第86話 魔眼プルート
エリーが落ち着いてきたところで、僕はようやく本題に切り出す。
「エリー、君の目について聞きたいんだけど……その目は昔から赤くなることがあったり?」
エリーは首を横に振る。
「一か月前に突然。だからどうしたらいいかわからなくて……」
どうやら彼女にも思い当たる節はないらしい。だとしたらいったいなぜなんだ……?
「ルカさん、エリーのスキルを見てみるのはどうですか!?」
リーシャの提案になるほどと思い、僕はエリーに<サンシャイン>を発動する。出てきたステータス欄の他の項目をさっと飛ばし、スキル欄に目をやる。
スキル:
<プルート>
視界に入れた対象を破壊することができる。その程度は感情の高ぶりに依存する。
これだ。彼女を苦しめている目の原因は、彼女自身のスキルにある。
「君のスキルは<プルート>って言うらしいんだけど……これは知ってる?」
「うん。でも、どんなスキルなのかはわからない」
長い間どんな力なのかわからなかったスキルが、最近になって暴走してしまったというわけか。
「父上や母上はお医者様を探すって言ってた。でも、見つからなかったら私は一生……」
エリーの表情がまた暗くなってきたので、僕はポンと頭を撫でた。
いきなり自分の身に訳がわからないことが起こって、さぞかし不安だろう。僕には寄り添ってあげることしかできないけど、それでもできることならやりたい。
「とにかく、エリーの目が物を壊すようになったのはそのスキルが原因だろうね。感情が高ぶると暴走するの?」
「うん。少し驚いただけでも、さっきみたいに」
その様子だと、外に出るのは無理だろう。やはり根本的な解決をしなければ……。
「わかった。みんな、ちょっと待っててね」
「ルカ、どこか行くの?」
「うん。でもすぐ帰ってくるよ」
ちょっと席を外すだけなんだけど、エリーは寂しそうだ。そんな彼女の表情を見て悟ったのか、リーシャがドンと胸を叩く。
「だったら、ルカさんが帰ってくるまで演劇をしましょう!」
「おっ! ついにアレをやるときが来たのじゃな!?」
「演劇……?」
何それ初耳。突然の展開に、エリーもキョトンとしている。
「題して、『ルカ・ルミエール
エリーはそれを聞いて、再び曇っていた瞳に光を戻した。
「ルカは、冒険をしたことがあるの?」
「一応、冒険者だからね。大したことはないけど」
エリーはそれを聞いて、さらに目を輝かせる。冒険もののお話が好きなんだろうか。
「さあさあ始まりますよ、第一章! 『パーティ追放、そして絶体絶命』! ルカさん役はイスタ、リーシャ役はもちろん私、ルシウス役はリムでお送りします!」
「いいか、俺たちは世界一の冒険者パーティを目指しているんだ。そのためにもお前の存在はだな……」
リムも意外と乗り気のようだ。そして何故かルシウスの演技が上手い。
神器ーズなりに、エリーを励まそうとしてくれているんだろう。普段は暴れまくっているが、なんだかんだでやることはやってくれる。
「ルシウス、こんなところに呼び出してどうしたっスか? あたしに用でもあるっスか?」
僕を演じるイスタの声を背に、部屋の扉を開いた。
扉の先はお城の廊下ではない。カシクマの家だ。リビングにはいつものようにカシクマがいて、ソファの上にぐったりと倒れている。
「カシクマ、ちょっといい?」
「む。なんだクマ。神器の誰かかと思ったらお前が帰ってきたクマか」
カシクマはベッドから体を起こし、伸びをした。普段からこんなにダラダラしてるんだろか。ぬいぐるみだから別にいいんだけど。
「聞きたいことがあるんだ。君なら何か知ってると思って」
「なんだクマ、急に改まって。ビビるからやめろクマ」
「……<プルート>ってスキル、知ってる?」
その単語を聞いた瞬間、カシクマが布で出来た顔をしかめた。
「知ってるクマ。でも、どこでそんな……」
「実は、そのスキルで苦しんでいる子がいるんだ。何か対処法を知らない?」
カシクマは数秒黙った後、静かに話し始めた。
「昔、二人の夫婦がいたクマ。結婚した二人は幸せな生活を送り、すべてが上手くいっていた……しかしある日、夫の不貞を疑った妻は怒りに狂い、暴走した<プルート>の力で夫を殺してしまう。そして、罪の念から自らも死を選ぶ……」
「……それは?」
「昔話クマ。<プルート>は、人間の生活の支障になりうるスキルだクマ」
「支障?」
「例えば、お前のスキルが、『どんな道具の声も
神器たちの声は、人間と同程度に聞こえる。それこそ、普通の人に話しかけられているのかと錯覚する程度には。つまり、全ての道具の声が聞こえると言うことは、同時に数千人に話しかけられるのと同じと言うことだ。
まるで群衆からヤジを飛ばされているような気分になるだろう。当然だが、日常生活なんてままならない。
「そんな風に、スキルは人間の生活を助けることもあれば、時に壁になることもある。<プルート>は特にそれが顕著なスキルだクマ」
「何か治す方法はないってこと?」
「いいや、完全に治すのは難しいクマが、力を抑えることはできるクマ。スキルの保持者の精神が安定するまでは力を抑えるのがいいクマ」
よかった、打つ手はあるらしい。正直ほっとした。
「ただ、そう簡単にはいかないクマ。スキルの力を抑えるには、それ相応の強い力が必要になるクマ」
「強い力って言うと……神器とか?」
「その通り。アニガルドにある『世界樹』というダンジョンの最上階に、
カシクマは『当然、最上階に行くまではとんでもなく大変だクマ』と付け加える。だけど、僕ならきっと大丈夫だ。希望が見えてきた。
「それから……お前に言っておくことがあるクマ」
話は終わりかと思ったが、カシクマがまた真剣な声のトーンで言った。
「何?」
「エルドレインの復活といい、
たしかに。世界の危機級の強い敵が次々に目を覚ましているのは、言われてみればおかしい。
「つまり……誰かが意図的に、奴らを復活させているってこと?」
カシクマは首肯する。思えば、エルドレインは自分の武器である命杖ワンド・オブ・サヴァイブを何者かに盗まれたと言っていた。誰かが噛んでいるのは必然だ。
「気を付けろクマ。裏で暗躍している奴がいるクマ。それは個人かもしれないし、複数人かもしれない。目的もわからないからこそ、注意をするべきクマ」
僕の知らないところで、何かが起こっている。そう思って、僕は生唾を飲み込んだ。
「……と言っても、単なる偶然かもしれないクマ!! だったら面白いクマね!!」
……どうしてくれるんだろう、この空気。
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