第105話 決戦の後で
次の日。僕は昨日と同じ教室で、三人の生徒と向かい合っていた。
相対するのはサル・タヌキ・キツネのいつもの三人組。三人ともニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「逃げださなかっただけ褒めてやるぜ。Fラン冒険者君」
「逃げ出すわけがないよ。だって僕は勝ちに来てるんだから」
「いつまでそんな減らず口を叩けるかな?」
今日は、待ちに待ったテストの日。護衛の僕がテストを受けると言ったら先生にドン引きされたが、これも勝利のためだ。仕方がない。
「俺たちが勝ったら……そうだな、靴でも舐めてもらおうか。それから、二度と俺たちに口答えをせず、護衛が終わったらこの学校から即座に消え失せろ」
めちゃくちゃだな。ちょっと反撃したとはいえ、そこまで嫌われるようなことをしただろうか。
だが、僕も躊躇はしない。3人にきっと睨み返した。
「僕が勝ったら、二度と喧嘩を吹っかけてこないでね」
「ああ、約束してやるよ。ま、せいぜい1点か2点くらいだろうけどな!」
三人は一笑に付す。しかし、僕だって博打をしにきたわけじゃない。
昨日は疲れた体に鞭を打って教科書を読んだんだ。それに、いざというときの作戦もある。
昨日の犬耳先生が教室に入ってくる。いざ、テスト開始!!
テストが終了し、時は進んで帰りのホームルームの時間。犬耳先生が壇上にやってきて、答案の返却を始めた。
「今回のテストの平均点は62点でした。最低点は32点で1名、最高点は100点で1名です」
教室中がざわつく。100点という点数に驚いたんだろう。
「では、結果を貼り出します」
犬耳先生は黒板に、横長の横断幕のような紙を貼り始めた。そこには生徒の名前と、下には数字が書かれている。
これがテストの結果だ。左から右にいくにつれて、点数が下がっていく。つまり、一番左に名前がある生徒が一位だ。
そう言えば、あの三人組の名前を一人として知らなかったな。これじゃ比較しようがないや。
――とはいえ、そんなことはどうでもいい。だって、比較する必要がないんだから。
僕の名前は一番左、つまり、1位の場所に載っている。点数は100点。
「「「な、なんだってーーーーーーー!?!?」」」
あの三人組が声を上げる。信じられないという様子だ。叫ぶや否や、今度は僕の席の周りに集まってきた。
「お前、何をした!?」
「何が?」
「何が? じゃねえよ! 何かイカサマをしたんだろ! カンニングとか!」
「カンニング? 100点は僕だけなんだから、そんなことしようがないでしょ?」
僕に言われて、三人は悔しそうに舌打ちした。反論が出来ないからだ。
彼らの言い分は半分正しくて、半分間違っている。僕はカンニングはしたけど、自分の力を使ったまでだ。
レティの力を借りて。
「じゃあ『アンジェロの戦い』があったのは何年だ!? 自分で解いたならわかるはずだよな!?」
『213年よ』
「213年」
「くっ……正解だ……!!」
そう。レティを装備しても、誰も見ることができない。声も僕しか聞くことができないんだから、カンニングを証明することはできない。
知識を付けるのが大好きなレティに頼んだら、教科書を20分足らずで丸暗記してくれた。一晩かけて冒頭の10ページしか読めなかったお粗末な僕とは大違いだ。
おまけに、他の書籍で得た知識もあるんだから、教科書の範囲外の問題だって解けるというわけだ。さすがレティ!
ちょっとズルいことをしている自覚はある。でも、自己防衛のためだし、いいよね。てへっ。
「認めない……認めないぞ!!」
三人は怒ったような様子で走って教室を出て行ってしまった。えっ、約束を反故にされるとちょっと困るんだけど……。
まあいいや。さすがに今回の一件で懲りてくれるよね。頼むからもう絡んでこないでくれ……。
*
「はぁっ、はぁっ、なんなんだよあいつ……」
教室から走り出した三人は、校舎の外――ルカが膝枕で休んだベンチのあたりで息を切らしていた。
三人は耐え難い屈辱を抱えていた。
親のコネで入学した三人だったが、平民には負けたくないというプライドだけはあった。くだらない意地ではあったが、決して譲れないものだった。
ましてや、ぽっと出のFラン冒険者が相手となれば、それは計り知れないほどだ。しかし、実際に彼らは、自分たちが実力でも学力でも、周りにいる少女たちの美しさでも負けていることを自覚していた。
「どうする……? 俺たち、もう勝てる要素ないじゃんか……」
「馬鹿なこと言うな! あんな奴が俺たちより優秀なわけがないだろ!」
「でも、実際負けたわけだしな……」
三人は沈黙した。劣等感と怒りが混じったこの気持ちに、どうやり場を与えればいいかわからなくなっていた。
「あら、ちょうどいいところに人がいるじゃない。あれでいいわね」
その時、一人の女性の声が校舎に反響して聞こえてきた。顔を上げると、向こうから二人の男女が歩いてきているのがわかった。
三人はすぐにおかしいと理解した。二人の服装は、秋の夕暮れに着るにはあまりにも寒そうだ。
「な、なんだアンタたち!?」
「なんだとは失礼ね。まあ、不法侵入者だから当たり前なんだけど」
女はそう言ってニヤリと笑った。そこで三人は気付いた。女が血の付いたナイフを持っていると言うことに。
「ひ、人殺し!?」
「よくわかったじゃねえか。俺たちは人殺しだ。よろしく頼むぜ」
三人は急いで逃げようとするが、足がすくんでしまって動かない。戦おうにも、体が動かない。
そこで三人は理解した。普段の訓練など、実戦では何の意味もないのだと。
「なんで……なんで俺たちなんだよ!」
「なんでかって?
彼女が言っている意味を、三人はほとんど理解できなかった。だが、三人とも同じ気持ちを抱えていた。
――そんな理由で、自分たちは殺されるのか。
「じゃあ、最初の獲物と行きましょうか。ちゃんと気持ちいい声を出すのよ?」
三人は逃げようとしたその時、腹部に冷たさを感じた。それはまるで、冬に金属製の手すりを触った時のような。
次の瞬間に、冷たかった場所は激しい熱に代わった。熱い。熱い熱い熱い熱い――視線を下げて納得した。
自分たちの腹には、一本のナイフが刺さっていたのだから。
「う、うわあああああああああああああ!!」
三人はダラダラと流れる血の海を見て、悲鳴を上げた。体から体温が奪われていく感覚。三人は意識を失ってその場に倒れこんだ。
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