第106話 復活の邪教徒

「今のはもしかして……叫び声!?」


 ホームルームが終わって帰ろうと支度をしていると、教室の外から大きな声が聞こえたのだ。それも、男の声だ。


 さっき出て行った三人組は、ホームルームが終わっても戻ることはなかった。そして、男の叫び声。なんだか嫌な予感がする。


「何か起こっているのかもしれない! エリーはここで待ってて!」


「ルカ、気を付けてね!」


 エリーの忠告を聞いて、僕は首肯した。急いで廊下に出て、窓を開けて飛び降りる。ここは三階だから、ちょっと飛び降りるくらいなら大丈夫!


 着地をして辺りを見回すと、昨日のベンチのあたりに人が立っているのが見えた。声がしたのもあっちの方だ。間違いない。


 急いで現場に駆けつけて、僕は絶句した。


 獣人三人組が血の海に倒れている凄惨な現場だったから――だけではない。そこに立っている二人の人物に見覚えがあったからだ。


『ルカさん! この人たちって!』


「ああ、この前の邪教徒だ!!」


 赤い髪の女と、スキンヘッドの大男。この二人の特徴は、まさしくこの前蜂起を起こした邪教徒二人組だ。ご丁寧に服装も前と同じで、女の方は水着のような格好で、男はタンクトップ。


「あら? この前の坊やじゃなーい!」


 なんでこの二人がここにいるんだ。こいつらは、アルベールとセシルに倒された後に監獄に入れられたって話だったじゃないか!


『ルカ君、それよりも今は回復を!』


 リムに言われて、ハッとする。そうだ、今はあの三人組の傷をふさがなくては。


 素早く回復魔法を発動し、倒れている三人の傷を癒す。傷口はふさがっただろうが……あまりにも血が出すぎている。


 傷をふさいで体力を回復させても、流れた血が戻るわけじゃない。依然として厳しい状況だ。


 ここは、すぐにでもこの二人を倒さなくては!


「あの二人も面白いと思ってたけどよ、お前とも戦いたかったんだ! お前はどんな悲鳴を上げるんだ!?」


 タンクトップの男が笑いながら接近してくる。肉だるまみたいな見た目をしてるのに、思ったよりスピードがあるな。気持ちの悪いやつだ。


 だけど――こいつらに構っている暇はない!


