第107話 たとえ足が震えていても
獣人三人組を職員の方に搬送してもらった後、教室に戻ると、それはもう散々だった。
目の前に広がってきた光景は、地震のあとのようだった。綺麗に並んでいた机たちはぐちゃぐちゃに倒れていて、生徒たちはみんな倒れている。窓ガラスは全部割れていて、掲示物も引きはがされている。
教壇ではアルベールとセシルが座り込んでいて、荒く呼吸をしている。
「二人とも、怪我はない!?」
僕は急いで回復魔法をかける。二人とも外傷はないようだが、ひどく疲弊している。
「何があったか、話せる?」
「……メイカが攫われたのよ。犯人はネクロスだった」
思わず耳を疑った。後半もそうだけど、主に前半について。
「メイカが!? なんで!? エリーはどこに行ったの?」
「エリーはメイカのアシストで逃げることができたわ。でも、代わりにメイカが」
それはおかしな話だ。ネクロスの目的はエリーだったんじゃないのか? 間違って連れて行った? でも、メイカもエリーもその場にいたんだから、そんなはずはない。
「そうだ、エリー!」
僕は教室から出て、引き戸の扉を開けた。その先では、エリーが床にぺたんと座り込んで泣いていた。
「エリー! 大丈夫だった!?」
「ルカ……メイカが!!」
エリーは涙をボロボロ流しながら、僕に抱き着いてきた。よほど怖い思いをしたんだろうな。
とりあえず、エリーは無事。だとすると、連れ去られたのはメイカだけだ。
でもなんでだ!? メイカが連れ去られた意味はわからないし、そもそもなんであいつは生きている!? わからないことが多すぎて頭がパンクしそうだ。
とりあえず落ち着いて整理をしよう。ネクロスが復活したのは『自爆したふりをしていたから』だと仮定するとして……なぜやつはメイカを攫った?
ネクロスの目的は、おそらく冥世の門。門を開いて、現世と冥世を一つにしてしまおうとしている、というのがレティの見解だった。
『麗しき瞳を持つ少女、冥世の門を
……待てよ? レティは『エリーが』扉を開く人物だなんて言ってない。『麗しき瞳を持つ少女』だと言っていた。
メイカとエリーの瞳はそっくりだった。そこから導き出される事実は一つ。
ネクロスが探していた人物は、本当はメイカだった。何かの勘違いでエリーを襲っていただけ……ということか?
でも、だとしたらあの扉をどうやって開けるんだ? 僕はてっきり、エリーの魔眼で扉周りの鎖を破壊するのだと思っていたんだけど……。
メイカの目は、道具の直し方や作り方がわかる『ヘファイストス』だ。エリーの目の能力とは正反対のはず――。
『そうそう、この本は面白いわよ。医者をやっていた男が事故で異世界に転生して、医学の知識を活かして最強の殺し屋になるっていう……』
――違う。
メイカの目は道具を直すのに長けている。そして、直し方がわかると言うことは、裏を返せば
ネクロスがメイカを連れ去った目的は、冥世の門を開けるためだ。そして、メイカにはそれをするだけの力がある!
すぐに冥世の門へ行かないと! このままじゃ大変なことになる!!
「……ルカ」
走り出そうとした時、エリーがか細い声で呟いた。僕の服の裾をぎゅっと握り締める。
「私、もう嫌なの。いつも守ってもらってばっかりで、私の代わりにたくさんの人が傷ついて……!!」
涙声で話すエリー。いつになく取り乱し、僕の服に顔をうずめて言う。
「ずっとそう。クリスだって、私を守るために死んだ! このままじゃメイカだって!! そんなの嫌だよ!!」
僕は黙ってそれを聞いた。彼女はやりきれない気持ちから、小さな拳を握って、僕の腹を叩いている。
「なんで私が生きてるの!! こんなに弱くて、守られてばっかりの私が!!」
「エリー!!」
僕はエリーの肩を掴み、彼女の目を強く見つめた。
「確かにエリーは弱いかもしれない。クリスさんは君のために命を落とした。それもまた事実だ。
でも、君を守った人はそれを後悔していないはずだ! だからエリーがそんなことを言うのは駄目だ!」
「ルカ……」
エリーは生きなければいけない。その細い腕で体を起こし、涙声で叫び、うるんだ瞳を大きく見開き、震えた足で立ち上がらなければいけない。
「弱いのが嫌なら、戦うしかないんだ! どれだけ怖くても、立ち向かわなければ強くはなれない!」
「無理だよ……私なんかが立ちあがれるわけがない。守られてばっかりの私なんか、立ち向かっても意味ないよ!」
「違う! エリーは弱くなんてない。確かに今は守られてばかりかもしれない。でも、君は絶対に強くなれるんだ」
「そんなことないよ……ルカは私のことを買いかぶりすぎてる!」
「信じるんだ! 絶対にできる! あとは、君が自分自身を信じて立ち上がるだけなんだ!」
こんなことを言うのは無責任かもしれない。
でも、僕は本心から言っていることだ。エリーは今、自分自身の弱さと向き合おうとしている。暗く閉ざされた
リーシャと初めて会った洞窟を思い出していた。先行きが見えない絶望。落伍者が進む成れの果て。あの時の僕は真っ暗な場所で失意のどん底にいた。
でも、諦めずに突き進んだ先に光はあった。光は、追い求めた人間にしか見ることはできない。どれだけ弱くても、戦わなければ未来はない。
エリーは、自分の力で立ち上がることが出来る人間だ。僕はそう信じている。
涙を流しているエリーの頭を撫で、アルベールとセシルに声をかけるために教室へ向かおうとしたその時。
「ルカ! あれ見て!」
教室から出てきたセシルは、一番に窓を指さした。
窓の外――空を見上げると、そこには一体の大きな竜が飛んでいた。
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