第94話 無限の腕と悪魔

 なんだって……ドグランズに邪教徒が!?


『とにかく急ぐクマ! ドアはバッグの中に入っているクマ!』


 ユグちゃんともう少し喋っていたい気もするけど……緊急事態だ。


 僕はバッグからドアを引っ張り出し、思いきり引き開けた。


「ごめんユグちゃん! 食べ物はまた今度!」


「別にええで。ウチはルカのこと気に入ったからな。ほなまたな!」


 僕もまたな! と返して扉の向こう側に進んでいった。


 扉の向こうのドグランズの街へ足を踏み入れると。


「うわあああああああああ!!」


 早速だ。叫び声が聞こえてきた。


「おいおい、その程度でへたばってもらっちゃ困るぜ? まだまだ楽しませてもらわないとな!」


「アッハハハハハハ!! ほらほら、逃げてごらんなさい?」


 見ると、二人の男女が市民を襲っている。女性の方は露出がかなり多い水着のような服装で、スキンヘッドの方は黒いタンクトップで暴れまくっている。


 どちらにせよ、秋の寒空にはおかしな格好だ。そして、あの二人が元凶だろう。


 しかし、カシクマの話では邪教徒は三人だった気がする。あとの一人はどこへ行ったんだ?


「おい、そこの二人! やめろ!」


 僕が呼びかけると、ようやく二人は手を止め、こちらを見て笑った。


「あら? 今日はやけに邪魔が多いみたいね」


「こっちはこっちで楽しんでるんだよ。邪魔するならネクロスの方にしてくんねえか?」


 ネクロス、というのはおそらく三人目の名前だろう。こいつらとは別行動ってわけか。


「そうだ。ネクロスのやつはこの国の姫を狙ってるって言ってたぜ? 早くしないと危ないんじゃねえのか?」


 タンクトップが言う。それはあまりにもおかしな発言だった。


「どうしてお前がそんなことを教える?」


「勘違いしないで。私たちとネクロスは別に仲間でもなんでもないの。たまたま利害が一致しただけって話。私たちは好きに暴れられればいいの」


 そう言って、女は足元に倒れている市民の男の腹部を蹴り上げた。男は苦痛で声を漏らす。


 詳しい事情はよくわからないけど……三人組の邪教徒、というよりは二人と一人の・・・・・・邪教徒と言った方が正確なようだ。


 こいつらの相手をしようにも、エリーの状況が心配だ。あいにく構ってやる時間もない。


「ここは俺たちに任せろ」


 心の中で葛藤していると、アルベールとセシルが前に出た。


「二人とも、大丈夫!? こいつら強そうだけど……」


「舐めるな。なんなら俺一人で十分なくらいだ」


「そうね。楽勝すぎるわ。だから、ルカはエレアノール姫のところに行って!」


 アルベールは大剣を引き抜き、切っ先を邪教徒に向ける。セシルも腕を捲って、準備は万端なようだ。


「……わかった。二人とも、ダンジョンでも言ったけど、絶対に無理はしないで!」


 大丈夫だ、二人は強い。この状況だ、甘えさせてもらおう!


 僕は二人に背を向けて走り出した。一刻も早く、エリーの部屋に行かなくては!!



「エリー!?」


 扉を経由して、エリーの部屋に飛び込む。


 眼前に広がっていたのは、気を失ったエリーが、黒いローブの男に詰められている場面だ。襲われる後一歩、というところだろう。


「おや、なんだお前は。外には結界を張っておいたはずなんだが、どこから入ってきた?」


「あいにく結界とかそういうのは関係ないんだよ。エリーから離れろ!」


 こいつがネクロスか。白髪、しわだらけの顔。見た目は老人のようだ。


「エリーに何をした!?」


「何もしてないさ。私の結界の効力で少し気を失っているだけだ」


 ネクロスはケタケタと笑うと、エリーから背を向けて僕と向き合った。


「残念だが、エレアノール姫を諦めるつもりはない。私の計画に必要なものだからな」


「計画……?」


「完璧な命――そのためにも、この女は必要なのさ」


 完璧な命? そのためにエリーを? なにを言ってるんだこいつは。


「なんのことだかサッパリだが、お前の好き勝手にはさせないぞ! ここで止めてみせる!」


 バッグからミリアを引っ張りだし、僕は構えた。


「何!? それはまさか……調和の女神の!?」


 初めてネクロスの表情が変わった。こいつ、神器を知っているのか。


「行くよミリア! そろそろ暴れたい頃でしょ!」


『うむ。わらわの活躍を目に焼き付けておくのじゃ!!』


 僕は思いきり床を蹴ると、ハンマーを振り上げ、ネクロスの胴体に叩きつける。


「な、なんだと!?!?」


 ネクロスは勢いよく壁に激突。驚きの声を上げた。


 しかし、まだ攻撃は終わっていない!!


 ミリアのスキルで城の壁が動き始め、巨大な拳へと変化していく。まるで巨人のような腕がどんどん組みあがっていき、その数も、一本、二本と増え始める。


 床の一部は手のひらに変化し、エリーを乗せて保護してくれた。これで、本気で攻撃ができる。


 天井が無くなって、空から光が差す。すでに王城の半分が腕へと姿を変えていた。


『さあ準備は出来たのじゃ! 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら舞い踊る!』


「<千手無限連打せんじゅむげんれんだ>!!」


 城で出来た拳たちは、激しい勢いでネクロスを殴りつける。反動で吹っ飛んだ先にもまた拳があり、殴りつけられたその先にも――というように次々とボコボコにされていく。


 まるで、部屋の中でゴムボールを叩きつけたようだ。ネクロスは無数の巨大な腕に殴られ続けている!!


「とどめだ!」


 無数の拳は一つに合体し、さらに巨大な一本の腕へと変化する。


 山のような大きな腕から放たれる、強烈なストレート。それを受けて、ネクロスはエリーの部屋があった場所から一気に地上の地面に叩きつけられる。


「ぐわあああああああああ!!!」


 激しい爆発のような音が地面から響いたのを見て、僕もネクロスがいる地面へ着地する。


 腕になっていた城のパーツは、次々と元の城の形に戻っていき、数秒で完全に城の形に戻った。


 さて、問題はネクロスだ。僕はネクロスが落ちた方を見やる。


「う、ううううう……」


 地面を激しく打ち付けたので、まともに動くことはできていない。しかし、かなりのダメージを与えたはずだ。


「な、なぜだ……! この王国の兵士最強は、クリストフのはずだ!」


「お前、クリスさんを知っているのか?」


 残念だが、この街にはたまたま僕が来ているんだ。


 そう言おうとしたその時だった。


「――まあ、あいつはもうこの世にはいないがな」


 ネクロスの言葉が、耳朶を打った。

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