第95話 完璧な命
「嘘だ……適当なことを言うな! クリスさんが死ぬわけないだろ!」
「いいや、事実だ。クリストフは私が殺した。この手でな!」
ネクロスはニタニタと笑って、ゆっくりと起き上がった。
『落ち着くのじゃ、ルカ! そんなの嘘に決まっているのじゃ!』
そうだ、ミリアの言う通り、そんな話はデタラメに決まっている。僕の心を動揺させるための手口だ。
「お前の言うことなんか信じないぞ!」
「信じたくないのなら、信じなければいい。だが、事実は事実だ……クリストフは死んだ」
ネクロスは舌なめずりをして笑う。
「クリストフは、私の邪魔をしようと立ちふさがってきたのだ。だから殺した。少してこずったが、最後はあっさり動かなくなった。バカな男よ」
もし神器たちがこの場にいてくれなかったら、僕は平静を失っていただろう。でも、ここで殴りかかったら、こいつの嘘を信じたことになってしまう。
「大人しくしろ。お前は僕が捕獲する」
「そうはいかない……私の計画は止めるわけにはいかないからな」
「そんなことを言ったって、お前はもうボロボロだ。どうすることもできないぞ」
ネクロスはさっきのミリアの攻撃で、全身をボロボロにされている。着ているローブはところどころ破れているし、全身の骨も折れているはずだ。
今立っていることの方がおかしいくらいなんだ。
なのに――こいつは何を言っているんだ?
「醜い生き物よ。お前に私を捕まえることはできない」
「醜い生き物?」
「人間というのは、醜い生き物だ。命には限りがあり、今までに死ななかった人間など一人としていない。不完全で、弱く、汚く――醜い」
ネクロスは両手を広げて演説を始めた。もはや何を言っているのかすらわからない。理解しろという方が無理だ。
第一、こいつだって人間なのに。それを棚に上げて醜いなんておかしな話だ。
「醜い生き物は、この世界から消えて完璧にならなければならない! そして、
「もう黙ってくれ。その話はあとで取調室で聞くから、大人しく捕まるんだ」
「いや、そうはならない」
次の瞬間、ネクロスは両手の掌をパチンと合わせた。彼の足元にオレンジ色の魔法陣が展開される。
『ルカ君! あれは爆発魔法の魔法陣よ!』
リムの声が聞こえてくる。爆発魔法を自分の足元に……ってことはまさか!
「世界は美しくなる。リオノーラの名のもとに。完璧な命を作るまで、私の計画は終わらない!!」
まずい――こいつ、自爆するつもりだ!!
『ルカ君! 障壁魔法を使って! このままじゃ街が!』
「わかった!」
僕は魔法陣を展開し、障壁魔法をネクロスの周りに張った。半透明のベールのような壁が彼の四方に張られる。
「フハハハハハハハハハ!! 混沌したこの世界に、美しさを!!」
次の瞬間、激しい音が街に響き渡る。障壁がガードしてくれているため、街には何の影響もないが、半透明の立方体の中で爆発が起こった。
数秒して、爆発がおさまったのを見て僕は障壁を解除した。中には誰もいない。
ネクロスは死んだ。自爆をしたのだ。どうせ捕まってしまうならと、この街を巻き込んで死んでしまおうと思ったのだろう。
こいつは、命をなんだと思っているんだろうか。軽々しく自爆して自分の命を捨て、クリスさんを殺したなんて言い出す。果ては、人間の命が醜い? ばかげている。
文句の一つでも言ってやりたいところだが、彼は死んでしまった。跡形もなく消し飛んだのだ。
悔しいが――死んでしまった人に言い返すことなんてできない。
『ルカさんルカさん! ボーっとしてちゃ駄目ですよ!』
物思いに耽っていると、リーシャの声が聞こえてきた。
そうだった! セシルとアルベールの二人が戦ってるんだった! 加勢に行かないと!
ネクロスがいた場所を一度見やり、何も異常がないことを確認して、僕は走り出した。
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