第96話 激戦! 邪教徒VSアルベール&セシル

「アハハハハ! さあ坊や、こっちよ!」


「チッ、ちょこまかと……!」


 金属同士がぶつかり合う高い音が、街の中に響き渡る。


 ルカと別れて1分。アルベールは、邪教徒女が投擲してくるナイフを大剣ではじき返して続けていた。


「ほらほら、剣のスピードが落ちてるわよ? うっかりナイフが刺さって死んじゃったりして!」


 女はケタケタと笑いながら、ナイフを魔法陣から取り出して次々と投げつける。アルベールは剣を薙ぎ払って対応するが、とにかくキリがない。


「死後の世界は素敵よ……! あなたも連れて行ってあげる」


「死後だと……?」


「そう。死後の世界。私は死後の世界に人を導いてあげて、代わりに死体を弄ぶの」


 胸糞悪い、とアルベールは舌打ちをする。地面に落ちたナイフがカランカランと音を立てる中、アルベールは猛攻を耐えしのいでいた。


「アルル! 支援魔法をかけるわ! 待ってて!」


「おいおい嬢ちゃん! よそ見してちゃあいけねえなあ!」


 セシルが魔法陣を展開しようとしたその瞬間。邪教徒の男が肉薄し、拳を大きく振りかぶる。


 セシルはギリギリのところでパンチを回避するが、男の拳が石畳にぶつかると、地面に大きなクレーターが出来上がった。


「なんなのよこいつ! 地面なんか殴って痛くないの!?」


「悪いな。俺に痛覚はねェんだ。骨が折れても肉が裂けても、痛みは一切感じない」


 セシルは直感した。この男は相当なバカであり、狂っていると――!!


 ルカがエリーの救出に行っているその時、アルベールとセシルの二人は苦戦を強いられていた。


 男の怪力と、女の投げナイフ。嵐のような怒涛の攻撃に、二人は防戦一方であった。


「…………」


「あら? もうだんまり? 最初は威勢がよかったのに、これじゃあ興ざめね!」


 ケタケタと馬鹿にしたような笑い声を上げる女。アルベールはそれを黙って凝視していた。


「……そうか、わかった」


 その時、無言だったアルベールがようやく口を開いた。


「何がわかったのかしら? この状況を覆す方法とか?」


「いや、そんなくだらないことではない」


 女はぎょっとした。だったらアルベールは何を考えていたというのか。


「……23だ」


「は?」


4×5しごは23だ。お前が死後の世界がうんたらかんたらと言っていたから気になってしまったんだ」


 女は絶句した。この男は戦闘中に掛け算のことを考えていたというのだ。


 しかも、4×5は23ではない――!!


「さて、ようやく集中して戦うことが出来るな。まったく、てこずらせやがって……」


 剣の切っ先を前に向けるアルベール。ようやくここからが本番だとでも言っているようだ。


 女は憤慨した。片手間に自分のナイフが弾かれていたという事実に。


 一方的に狩られて恐怖に顔をゆがめる市民を見るのが大好きだった彼女にとって、これほど苦痛なことはない。これではまるで自分がコケにされているようではないか。


「あのねえ、坊や。あんまり調子に乗るんじゃないわよ!!」


 女は青筋を立てながら、地面を強く蹴る。アルベールに接近し、両手のナイフをグッと握り締める。


「アンタみたいな雑魚が粋がってるのが、一番ムカつくのよ!!」


「……もう頭を使う必要はなくなった。お前なんて相手にならない」


 叫び声を上げて近づいてくる女を見やると、アルベールは剣を強く握った。ただでさえ何も考えていないアルベールが、無心になった時の一撃はとにかく強い!


「レイと俺の絆の一撃だ。食らえ、<吸血鬼を狩る一閃ヴァンプレイブ>!」


 アルベールが剣を振るうと、レイの剣身が黒い影を作り出し、竜巻のような斬撃を放つ。たった一度剣を横なぎにしただけだが、その威力は計り知れない。


 女はナイフで斬撃を受け止めようとするが、アルベールの全力の一撃を受け止められるはずがない。じりじりと後ろに押され、ついに吹っ飛ばされてしまった。


「そ、そんなああああああああああ!?」


 女はまるで撥ねられたように後ろに飛ばされ、民家の壁を突き抜ける。生身で建物を突き破れば、ひとたまりもないだろう。間違いなく全身の骨は折れている。


「あの野郎! よくも……」


 その様子を見た男は、アルベールの方へ走り出そうとして。


「あら? もしかして、もう本気を出して・・・・・・いいのかしら?」


 ピタリと足を止めた。


 自分の耳を疑う。この少女は今、『本気を出していいか』と言ったのだ。


「アルルの支援をしたり、作戦を考えたりだったから大変だったのよ。面倒な小競り合いが終わったから清々するわ」


「馬鹿言ってんじゃねえ! ハッタリもいい加減にしろ!!」


「ハッタリじゃないわよ。あなた、自分の足も見えてないの?」


 男はハッとして下を見る。そして、すぐに全身に鳥肌が立つのを感じた。


 自分の足が――凍り付いている!


 男の足はショーケースのように厚い氷で固められており、ピクリとも動かない。男はまったくそのことに気付かなかった。


「い、いつの間に!」


「馬鹿みたいに暴れまくってくれたから、やりやすかったわ。あ、そうそう。痛覚をなくすのはやめた方がいいわよ」


 セシルは男に背を向けると、とことこと歩き始める。男は手を伸ばしてセシルを掴もうとするが、凍り付く体は徐々に動かなくなっていく。


「あ、あああ…………!」


 男の視界がふさがっていく。数秒後、セシルの背後には、男の氷像が出来上がってしまった。


「さて、アルル。帰りましょ」


「お前、さっき俺が足を引っ張ったみたいに言ってただろ」


「え? そんなことないわよ。それよりルカのことを……」


 不服そうなアルベールを、セシルが軽く受け流す。二人が横に並んで歩き出したその時。


「……ねえ、ちょっとあれ!」


「なんだ。ルカのところに行くんじゃなかったのか」


 セシルが足を止めて、ある箇所を指さしていた。彼女の指先はブルブルと震えていて。


 その先には、一人の男が倒れていた。鎧は砕かれ、体からは大量の血が流れている。


 セシルとアルベールは目を見開いた。その男に見覚えがあったからだ。


 その男は、サイの獣人、戦士長クリストフだった――。

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