第110話 森の魔女はお喋りが苦手

 クマさんの頭を模したようなフードに、独特な語尾。この女の人、もしかして……?


「カシクマ!?」


「正解。可愛いぬいぐるみの姿は仮の姿、ボクこそが賢者ワイゼル・ウィズディエルの子孫、ベアトリス・ウィズディエル。いつも通りクマちゃんで構わないよ」


 カシクマ――いや、ベアトリスと言うのが正しいだろうか――は、両手を広げて自己紹介をした。その視線は、僕たちを見ているようで、どこか遠くを見据えているようでもある。


「カシクマって……人間だったの!?」


「初対面の時に言ったと思うんだけどな……あのぬいぐるみはあくまで魔道具を動かしているだけ。本体はぬくぬく引きこもりってわけさ」


「だったらもっと早く姿を見せてくれればよかったのに! なんでこんなタイミングで?」


「いや……ボクはぶっちゃけ、人が苦手というか。正直今も余裕がなくて酸欠になりそうというか」


 あれ。カシクマの目がグルグルしてきたぞ。もしかして目の焦点が合っていないのは、僕たちと目を合わせていないから?


 カシクマは冷や汗を額からダラダラ流しながら、慌てた様子で懐からクマのパペットを取り出す。


 いつもの茶色いぬいぐるみの、パペットバージョン。彼女はそれを手にはめると、ようやく落ち着いて息をついた。


「ふう。やっぱり人と話すときはぬいぐるみ越しに限るクマ。というわけで、ここからはパペットを通して会話を続けるクマ」


 カシクマは手に装着したパペットを動かし、コミカルに話し始めた。さっきまでと違って、口調も元に戻っている。


 本人は普通の喋り方だけど、クマが間に入っているときは語尾に『クマ』が入るということだろうか。めんどくさいからどっちかで統一してほしい。


「で、ベアトリス? カシクマ? はどうしてこのタイミングで出てきたの? 出番がなさ過ぎて、慌てて出張ってきたとか?」


「なんてことを言うクマ! そんなわけないクマ、ボクもあのファヴニールと戦うって言ってるクマ」


 原始竜ファヴニールと……? たしかに、ユグちゃんとハンキウスの二人では戦力が心もとないと言っていたけれど。


「大丈夫なの……? 今のところコミュ障っていう印象しかないんだけど……」


「失礼な! ボクだって腐っても賢者の子孫! お前たちの何十倍も生きているクマ!」


 そう言って、カシクマはパペットをはめていない方の手で人差し指を突き立てる。すると、指先に真っ黒な球体が発生した。


「それは?」


禁忌箱きんきそうパンクマボックス。熾天使級セラフィムの中でもチート級の能力を持つ僕のアイテムクマ。効果はずばり、無限の異空間を作り出すこと」


 ドヤ顔で話す彼女のその説明を聞いて、すぐにピンときた。カシクマの家には歩き切れないほど長い廊下が伸びていて、たくさんの部屋が連なっている。それは彼女のアイテムの力だったのだ。


「このアイテムで、ファヴニールのやつを異空間に『収納』するクマ。そして、街の人間に被害が出ない場所で戦う。神獣と神器の二人が味方なら、時間稼ぎくらいなら出来そうクマ」


 なるほど、確かにその作戦なら、より安全に街の人を避難させることができる。


「そうと決まれば行くぞ。時間がない」


 大剣を担ぎ、走り出そうとするアルベール。しかし、セシルはじっとカシクマのことを見つめていた。


「ん? どうかしたクマか? セシル・リーベリア」


「ねえ、聞かせて! あなた、『森の魔女』って呼ばれていたことはない!?」


 魔女、というのは、とある物語に登場する魔女のことだ。


セシルがそう言うのもおかしな話ではない。水色の髪に青色の瞳。セシルと同じ身体的特徴を持っているカシクマは、物語に登場する魔女にそっくりだったからだ。


「うーん、人と会うのが苦手で森に引きこもってたから、周りに何を言われていたかはわからんクマ」


「そう……そうよね」


「それがどうかしたクマ?」


 セシルは神妙な面持ちで息を大きく吸うと、言い放つ。


「あなたが仮に森の魔女だったとして――人々はあなたを悪者にした物語を広めている。だとしたら、あなたはそれをどう思う?」


「興味ないクマね」


 言葉を選んでいる様子のセシル。それとは対照的に、カシクマは即座に切り捨てた。


「そもそもボクは人間に興味がないクマ。だから、他人が何を言うかなんてぶっちゃけどうでもいいクマ。ま、強いて言うならカッコよく書いてくれってくらいクマね」


 セシルはカシクマのどこか抜けたような答えを聞いて――驚いたような表情をした。


「で、それがどうしたクマ? 言っておくけど、ボクと見た目が似ているっていうクレームは受け付けないクマよ?」


「……ううん。違うの」


 セシルは首を横に振る。


 彼女は小さいころから、魔女とそっくりの見た目をしていることを気にして生きてきた。周りの子供たちからそのことをからかわれているところを、僕は何度も目にしてきた。


 本人は、僕以上にその現場を目の当たりにしてきただろう。だから、もしカシクマが魔女だったなら、彼女のコンプレックスの元凶はカシクマということになる。


 しかし――セシルは笑っていた。


「昔はね、こんな見た目は嫌だって思ってた。魔女にそっくりだってからかわれて、友達もできなくて」


「それは災難だったクマね」


「でもね……今は違う。ルカの言う通りだった。魔女ってかっこいい。あなたみたいなカッコいい魔女にそっくりで、よかったって思うの」


 セシルの瞳から向けられたのは、尊敬のまなざし。カシクマがカッコいいのかはさておき――それが、彼女が下した結論なのだろう。


「な、なんか照れるクマね? おだてても何もでないクマよ?」


「馬鹿なことゆーとる場合か! さっさと行くで!」


 ポッと頬を赤らめるカシクマを弾き飛ばし、ユグちゃんが前に出る。彼女は小瓶を三つ、僕たちに投げ渡した。


「エーテルや! 今回は緊急事態だから細かいことは無しにしたる! ユグちゃん名物たたき売りやで!」


 僕、セシル、アルベールの三人は小瓶をグッと握りしめ、強く頷いた。


 あれほど取り扱い方を懸念していたエーテルを、いとも簡単にくれた。それは、これから始まる戦いが壮絶になるということを意味している。僕たちは皆、その事実に気付いていた。


 しかし、止まるつもりはない。一刻も早くネクロスたちを止めなければならない。


「みんな――絶対に、生きて帰ろう!」


 僕の号令を皮切りに、皆は散り散りの方向へ走り出した。

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