第93話 邪悪との再会
ルカたちが世界樹の攻略を進めているその頃。ポカポカとした陽気が差すドグランズの街を、クリスが歩く。
「ふあああ……全く、平和すぎて眠くなってくるぜ」
大きくあくびをして、寝ぼけ眼で街を巡回する。この日は、戦士長である彼自らパトロールの日であった。
「戦士長!」
うとうととしていると、背後から彼の名前を呼ぶ声がする。ミハイルだった。
「おう、どうした?」
「ルカを送ってきたからその報告をな。今パトロールに出ていると聞いたから少し探したぞ」
「了解。それにしてもだいぶ時間がかかったな。なんとかドアの力で、一瞬で移動できるんだろ? もしかしてサボりか?」
「違う。市民からペットの捜索を頼まれてしまってな。無視するわけにもいかんだろう」
通常、ペットの捜索は冒険者ギルドの下級のクエストに割り当てられることが多い。それを『頼まれたから』という理由で引き受けてしまうミハイルは、相当なお人よしである。
「ま、どっちだっていいさ。なんたってこんなに平和なんだぜ。ちょっとくらいサボったってバチは当たらねえよ」
「だから、サボりではないと言っているだろうが」
「わかってるよ、冗談だ」
二人の他愛ない会話。鳥のさえずり。子供たちの笑い。ドグランズの街は、静かな幸せで満たされていた。
しかし――次の瞬間、それは音を立てて崩れ去る。
「キャーーー!!!!」
耳をつんざくような女性の悲鳴。クリスとミハイルは互いに顔を見合わせると、声がした方に走り出した。
「どうした!? 大丈夫か!?」
「戦士長、あれは……」
駆けつけた現場。ミハイルが指を指した方には。
「おやおや……懐かしい顔じゃないか。久しぶりだなァ、ミハイル、クリス……」
真っ黒なローブに身を包み、木の枝のように細く不健康な指で二人をさす男。彼の背後には、二人の男女が立っていた。
二人はこの男を知っている。忘れもしない。彼らの記憶に深く染み付いた像が、
「邪教徒……ネクロス!!」
「お前、まだ生きてやがったのか!!」
「ああ、そうだ。お前たちも相変わらず元気そうじゃないか、私は嬉しいよ……」
二人の目の前に現れたその男は、ミハイルとクリスが新人の兵士だった時代に、ドグランズの街で蜂起を起こした邪教徒のリーダー、ネクロス。
蜂起が鎮めれた後、彼は行方不明になり、死んだという噂が立っていたわけだが……10年以上の時を経て、再びこの街に現れたのだ。
「なぜまたこの街に来た!?」
「そんなの、決まってるじゃないか。あの時の
「まだそんなくだらないことにこだわってるのか! いい加減にしろ!!」
「生憎だねえ、私はあの日から何も変わってないもんでね。だが、それはお前たちも同じ……膝を抱えて震えてたあの日となあんにも変わっちゃいない」
ネクロスはそう言うと、フヒッと不気味に笑った。あまりの気持ち悪さに、クリスもミハイルも背筋がゾッとする。
「違う、俺たちはあの日から変わったんだ! 市民には一本も指を触れさせねえ!」
「市民? 私はそんなことには興味ないよ。市民に興味があるのはこっちの方さ」
ネクロスは背後の二人組を指す。麗しい美貌の赤髪の女と、スキンヘッドの筋肉質な男。どちらも邪教徒なのだろう。
市民に興味があるということは、おそらくは快楽殺人犯でも引っ張り込んできたのだろう。どのみちロクなものではない。
「そして、私にも
二人の額に冷や汗が流れる。2対3では分が悪い。そして、何より相手はあの邪教徒の蜂起のリーダー。
「ミハイル、走って助けを呼んでくれ」
「戦士長?」
クリスの口から出てきたのは、意外な言葉だった。
「流石に二人じゃ分が悪い! それに、市民を守るためにも体勢を立てる必要がある! お前が城に行って助けを呼んでくれ!」
「駄目だ!
「大丈夫だ」
クリスはミハイルに微笑みかけた。
当然、大丈夫なはずがない。だが、彼の笑みはどこか安心感があり、どこか寂しさのようなものを帯びていた。
「ここは俺が食い止める。絶対に大丈夫だ。だから、お前は走れ!」
「しかし……」
「命令だ! 走れ!!」
クリスはミハイルに背を向け、叫んだ。
それは、戦士長として、ミハイルに向けた初めての『命令』だった。
王国兵士は、上官の命令を聞かなければならない。ミハイルは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「……待っていろ! すぐに助けを呼んでくる!」
ミハイルは現場から背を向け、バッと走りだす。背後でミハイルが走るのを感じながら、クリスはニッと笑った。
「で、お前はどいてくれないのか? クリス」
「ああ。悪いがお前たちをこの先に行かせるわけはない。俺は戦士長なんでね」
「そうか……では、無理矢理にでもどかすしかないな」
クリスは腰に携えた剣を引き抜き、ネクロスに斬りかかる――!!
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