と口元を歪める。気持ちが悪い。人の嫌悪感を逆撫でるような物言いも、にやける癖も、あの時のままだ。


 ネクロスは言った。『あの後』調べたと。そして、『一度殺された』と。だとしたらやっぱり――聞かなければならないことはただ一つ。


「お前――なんで生きてるんだ?」


 僕の表情を見て楽しんでいるつもりなのか、ネクロスはまた薄気味悪い笑みを浮かべた。思わずぞっとしてしまう。


「……さあ、なんでだろうな?」


「とぼけるな! お前は僕の目の前で自爆して死んだはずだ!」


 あれは決して見間違いじゃなかった。だとすれば、死んだ人間が生き返るなんておかしいじゃないか。


「さあ? それが知りたければ、私と戦えばいいんじゃないか?」


「また軽口を――」


『ルカさん! 相手のペースに乗っては駄目です! 乱されてます!』


 リーシャに言われて、少しドキッとした。彼女の言う通り、今の僕は冷静さを欠いている。こめかみを冷や汗が伝っていた。


「とにかく――お前を倒して、魔王と戦う!」


「ほう、それは殊勝なことだな。ではこの攻撃が避けられるか……なッ!」


 ネクロスが両手を広げると、彼の背後から黒い風が吹いてきた。竜巻のような突風だ。風の音がまるで人間の悲鳴のように聞こえる。


 これが、アルベールとセシルが言っていた風という奴か。確かに、並大抵の人間では身動き一つとれないだろう。


 しかし、この程度で僕を縛れると思うなよ!!


『風と言ったらあたしっス! センパイ、いくっスよ!』


 イスタの言葉を聞いて、懐から彼女を取り出す。弦を引っ張ると緑色の弓矢が生成されていく。


「馬鹿が! 逆風で矢を放とうとするやつがいるか!」


「馬鹿はお前だ!」


 弦を話すと、緑色の光を纏った矢が八本、カーブのような軌道を描いてネクロスの方へ飛んでいく。イスタのスキルで威力や方向を調節しているんだから、逆風でも問題なく飛んでいく。


「な、なにィィ!?」


 ネクロスは慌てて回避を試みるが、既に遅い。緑の矢たちはネクロスの体を貫き、彼の体を後ろに押し飛ばした。


 彼の手が衝撃で下がると、黒い風は徐々にその力を失っていき、数秒もするとやんでしまった。ネクロスはハッとした表情で僕を見る。


「まだだッ! 私の体が癒えるまで、眷属けんぞくに戦わせればいいだけのこと!」


 ネクロスは慌てて地面に両手をつき、魔法陣を展開する。さっきまで地面だったところから魔物のような生き物が這い出てきた。


「<否定ディナイ>」


 僕が言った刹那。魔法陣はまるで火をつけられた薄紙のように黒く染まり、灰になって散らばってしまった。


「な、何をした――!?」


「お前の魔法を打ち消したんだ。僕の魔法は、お前の力を『否定』する」


「ふ、ふざけるな! だったらもう一度……」


「<否定ディナイ>」


 ネクロスが魔法を発動した瞬間、打消しを行う。反応速度でも魔法の精度でも、彼が僕を超えることはない。


「……さて、終わりにしよう。お前の後に魔王が控えているんだ」


「あ、ああああああああああ!!!」


 魔法が使えなくなって捨て鉢になったネクロスは、叫び声を上げながら突進してきた。しかし、魔法が使えない魔法使いなんて、もはや敵ではない。


「イスタ! フィニッシュだ!」


『りょーかいっス! 吹き荒れるっスよ~!』


 僕は思いきり弦を引き、力を籠める。今までよりも二回りほど大きな弓が、まばゆい光を放って生成された。


「『<テンペスト・アロー!>』」


 掛け声に合わせて、緑の弓矢はネクロスの方へ一直線。彼の体を貫くと、爆発を起こした。


 家が一軒吹き飛んでしまうような衝撃。間違いなく直撃した。さすがのネクロスでも、今のは耐えられないだろう。


 さて、急いで魔王を――。


「フフ……フフフ……なぁ~んちゃって」


 耳を疑った。僕の耳朶を打ったのはあの気味の悪い声だ。


「嘘……だろ?」


 急いで振り返ると……さっき爆発が起こったその場所には、ネクロスが立っているではないか。


『センパイ! おかしいっスよ!』


「ああ、わかってる……これはどう考えてもおかしい!」


 僕たちは違和感の正体に気付いていた。ネクロスが僕たちの攻撃を受け切ったことはもちろんだが、それ以上におかしいこと。


 ネクロスは無傷・・だ。さっき弓に貫かれたはずの腹は、何もなかったように・・・・・・・・・修復している――。


「ひどいなあ、また・・私のことを殺すなんて」


「何を言っているんだ……?」


 その言いぐさではまるで。でも、それはおかしいことだ。それじゃあまさか。


 導き出した僕の答えを見透かしたように、ネクロスはまた、あの気味の悪い笑みを浮かべた。


「ああ、そうだ。私は死なない。何度死んでも生き返ることが出来る」


 頭の中に描いた、妄想のような突拍子のない答えを、ネクロスが言い放った。


「嘘だ! 馬鹿なことを言うな!」


「いいや、嘘ではない。自分でもわかっているんだろう? さっき私のことを始末したはずだ、とね」


 ネクロスの言うことを、僕は否定できなかった。僕がネクロスを倒した時は二回とも、確かな手ごたえがあったからだ。


「教えてやる。私のこのローブは神器。いや――邪神器と言うべきか。リオノーラの寵愛を受けた装備品だ」


「邪神器……?」


 僕は重大なことを見逃していた。調和の女神の祝福を受けた神器があるのならば、復讐の女神の力を受け継いだ装備品もあってもおかしくないということに。


死装束しにしょうぞくタナトス。この邪神器がある限り、私は首をへし折られようが、舌を切り裂かれようが、心臓を握りつぶされようが、生き返ることができる! 私は、完璧な世界を作る者に選ばれたのだァーーーー!!!」


 烏の毛のような真っ黒なローブを翻して高笑いするネクロス。その笑い声だけが街の中で虚しく響き続けるのであった。

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