第102話 3時間目:美術
3時間目は美術。エリーの着替えを待った後、二人で美術室へと向かう。
まだ三時間目か。ただでさえ勉強系の科目が少ないのに、既にかなり疲れてしまった。気持ち的には一日が終わった感じだ。
「ルカ、大丈夫?」
横を歩くエリーは、僕のそんな思いを見抜いていたらしい。疲れが表情に出てしまっていただろうか。
「ん? 大丈夫だよ。ちょっと肩が凝ってきたかなって」
彼女は僕の答えを聞くと、ポンと手を叩いて後ろに回ってきた。
「だったら私が肩たたきしてあげる!」
すると、エリーが腕を伸ばして僕の肩を叩いてくれた。「とんとんとん」とリズムよく口ずさむ。
ああ、気持ちいい! エリーは力が強くないから、正直に凝りをほぐせてはいない。しかし、なんか心がポカポカとしてくるぞ。
一生懸命肩を叩いてくれているのが伝わってくるし、何よりエリーがかわいらしい。なんだか疲れが吹っ飛んでしまった!
「ルカ、どう?」
「うん。最高に気持ちいいよ! 元気が出てきた!」
僕が言うと、エリーは満足したように笑う。
「あ、そろそろ美術室につくよ。三時間目も頑張ろうね」
「そうだね、頑張――」
頑張ろうと言おうとした瞬間だった。
廊下の先――美術室の前に人だかりができているのが見えた。
ブレザー姿の学生たちが、なにやら大勢で美術室の中を覗き込んでひそひそと話している。おそらく、中に何かがいるのだろう。
なんだろう、すごく嫌な予感がしてきたぞ。まだそうと決まったわけでもないのに、ほとんど確信に近いような、そんな予感がする。
「ふんふんふーん♪」
教室から聞こえてくる軽快な鼻歌。それは女の子のものだった。というより……これは凄く聞き覚えがある。
まさか。嘘であってくれ。そんな気持ちで、僕は群衆をかき分けて美術室を覗き込んだ。
「うむ。だいぶいい感じになってきたのじゃ! さすがわらわの芸術センスじゃな!」
「ミリアお前ええええええええええええ!!!!」
教室の真ん中でキャンバスを展開し、絵筆で色を塗りたくっているその少女は、まさしく僕の装備品、ミリアだった。
「ルカではないか。どうじゃ? わらわの芸術作品は?」
「どうだじゃないよ……勝手に教室とキャンバスを私物化しちゃ駄目でしょうが!」
ああ、疲れた。せっかくエリーに癒してもらったのに、一気に疲れが襲って来たぞ。なんでいつもこうなるんだか……。
キャンバスを見てみると……謎の三角形を纏った太陽に、何故か一直線の地平線のような地面、不思議なポーズを取った人間、奇妙な形をした鳥。全体的に、ミリアの見た目相応の子供が描いたようなヘッタクソな絵が描かれていた。
「どうじゃ? わらわの芸術はすばらしいであろう!」
「……7点かな」
「7点満点中7点か! さっすがわらわじゃな! この絵にはすごい値段が付くのじゃ!」
「そんな中途半端な点数のテストがあるか!! 100点満点中7点だよ!! あと、勝手に画材を使って迷惑をかけたから50点マイナス!!」
「な、なんじゃとおおお!? そんな不当な採点があるか!! きっと忖度があるに違いないのじゃ!!」
ミリアとバチバチやっていると、エリーがキャンバスを覗き込んだ。
「……これ、すっごくいいよ」
「え?」
エリーの一言に、僕は思わず変な声を出してしまった。
「私はこの絵、好きだよ。なんだか自由って感じがする」
「おお、エリー! おぬしはわかってくれるか!」
「うん。とっても上手だと思うよ」
またエリーはそういう余計なことを言うんだから……。ミリアは褒めると調子に乗るタイプなんだぞ。
「おっと、手が滑った!」
その時、背後で男の声がした。振り返って見てみると――水入りのバケツが宙に浮いているのが見えた!
「<
僕は素早く魔法を発動し、中身の水を凍らせる。重さが変わったことでバケツは軌道を変え、床にボトリと落ちた。
普通の軌道のまま動いていたら、間違いなくキャンバスに直撃していただろう。そして、そんなバケツを落としたのは。
「悪い悪い。手が滑っちまって」
やはり、いつもの三人組だ。嫌がらせは本日3回目。
「なんのつもりなんだ? 僕にどうしてほしいの?」
「何の話だ? 俺はたまたま手が滑っちまっただけだぜ」
サルの子は、悪びれる様子もなくそう言った。もちろん、そんなの嘘だろう。さしずめミリアの絵をめちゃくちゃにしてやろうとでも思っていたんだろう。
「いいかげんしつこいと思うんだけど。君たちは、僕がエリーの近くにいるのが気に入らないのかな?」
「勘違いするなよ! 俺たちは無能な蠅が飛んでるのが目障りってだけだ!」
無能な蠅か。ひどい言われようだな。
「でも、僕の方が魔法を上手く使えるし、それを言うなら君たちの方が無能ということになるのでは……?」
「うるせえよ! ちょっと出来ることがあるからって調子に乗るな!!」
三人はギャーギャーとやかましく騒ぐ。よほど僕より弱いという事実を受け入れたくないらしい。
「だったら、君たちは僕より何ができるの?」
「お前、いいかげんにしろよ。Fラン冒険者が言っていいことと悪いことがあるぞ」
「でも、僕のことを無能呼ばわりするわりには何が僕より有能なのかがよくわからないんだけど」
「……!! そ、それは……」
タヌキはうっとうろたえた。しかし、そんなタヌキのわき腹をキツネが小突く。
「学力だ! 俺たちはお前みたいな日雇いの冒険者より知識を蓄えている!」
なるほど、そう来たか。つまり、学力でも僕の方が上回っていることを証明すればいいということだ。
「だったら、明日の歴史のテスト、僕も受けるよ。それで勝てば文句ないでしょ?」
三人は目を丸くした。そして、プッと噴き出す。
「ハハハハハ! 無理に決まってるだろ!」
「つい昨日まで冒険者をやってたやつが、毎日勉強をしている俺たちに勝てるわけないだろ!」
三人は腹を抱えて大笑いしている。しかし、これは冗談でもなんでもない。
明日のテストで勝てば、彼らを黙らせることができる。ようやく妨害されなくてすむのだ。これほどうれしいことはない。
僕は大マジだ。明日の歴史のテストで彼らに勝ってみせる。
まあ、少し勉強は必要だろうけどね。
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