第109話 世界の危機やで!

 空を飛ぶ緑色のドラゴン。復活したネクロス。いなくなったメイカ。


 ここ数分で起こったことの情報量の多さに、僕は思わず困惑してしまった。


「もう、一周まわって笑っちゃいそうだよ……」


「そんなこと言ってる場合じゃないわよ! ドラゴンよドラゴン!」


 セシルは廊下の窓から空を指さして、あたふたとしている。それもそうだ。僕もそうしたいくらいなんだから。


 とにかく、情報量が多すぎる。これじゃ頭の中がゴチャゴチャだ。


「えらいこっちゃーーーーー!!」


 その時、窓の外から聞こえてくる関西弁の叫び声。聞き覚えのあるその声に、僕は慌てて窓から身を乗り出して下を覗き込んだ。


 そこにいたのは、一体の巨大な虎と、その上に座って騒いでいる一人の少女。あれは――間違いない。


「ユグちゃん!?」


「ん? おお、ルカやないか! ちょうどいいところにおった!」


 ユグちゃんが乗っている虎――神獣のハンキウスは地面を蹴ってジャンプをすると、壁をぶち破って外から廊下に入ってきた。


 窓がバラバラに割れ、壁だったものがガレキになって廊下に散らばる。いささか登場の仕方がダイナミックではないだろうか。


「……学校壊しちゃってるけど、マズくない?」


「そんなこと、あとでどうにでもなるわ! そんなことより、世界の危機やで! なまっちょろいことは言ってられへん!」


 世界の危機? ユグちゃんの口から出てきた単語に、背筋が伸びるような感覚を覚えた。


 たしか、ハンキウスとユグちゃんは世界樹から下界を見下ろして、世界に問題が起これば解決する、と言っていたはずだ。つまり、二人がこの場にいるというのは冗談でもなんでもなく、そういうことである。


「いったい何が起こってるの?」


「冥世の門が開かれた。向こう側から亡者たちがうじゃうじゃ湧いて来とるで!」


 やはり、冥世の門は開かれてしまった。ネクロスがメイカを連れて行ったのは人違いではなく、メイカが真の『麗しき瞳の少女』だとわかったからだったようだ。


「それに加えて、誰かが原始竜ファヴニールの封印を解いたみたいなんや! 今飛んでるやつはそれやで!」


「原始竜って……ドラゴンなら一度倒したことがあるけど、僕がなんとかできないのかな?」


「それは厳しいやろなあ。ファヴニールは他の全てのドラゴンの生みの親やで。あいつと比べたら他のドラゴンなんて赤ちゃんにすぎん。ルカならなんとかなるかもしれんけど、奴は体力がごっつ高いから時間がかかりすぎる」


 前にイスタの力で倒したドラゴンが赤ちゃんかあ。確かに、ファヴニールというあのドラゴンは、ドグランズ全体を覆いつくしてしまいそうなほど巨大だ。さっきまでさんさんと輝いていた太陽の光は、山のような奴の体に覆われてしまった。


「それから、これが一番厄介なんやが……魔王が冥世から復活した」


「魔王が!?」


 あまりの衝撃に声を上げてしまった。


 魔王と言えば、二千年前に勇者アレンと戦ったという、魔族の親玉みたいなやつじゃないか! あの勇者ですらギリギリ勝つことができたような相手がよみがえったとくれば、最悪世界が支配されてしまうことも考えられる。


「だから世界の危機やねん。こんなのは千年に一度……いや、今までで一番の危機や。このままだと間違いなく世界は終わる・・・で」


 ユグちゃんはらしくもなく、頭を掻きながら真剣な表情で言った。僕の百倍以上は生きている彼女が言っているのだ。よっぽどのことなんだろう。


「それで、僕たちはこれからどうすればいいの!?」


「ええか、よく聴け。お前たちにしかできんことや」


 ユグちゃんはそう言うと、まず僕を指さした。


「ルカ。お前はまず、冥世の門を開いた黒幕を倒すんや。敵がどんなやつかわからない以上、この中で最強のお前が行くのがベストやろ」


 黒幕の人物なら、既に見当がついている。邪教徒のネクロスだ。あいつとは一度話したいと思っていたし、メイカの礼もたっぷりさせてもらおうと思っていたところだ。


「それから、その黒幕を倒し次第、魔王と対峙するんや。いくらルカとは言え、勝てるとは断言できん。だから、ウチや他の仲間たちが集まるまで時間稼ぎをすることになるかもしれん」


 僕が頷くのを見ると、ユグちゃんは次にセシルとアルベールを指さす。


「次にお前らにやってもらいたいことは、王国の兵士に避難誘導をさせること。そして、冥世の門を閉じることや」


「避難誘導はわかるけど……冥世の門を閉じるって?」


「冥世の門が開いとる限り、亡者を倒しても何度も湧き上がってくるで。無限ループや。だから、亡者の復活を阻止するために門を閉じる必要がある」


 ユグちゃんは両手の手のひらをぱたりとくっつけて、門が閉まる様子を示した。


「しかし……どうやって門を閉じればいいんだ? 二人で押さえつけるのか?」


「押さえつけて門が開かないようにした後、鎖で縛りあげる必要がある。ただ、鎖が用意できるかと言うと……うーん」


「大丈夫、メイカなら出来るよ」


 困っているユグちゃんに助言する。メイカのスキルなら、壊れた鎖を元に戻すこともできるはずだ。だから、僕がネクロスの手から彼女を救出することが、鎖の修復につながる。


「ホンマか! 話がそこまでスムーズならありがたい!」


「でも、あのドラゴンはどうするの?」


 僕が問いかけると、ユグちゃんが力こぶを作って|(全然できてないけど)、ペシンと叩いた。


「それはうちらに任しとき! ハンキウスはんと二人で戦ったる!」


「大丈夫なの? さっき言ってたけど、そのドラゴンって強いんでしょ?」


「それはそうやな……本音を言うと、ちょっと厳しいところはあるんやけど、そこはまあガッツで――」


「話は聞かせてもらったよ」


 ユグちゃんが腕を組んで唸っていたその時、後ろから一人の女性の声が聞こえた。


 振り返って見てみると――そこには、茶色いローブを身に纏った、二十代くらいの女性が立っていた。


 髪はカールした水色。水晶のように透き通った青色の瞳。セシル――いや、物語に出てくる魔女のようなその女性は、こちらを見てニッと笑った。


「誰……?」


 僕が漏らすと、女性はため息を吐く。


「やれやれ、鈍い男だ。では、こうすればわかるかな? ――話は聞かせてもらったクマ。楽しそうだから、ボクも混ぜてもらうクマ」


 茶色のローブについたフードを被ると、そこには、丸い耳がついていた。それはまるで、クマのようだ。

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