「さあやろうぜ!! 血沸き肉躍る戦いをよォ!」


「戦いだったら、もう終わってるよ」


 僕の言葉を聞いて、二人は顔をゆがめる。次の瞬間には、二人とも地面に倒れていた。


「<麻痺パラライズ>。かなり強めのをかけておいたから、二人とももう動くことはできないよ。じきに眠くなるはずだ。


 正直、こいつらのことは許せない。この二人は、クリスさんを殺したネクロスの仲間だ。時間さえ許せば、攻撃魔法で倒してやりたいくらいだ。


 でも、そんなことしている暇はない。それに、こいつらには聞きたいこともある。


「お前たち、なんでこの学校にいるんだ?」


 この二人は、アルベールとセシルが撃退して、投獄したはずだ。一度捕まった人間がこんな簡単に脱走できるはずがない。


 それに、なんでこいつらはわざわざエリーがいるこの学校を選んだんだ? エリーを狙っていたのはネクロスだったはずだ。


 二人は地べたに這いつくばりながら、ニヤリと笑った。追い詰められた人間がするような表情ではない。


「ああ、教えてやるよ……俺たちは役割を果たしたわけだしな」


「そうね、どうせ向こうはもう終わってるわよ」


 向こう・・・? 何を言っているのかわからない。


「俺たちはあいつに言われてここに来たんだよ。『牢獄から解放してやる代わりに、自分の作戦に協力しろ』ってな」


 男が言う『あいつ』という言葉の意味を、頭の中で巡らせる。そしてたどり着いた一つの答えに、僕は全身が泡立つのを感じた。


 まさか――いや、そんなわけない。だって、『あいつ』は――。


「俺たちを解放したのはネクロスだ」


 男の口から放たれたその言葉を聞いて、僕は戦慄した。



 エリーは心配を胸に抱きながら、教室の外を見つめていた。


 外で聞こえてきた叫び声。あれはもしかしたらクラスメイトの声だったのではないか。少し前に襲われた自分だからこそ、その恐怖は理解している。


 お願いルカ、何とかして――。祈るような思いでいたその時だった。


「さて、お邪魔させてもらうよ」


 目を疑った。教室の前の扉から、黒いローブを身に纏った老人のような男が入ってきたのだ。


「な、なんですかアナタ!」


 先生が叫ぶ声。クラスメイトの悲鳴が耳をつんざく。その問いの答えを、エリーは確かに持っていた。


「ネク……ロス?」


 青白い肌に、死んだ魚のように濁った眼。見間違えるはずもない。目の前の男は、少し前に自分を襲ったネクロスに他ならなかった。


「エレアノール姫。お迎えに上がったぞ」


 老爺のようにしゃがれた声。ネクロスはあの日と変わらず、自分の目の前に立っていた。


「そうはさせるか!!」


 ネクロスがエリーの方へとにじり寄った刹那。黒い大剣が教壇を真っ二つにした。ネクロスは攻撃を回避するためにはね跳び、教室の壁を蹴って移動した。


 教室に、さらに二人の乱入者。アルベールとセシルだ。


「お前たち、いったいどこから来た?」


「なーんかそんな気がしたのよね。エリーがまた襲われるとしたら、ルカがいない時だから」


 得意げに解説するセシルを睨み据え、ネクロスは苦虫を噛みつぶしたような表情をした。


「おいセシル。こいつは死んだんじゃないのか? それとも、俺たちが見ているのは幽霊なのか?」


「知らないわよ。でも、戦わないといけないことには変わりなさそうよ!」


 セシルはそう言うと、両方の掌を胸の前に掲げ、魔法陣を展開する。水色の紋章から冷気が発生し、彼女の足元が凍てつく。


「調子に乗るなよ……醜い人間ごときが!!」


 ネクロスが吠える。次の瞬間、彼の体からどす黒いオーラが放たれた。


 まるで竜巻の中にいるようだ。黒い風は彼の体を中心として、教室中を駆け巡る。セシルは飛ばされないように身構え、床を強く踏みしめた。彼女の長い髪が風で激しく揺れる。


 アルベールが体の重心を低くして持ちこたえていると、隣で人が倒れる音がした。教室の生徒たちが椅子から落ちているのだ。


 おそらく、この風自体に、人の気を失わせる力がある。アルベールはそう合点した。


「エリー、こっちですにゃ!」


 その時だった。一人の少女の声に反応して、タナトスは視線を動かした。


 教室の後ろの入り口にいたのは、メイカだった。エリーに向かって手招きをしている。エリーはそれを見ると、急いで教室の外へと走り出した。


「ここはメイカがなんとかしますにゃ! だから、エリーはクマさんの家へ!」


 メイカはエリーが廊下へ走り出すのを見ると、入り口で手を広げ、通せんぼをする。時間をかせぐ作戦だ。


 しかし――肝心のネクロスは、メイカの方を見たまま、呆然としている。


「――見つけた」


「えっ?」


 ネクロスは、泣いていた。バッタのように気持ちの悪いその目から、滂沱の涙を流しつている。


「見つけた。ついに見つけた。これで、これで世界は――!!」


 ネクロスは走り出し、メイカの方へと向かっていく。彼女の胴体を右腕で抱えると、廊下を駆け抜ける!!


「おい逃げるな!!」


「このままじゃメイカが!!」


 教室に残されたアルベールとセシルの二人は、手を必死に伸ばして藻掻く。しかし、あまりにも風が強く、前に進める様子は全くない。


 1分ほどして風がやむまで、二人はただそうすることしかできなかった。

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