第92話 おしゃべりな宝石

 さて、ハンキウスを倒したところで、部屋をぐるっと見渡すと、奥にゲートがあるのが見えた。


 入り口にあったタイプの、手をかざすタイプのゲートだ。近づいて手を伸ばすと、ゆっくりと上下に開き始めた。


 カシクマの<ドア・トリップ>が効果を発揮しなかったのは、これが扉としてカウントされていないからだろう。楽に攻略とはいかなかったけど、冒険ってそういうものだよね。


 ゲートが完全に開ききったところで、僕たちは奥の間に足を踏み入れた。


「あれは……」


 部屋の中心。白い光を放つ壁の真ん中で、さらにひと際強い光を放つものがあった。


 それは、石だ。


 鉱石のようになめらかな断面の石が、緑と白が入り混じったような光を帯びている。


 エメラルドのようなその石は、台座の上に大事そうに飾られて神々しく輝きを放つ。


「あれが神器……?」


 神器って、武器や防具だけじゃないの? でも、雰囲気は他の神器たちと同様にかなり厳かだ。それは思わず見とれてしまいそうなほどに。


「この神器は、もしかして……」


小さく呟いたその時。


『ユグちゃんやで~~~!!』


 緑色のその石の光がさらに強まる! これはいつもの……人間になるやつだ!!


「ハンキウスはん、負けてもうたみたいやな! とにかく、歓迎するで!」


 緑色のふわふわとしたロングヘアー。朝露のような透き通った碧眼。そして……黄色と黒のラインが入ったアウター……まるでスポーツのユニフォームのようだ。


 間違いない。この子が神器だ。


 にしても……既にツッコミたいところはいくつかあるけど。


「で、君が神樹しんじゅユグドラシル?」


「せやで! うちのことはユグちゃんって呼んでな!」


「……その口調はなんなの?」


 一番気になっていることを問いかけると、ユグちゃんは目をジトっとさせた。


「自分、おもろないな」


「はい?」


「初めてこのダンジョンを踏破したっちゅーから期待したらなんや、いらんこと聞かんでええねん! ホンマ、がっかりやわー」


 なんか落胆されたんだけど!?


 本当に、神器は何か変わった喋り方をしないといけないルールでもあるんだろうか……?


「で、自分は何しにここまで来たんや? 頼み事ならなんでも聞いたるで! サインか? サインが欲しいんか?」


「違うよ。『エリクサー』が欲しいんだ」


 僕の言葉を聞いて、ユグちゃんはうーんと唸る。饒舌だったのに急に静かになってしまった。


「駄目かな?」


「駄目ではないで。ハンキウスはんを突破したってことは、強いってことやろ。なるべくなら希望はかなえてやるっちゅーのがうちのモットーやねん。せやけどな……」


 ユグちゃんが手のひらをパッと開くと、そこから白い光の球が現れ、みるみるうちにビンに変わっていく。金色の液体で満たされた小瓶だ。


「これがエリクサー?」


「せやで。一滴垂らせばどんな傷も病も、スキルの弊害も全部治せるっちゅー優れものやねん。ただ……使い方によっては危険なことになんねん」


 ユグちゃんは小瓶をつまみ、仲の液体を左右にタプタプと揺らす。


「万能なもんはな、ええ人間が悪いが使えばええ作用を、あくどい人間が使えば破滅をもたらすものやねん。それこそ永遠の命にも近い。この小瓶だけで戦争だって起こりかねないで」


 それだけすごい薬ということだろう。ユグちゃんが渡し渋る気持ちもわかる。


「でも……どうしても持っていかないといけないんだ」


「それはなんでなん?」


「スキルの弊害で部屋から出られなくなっちゃった子がいるんだ。エリクサーの力を使って少しでも外に出してあげたい」


「……戦争の火種になるとしてもか?」


 僕は強い覚悟を持って首肯した。ユグちゃんは僕の目をじっと見つめ、数秒押し黙った。


 重い空気が部屋に流れる。これから何を言われるのか、ドキドキしてくる。


「…………ええやん」


 ユグちゃんがポツリと呟いた。


「気に入ったわ! 自分、めっちゃおもろいな! 見直したで!」


 ユグちゃんは僕の肩をポンポンと叩いてサムズアップ。


 よかった、怒られるわけではないらしい。


「やるで、エリクサー! 持ってけ泥棒!」


 ユグちゃんはニッコリと笑って僕の手にエリクサーの小瓶を置いた。


 ついに手に入った……エリクサー!


 これで、エリーのスキルを抑えることが出来る!


「ねえ、ルカ。ユグちゃんは仲間にしないの?」


 エリクサーを眺めていると、セシルが助言してくれた。


「なんや、仲間になるっちゅーのは?」


「僕のスキルは神器を人間にする力があるんだ。それで、話してみてよかったら仲間になってもらってるんだ」


 なるほどな、と言ったうえでユグちゃんは。


「残念やけど、うちは仲間になれん」


 初パターン。仲間にはなってくれないようだ。


「いや、自分が嫌いだって言ってるわけじゃないで? ただな、うちはハンキウスはんと一緒にこの樹を守らなアカンねん。この樹から世界を見守って、問題が起こったらハンキウスはんと解決する。それが役割やねん」


 なるほど……ユグちゃんにもやることがあるんだ。だったら無理強いするわけにもいかない。


「で、自分は何かお土産とか持ってきてないんか? うち、都会の美味いモン食べてみたいわ!」


「持ってないよ。でも、このバッグを通じて言えば、神器ーズが何か持ってきてくれるかも……」


 神器ーズに呼びかけようとした、その時。


『ルカ・ルミエール! 聞こえているかクマ!?』


 噂をすれば。バッグから声をかけてきたのはカシクマだった。何やら慌てている様子。


「どうしたの? ちょっと何か食べ物を……」


『そんなことを言ってる場合じゃないクマ! ドグランズが大変になってるらしいクマ!』


 ドグランズが……!?

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