第108話 終わりの始まり

※お話の前に※

復讐の女神の名前なんですが、色々あってリオノーラになりました!多分これで確定なので、許して下さい!!!


 冥世の門の前。不敵に笑い続けるネクロスを、メイカが見つめていた。


「フフフフフ……ハハハハハハハハ!! ついにこの時が来た!」


 笑い声が扉に反響する。ネクロスは腹の底から笑い声を上げて、門の表面を撫でるように触り続けていた。


「……残念でしたにゃ」


「なんだ? 小娘」


「メイカはエリーとは別人ですにゃ。あなたは人違いでメイカのことを攫ってしまったんですにゃ!」


 メイカは気付いていた。ネクロスは間違えて自分のことを連れ去ったのだと。彼が狙っていた本物のエリーは今ごろ、ルカの手によって保護されているのだろうと。


 だからこそ、ネクロスの目的が果たされることはないはずだった。


 しかし――。


「ククククク……ハハハハハハハハ!!」


 ネクロスはメイカの指摘を聞いて数秒黙った後、再びケタケタと大きな笑い声を上げた。


「何がおかしいんですかにゃ!?」


「いや、滑稽だ。残念だが、私は人違いなんかしていないよ。探していたのは君だ」


 メイカは困惑した。ネクロスが何を言っているかわからないからだ。彼が狙っていたのはエリーのはず。


「エレアノールを目にした時に違和感があったんだ。あれはあまりにも弱すぎる。冥世の巫女はもっと強く――美しいはずなんだ」


「冥世の巫女……?」


「ああ。『麗しき瞳を持つ少女』だ。このアニガルドの王族の女に代々発現するという記述を見たことがあったんだが――どうやら何かの間違いだったらしい」


 メイカは悟った。つまり、この男が狙っているのは、自分のスキル、『ヘファイストス』。その力を以って、何かをしようとしている。


「あなたの目的はなんですかにゃ!?」


「決まっているだろう。その目の力で、この門を開く」


「そんなことをしたら、現世と冥世が一つになって……」


「現世と冥世? 何を言ってるんだ。そんなことはどうでもいい。私の心はリオノーラにのみ捧げている」


 リオノーラ。その言葉の意味をメイカは知っていた。復讐の女神の名前だ。


「でも、復讐の女神は冥世にはいない……! 現世で――調和の女神と復讐の女神が最後に戦った場所で眠っているはず!」


「そんなことはわかっている! だから、あのお方・・・・にお力を貸していただくのだ!」


 あのお方。復讐の女神という単語とその言葉を結び付けて、メイカはその正体に気付く。そして、あまりにも恐ろしいその予測に、身震いをした。


 まさか、と声を漏らそうとしたその時。


「グオオオオオオオオオオ!!!」


 二人の体を、大きな影が覆った。自分たちの上に何かが現れ、太陽の光を遮ったのだ。


「な、なんですか……これは……」


 そこにいたのは、巨大な竜。爬虫類のようなテカテカとして緑色の体表のその竜は、黄色の瞳で街に睨みを利かせ、針山のような牙を露出させ、大きく咆哮した。


 何よりも、大きさがすさまじい。ドグランズの街を覆いつくしてしまいそうだ。それはまるで、山が宙を舞っているほどに。


「原始竜ファヴニール……すべての竜の生みの親だ。さすがに今回は本気だ。目覚めさせておいたのさ」


「『目覚めさせておいた』って、まさか……」


 メイカは知っていた。この手口を。人間の世界に前時代の怪物をよみがえらせ、パニックを起こすこのやり方を。


 ネクロスはそんなメイカの表情を見て、言いたいことを悟ったのか、ニヤリと笑って言う。


「ああ。そうだ。エルドレインを目覚めさせたのも、真祖ファシルスの封印を解いたのも私だ。その証拠に――ほれ」


 ネクロスが手を高く掲げると、そこに収まるように一本の杖が現れた。檜で作られていて、ところどころに金で細工がされている。


 メイカは確信する。あれこそが、ルカがエルドレインから捜索を頼まれている、命杖めいじょうワンド・オブ・サヴァイヴであると。


「そんな……なんのために……?」


「この杖に生命力を吸わせるためだ。人間を屠ったアンデッドなんて、いかにも生命力がありそうだろう? それに、ファシルスに関しては、人間から蓄えた血液を霧にしてバラまいてくれたからな。収集するのが楽だった」


 メイカは過去を振り返る。思えば、真祖ファシルスが闘技場を魔法陣として発動しようとした、『真の血霧狂乱スタンピード』。空に浮かんでいたはずの霧は、いつの間にか消えていた。


 ルカがファシルスを倒したことで、赤い霧は自然に消滅したと考えられていた。しかし、今ならわかる。ネクロスが杖で、生命力を帯びた霧を吸い上げていたのだ。


「さて、そろそろお前には眠ってもらおう。……と言っても、意識を失うだけで、体の方には動いてもらうが」


 ネクロスが手を伸ばすのを見て、メイカは背を向け、走って逃げ去ろうとする。しかし、ネクロスの手から波動が放たれると、メイカは体をビクッと震わせ、その場に立ち止まってしまった。


 今、彼女の目に生気はない。ネクロスの術中にはまったのだ。マリオネットのようにぎこちない動きで歩き始めると、ネクロスの前にひざまずいた。


「扉を破壊しろ」


「……かしこまりました」


 メイカは再びぎこちなく歩き、今度は冥世の門の前に立つ。完全にネクロスの言う通りに動いている。


 メイカが冥世の門に触れると、みるみるうちに扉が青白い光を放ち始める。光は少しずつ強さを増し、鎖がガタガタと小刻みに揺れ始める。メイカはそれを見て、ネクロスの横へ戻った。


 数秒後。巨大な鎖はどこかで千切れ、大きな音を立てて地面に落ちた。同時に、ゆっくりと扉が開かれていく。


 扉の向こう――冥世からは邪悪なオーラが放たれている。一般人が浴びればひとたまりもないほどの瘴気だ。しかし、ネクロスはそれを全身で浴び、歓喜して身悶えしている。


 門が完全に開かれると、一人の男がこちら側に向かって歩いてきた。金髪の上から白金の王冠をつけ、肌は不健康そうに青白い。


 猛禽のように鋭い瞳から氷のように冷たい視線を振りまくと、ネクロスを一瞥した。


「……お前か、余を再び現世に呼び戻したのは」


「左様でございます。魔王ブラッドフォード様」


 ネクロスとメイカは目の前の男――魔王にひざまずく。


「で、貴様は余に何を所望する?」


「はい。あなた様にしかできないことでございます。『復讐の女神』をこの杖で復活させてほしいのです」


「……リオノーラか。確かに、あの女の祝福を受けた余ならば、それもできるだろう」


 ネクロスは手ずから魔王に命杖を渡す。魔王は眉一つ動かさずに杖に一瞥をくれると、再び前を見た。


「では……余は『決戦の場所』へ行く。その前に……これから世界は余と、リオノーラの物になる。『喝采』せよ」


 魔王がそう言った瞬間、彼の背後の扉から、無数の亡者たちが蜘蛛の子を散らしたように湧き上がってくる。まるで魔王の軍隊のようだ。


 ネクロスは魔王のカリスマ性に触れ、狂喜しながら喝采をした。


 乾いた音が、扉に跳ね返って響き渡る。

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