第104話 放課後トーク

「終わったーーーーーーー!!」


 7時間目まできっちりと授業を受けて、ようやく授業から解放! 僕は夕日を浴びながら全身で空気を感じた。


「ルカ、お疲れ様。頑張ったね」


 今日一日を一緒に頑張ったエリーが、僕の顔を覗き込んでくる。


「エリーは凄いなあ。僕はもうクタクタだよ……」


「慣れてるからね。さ、疲れたから帰ろ」


一日をやりきったという達成感と、全身を支配する疲労感。エリーは前を歩き、扉を開いてお城の自分の部屋までひとっ飛びだ。


『ルカさん、ちょっといいですか?』


 僕も続いて彼女の部屋に行こうと思ったその時。リーシャが僕に話しかけてきた。


「どうかしたの? そういえば今日はなんだか静かだったみたいだけど」


 普段なら、リーシャが一番騒ぎそうなものだと思っていたんだけど。彼女の声は少し暗くなっている。


『まだ上手く整理できていないんですが……一応、伝えておこうと思いまして』


「わかった。今行くね」


 扉の向こうから顔をのぞかせるエリーに、僕は事情を話して、リーシャがいるカシクマの家へと向かった。



「お待たせ。どうかしたの?」


 リーシャの部屋に入ると、彼女はベッドの上に座って浮かない顔をしていた。


「すみませんルカさん。わざわざ足を運んでもらって……」


「気にしないで。で、何か考えごと?」


 僕が聞くと、リーシャは静かに首肯した。いつもは太陽のようにまぶしい笑顔を放つ彼女が、今日に限っては珍しく悩みごとらしい。


「一時間目の、歴史の授業を聞いていたんです」


 歴史と言うと、古代の話か。確か内容は、調和の女神と復讐の女神。


「調和の女神って、リーシャを作り出した神様なんだよね? 何か思い出した?」


「……逆なんです。何も思い出せなくて」


 それは意外だ。授業を聞いたら何か思い出して、その内容で悩んでいるというわけではないらしい。


「そういえば、リーシャを含めて他の神器たちって、自分たちの出自のことをどれくらい覚えてるんだっけ?」


「自分たちの名前と、昔の記憶がぼんやりとあるのはみんな共通です。あとは、リム曰く、『魔王と戦ったのはユグドラシルを除いた今の5人だった気がする』そうです」


 ということは、ユグちゃんは他の神器たちとはまた少し違った存在ってわけか。確かにそれなら、彼女だけに独立して役割が与えられているのも納得できる。


「昔のことは、全然思い出せないの?」


「思い出そうとしても、記憶に靄がかかっていて、駄目なんです。まるで記憶の原液を薄めたみたいです」


 おそらく、夢みたいな感覚なのだろう。目覚めてから少しずつ忘れていくような状態をイメージした。


「でも、今日の授業で聞いた『エリカ』と『リオノーラ』という単語には何か懐かしい感じがして……。だから余計に気になってしまって」


 調和の女神エリカは、リーシャの生みの親のようなものだ。何か感じるものがあって当然だろう。だが、その詳しいことはわからないと言う。


「ごめんなさい、ルカさん。せっかくお呼び立てしたのに、こんな話しかできなくて」


「大丈夫だよ。少しずつ思い出していけばいいから」


 言ってしまえば、彼女は記憶喪失のような状態だ。神器たちはみんな、自分たちの記憶について知りたいと思っているはず。


 僕が、なんとかしなければ。彼女たちの所有者として、僕がみんなを安心させるべきなんだ。


 決意を新たにしたその時、部屋の扉が開かれた。そこに立っていたのは、レティだった。


「レティ?」


「本を読んでわかったことがあるから、一応伝えておこうと思って」


 レティは一冊の本を胸の前に掲げた。まさか勝手に持って来たんじゃないだろうな。


「で、何がわかったって?」


「この前、ネクロスとかいう男がエリーを襲った理由よ。彼女にはおそらく、特別な力があるの」


 特別な力と言われて、すぐにピンときた。彼女の目のことだろう。


「『冥世の門』は覚えている?」


「うん。この前ミハイルさんがいた、現世と冥世を繋ぐっていう扉でしょ?」


「実は、それが一度だけ開かれたことがあるそうなの」


 なんだって!? あれやっぱり本物の扉なんだ!?


「麗しき瞳を持つ少女、冥世の門をけり。すなはち、現世と冥世の境界、失せにけり」


「どういうこと?」


「前半の少女というのは、おそらくエリーのような魔眼を持っている人のことでしょうね。そして後半だけど……現世と冥世の門が開かれたことで、二つの世界を隔てる境界が消えたっていう意味よ」


 僕は、家の中にいるときに窓を開けた時のことを思い出した。窓が閉まっていることで外と中は明確に分けられるけど、窓が開くと風や光が入り込んでくるので、『境界があいまいになる』。


 そして、ネクロスが言っていた『完璧な命を作る』という発言。これらから推測できることは一つ。


「ネクロスは、現世と冥世を一つの世界にしようとしていた――?」


「私もそう思うわ」


 レティが首肯したのは、僕のとんでもない憶測だった。一歩間違えれば妄言のようなそれは、口に出している僕ですら理解が追い付かない。


「でも、なんのために?」


「復讐の女神は冥世を統括していた神。だから邪教徒である彼がそこに興味を持つのは自然なことよ」


 なるほど。確かにそれならつじつまがあう。


 ネクロスはそんなことを考えていたのか。もし実行されていたらと思うと恐ろしくなる。生者と亡者の区別がなくなる世界か……。


 もしそうなったらどんな世界になってしまうんだろう。難しくて頭が痛くなってきた。


「……まあ、ネクロスは自爆して消えちゃったから、未然には防げたんだよね」


「そうね。これはあくまでネクロスが生きていたら、の話だから。これが現実になることはまずありえないわ」


 レティのお墨付きをもらって、僕はホッと胸をなでおろす。よかった、本当に起こるわけではないんだ。


 それにしても、エリーの力にはそれほどまでに強い力があるんだ。だとしたら、ちゃんと見守らなければいけないなあ。

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