第101話 2時間目:体育

 2時間目は体育。なまった体を動かしながら体育館へ向かうと。


「ヘイヘイ! パスっスよパス!」


 体育館の入り口の扉を開けようとした時、うるさい声が中から聞こえてきた。


 嫌な予感がする。紳士淑女な生徒たちが集うこの学校で、あんなうるさい声で騒ぐ奴なんていないはずだ。それに、あの声は聞き覚えがある。


 おそるおそる中を覗いてみると、そこではバスケットボールが行われていた。


「よっしゃ、行くっスよ! 全世界が待ち望んだ! 史上最高の超絶シュート、<スリーポイント!>」


 一人の少女がくどい口上を並べ、コートの真ん中あたりからバスケットボールを相手のゴールへシュート。すると、まるで風に操られたように、ボールはネットのゴールを通過した。


 コートにいる他の女の子たちは、シュートを決めた緑髪の子に向かって拍手をした。喝采を浴びた少女は誇らしげに胸を張る。


 あれは――イスタだ。


「あ! センパイ! 見たっスか!? あたしの超絶シュー……あだッ!?」


 僕は近づいてきたイスタの額にチョップを入れた。


「何するっスか!? かよわい乙女のおでこにチョップするのは国際問題っスよ!?」


「お前が何を言ってるんだ。そもそもなんでイスタがここにいるのさ」


 イスタは煙が上がっている額を抑えると、気を取り直して。


「せっかく学校に来たっスよ!? 学校といえばスポーツ! スポーツといえばあたしっス! あたしがこの体育館にいるのは必然っス!」


 絶妙に理由になっていないのが彼女らしい。それでもイスタは、ここにいるのは当然の権利だと言わんばかりに堂々とコートに居座っている。


「そんなこと言ったって、イスタは部外者なんだからつまみ出されるよ?」


「まあまあ、そういうのはなんとかなりますって。それより、エリーが来たっスよ?」


 イスタが指さした方を見てみると――体育着に着替えたエリーがこっちに走ってきた。


 白い体操着の上から明るめの赤色の長袖のジャージを羽織っている。ブレザーよりもゆったりとしていて、動きやすそうだ。


「ルカは着替えないの?」


「うん。僕はあくまで護衛だし、運動しにきたわけじゃないからね」


「そっか……ちょっと残念」


 エリーは小さくそう呟いた、何が残念なのかはよくわからない。


 とにかく今はイスタを追い返そうと思ったその時。背中に何かがぶつかる感覚があった。


 振り返ってみると、僕の足元でバウンドしていたのはバスケットボール。背中に当たった反動で落ちたようだ。


 そしてボールが飛んできたであろう方向を見てみると……そこにいたのは、今朝の獣人三人組。


「悪い悪い、ボールが勝手にそっちに行っちゃってよ」


 おそらくわざ投げたのだろう。彼らがニヤニヤと笑っている様子を見て、一発で確信した。


「今朝はよくもやってくれたな? おかげでひどい目に遭わされたぜ」


「何の話?」


「とぼけるんじゃねえ! お前が何かを俺たちにやったのはわかってるんだよ!!」


 サルの子が怒鳴る。『何かやった』ということは、僕が魔法を使ったことには気づいていないようだ。


「はい、ボール。次はぶつけないでね」


 僕は落ちているボールを拾い上げ、三人の方へ投げ返した。


「なめてんのか! 話はまだ終わりじゃねえ!」


 次に声を上げたのはタヌキ。なんなんだ? もう関わりたくないんだけど……。


「一度俺たちに勝ったくらいで調子に乗ってるんじゃねえぞ! Fラン冒険者が!!」


「君たちは僕にどうしてほしいの?」


「決まってるだろ、バスケットボールで勝負だ」


 またそんなエンタメじみた対決を……。思わずため息が出てしまった。


「ルールは簡単だ。俺たち3人から一度でもボールを取ることが出来たらお前の勝ちにしてやる」


「ただし、途中で怪我しても泣きごと言うんじゃねえぞ!」


 なるほど、ボールを取ろうとして近づいた僕を攻撃しようという魂胆だろう。具体的には、腹部を蹴ったり、顔面を殴ってきたり。


 3対1で、おまけに暴力ありなんて、もはやそれはバスケットボールと呼ぶのだろうか。


 やれやれ。近づいたところを殴られるのはごめんだ。かといって、ボールを取らずに負けを選ぶつもりもない。


 面倒だし、また魔法で片付けるか。


「おっと、魔法を使うのもなしだぞ? これはスポーツだからな」


 ここにきて新ルール追加。幻影魔法を使うのもなしになってしまった。


 じゃあ、スキルを使うのはありだよね?


「さあ、どうした? ビビってるのか!?」


「……もう終わったよ」


 僕たちは3人の背後でそう呟いた。


 バスケットボールを人差し指の上で地球儀のように回しながら。


「な、なんだと!? お前いつの間に俺の後ろに!?」


「あっ!! それは俺たちのボール!!」


 三人は、僕が後ろにいることと、ボールが奪われていることに驚き慌てふためく。


 簡単な話だ。近づいても攻撃されず、なおかつ魔法を使わず、ボールを手に入れる方法。


 それは、イスタのスキル、<スピード!>を使うことに他ならない。瞬間移動でボールを取ってしまえばいいのだ。


「イカサマだ! お前、魔法を使っただろ!」


 使ってないんだけどなあ。見る人が見ると、魔法もスキルも一緒なものらしい。


「俺たちはまだ負けてねえぞ! このイカサマ野郎が!」


 三人は何が起こったのかわからなかったようで、捨て台詞を吐いてどこかへ行ってしまった。


 まだこのくだりが続くのか。まったくついてないなあ。

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