第103話 楽しいお昼休み
4時間目まで終わって、ようやく昼休み。全身にどっと疲れを感じながら廊下で伸びをしていると。
「ルカ君、ちょっといい?」
僕の背中をつついてきたのは、リムだった。彼女は申し訳なさそうに後ろに立っていた。
「とうとうリムまで校舎内でフラフラするようになっちゃったのか……三バカはともかく、リムはやらないと思ってたのに」
「違うからっ! 緊急の問題なの!」
僕が落胆した様子を見て、リムは慌てて訂正をした。
確かに、真面目な彼女が勝手な行動をするとは考えにくい。何か事情があるのだろう。
「実はレティが見当たらないの……イスタとミリアは帰ってきたんだけど、彼女の姿だけがどこにもなくて」
なるほど、レティがいなくなってしまったのか。
普段は物静かで、比較的大人しいタイプの神器ではあるけれど……なにしろ不思議ちゃんだから、いなくなるのもわかる。
そんな彼女がこの学校で、行きそうな場所といえば……一つしかない。
「エリー、案内してほしいところがあるんだ」
「うん。ルカが行きたいところはなんとなくわかるよ」
僕たちは廊下を歩き、ある場所へと向かった。
*
「ちょっとあなた! 困ります! 何やってるんですか!」
目的地に差し掛かったその時、扉の向こう側から職員と思われる女性の声が聞こえてきた。
やっぱりな――という気持ちがこみあげてくる。おそらく、僕たちの予想は当たっていたんだろう。
僕たちがやってきたのは、図書室だ。
扉を開けて勢いよく中に入ると、一番に目についたのは、机の上に積まれた大量の本たち。
職員の女性があたふたと注意している人物は、間違いなくレティだった。
彼女は手に取っている本を食い入るように読んでいて、話が耳に入っている様子がない。やはりレティは相当な本の虫だ。
「レティ! 何やってるんだ!」
「あら、ルカ。奇遇ね、こんなところで会うなんて」
「こんなところで会うなんてじゃないよ! なんでこんなに本を大量に積むの!?」
レティの席には、少なく見積もっても50冊以上の本が積まれている。とてもすぐに読み切れる量ではない。
「いいじゃない。どうせ今日中には読むんだから」
「駄目だよ!?」
「そうそう、この本は面白いわよ。医者をやっていた男が事故で異世界に転生して、医学の知識を活かして最強の殺し屋になるっていう……」
「話聞いて!?」
レティはなぜだかわからないという様子で首を傾げる。困っていると、エリーが前に出た。
「レティ、ここはみんなの場所だから、譲りあって使わないと駄目なんだよ」
「……確かに、エリーの言う通りね。わかったわ」
さすがはエリー。彼女は神器ごとに、どのように言えば動いてくれるかを理解している気がする。レティの場合はちゃんと理由を話せばわかってくれると踏んだのだろう。
「さ、本を戻したら家に帰りましょ? ルカ君の邪魔をしちゃ駄目だよ」
リムがレティの手を引いた瞬間。彼女は違和感に気付いて振り返った。
どれだけ強く引っ張っても、レティがピクリとも動かないということに。
「レティ? 帰りましょう? まさかこのままずっと図書館に居座るつもりじゃないでしょうね?」
「確かに本は借りすぎたけれど、一冊も読まないとは言っていないわ。私は24時間ここにいるつもりよ」
リムはしまったという表情をした。レティの本に対する執着は、それこそてこでも動かないほどだ――。
「レティ! 駄目よ! 私たちは不法侵入者なんだから!!」
リムはレティの肩を掴んで引っ張っているが、レティは既に席に座って本を読み始めている。どういう原理かはわからないが、まるで重い石を扱っているように微動だにしない。
「ルカ君! ちょっと手伝って!」
そ、そうか。さすがに僕が手伝えば椅子から離すことができるだろう。僕はリムの胴体を掴み、思いきり引っ張り上げる。
……嘘だろ!? 全力で引っ張っているのにビクともしない。どれだけ本に執着してるんだ!?
レティは黙々とページをめくりながらも、内では絶対に動かないという意志を燃やしていた。彼女の本に対する気持ちは本物だ。
エリーも手伝って、三人で引きはがそうとするが、これまたビクともしない。結局、10分ほど経ってから諦めることにした。
レティには完敗だ。まあいい、レティは本さえあれば悪さはしないから……。
*
「ごめんね、ルカ君。せっかくの昼休みを台無しにしちゃって」
図書室から出て、外のベンチで一休みすると、リムはペコリと僕に頭を下げた。
「別にリムが悪いわけじゃないよ。むしろ、いつもお疲れ様」
リムは本当によくやってくれている。三バカはもちろん、レティも時々手が付けられなくなる。そんな四人を積極的に管理してくれているのがリムだ。
だから彼女が悪いなんてことは絶対にないんだけど……どうにも疲れたなあ。
ただでさえ授業は何を言っているかわからないし、座学だから体が痛くなる。昼休みは少し仮眠を取ろうと思っていた。
さらにはレティのくだりで余計に疲れてしまった。ちょっとため息が出そうだ。
「……そうだ、ルカ君。ここにきて」
何を言い出すのかと思うと、リムがベンチに座って自分の陶器のように滑らかな太ももを指した。
「え?」
「ルカ君、疲れてるでしょ? 私にも責任の一端はあるわけだし、少しでも体を休めないと……」
要するに、膝枕だ。
いやいやいや。いいんだろうか? たしかにリムは神器で、僕の所有物なんだから、僕が好きにしてもいいんだろうけど……。
「リム、ずるいよ! 私もルカに膝枕したい!!」
逡巡していると、今度はエリーがリムの横に座り始めた。何をしているんだこの子は!?
「さあ、ルカ! どっちにするか選んでよ!」
エリーはなぜかジトっとした目で僕を見ている。リムはそれを見て困ったように笑った。
これは……どうすればいいんだろうか?
二人に並ばれると、どうしても見比べてしまう。
リムは僕より少し年上な見た目をしている分、思ったよりむちむちとしている。対して、エリーはリムほどの肉付きではないが、彼女は凄くいい匂いがする。
いけない! 何を考えているんだ? 何が肉付きだ! 何がいい匂いだ!
悩めば悩むほど、余計に疲れてくる。まだメイカが作ってくれた弁当も食べてないし、もう限界だ。
…駄目だ、なんかどうでもよくなってきた。
「さあ、ルカ! どっちにするの!?」
「……両方で」
「わかった! 両方……って、ええっ!?」
僕は二人の太ももに顔面をうずめる形でベンチに倒れこんだ。
……よく考えれば、どっちにするかを考えているうちに『両方なし』という選択肢がすっぽりと抜け落ちていた。そしてそれ以上に、僕の体力は限界だった。
15分休んだ後、僕は二人に全力で謝ったのだった。
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