第87話 友達のしるし
「そこで、ルカさんが雷を斬ったっス! バリバリバリ! エルドレインに肉薄して、剣を振るうっス! ズバッ!!」
「ねえリーシャ、私はいつまであなたを肩車しなければいけないのかしら……?」
「私を持っているルカさんの再現ですよ! さ! エルドレイン役のミリアに突進してください!」
「ええ……」
エリーの部屋に戻ると、相変わらず神器たちによる『ルカ・ルミエール冒険譚』が展開されていた。今やってるのはエルドレインとの戦いだろうか。演技もだいぶ白熱してきている。
「ただいま、皆」
「あ、ルカさん! 用事は済んだんですか?」
「うん。カシクマとこれからどうするかを話してきたよ」
演劇を見ているエリーの方に視線を向けると、彼女の目が好機で満たされていることがわかった。
「ねえルカ、本当に森の中でトロールと戦ったの? 本当にダンジョンのモンスターたちと戦ったの?」
さっきまで口数が少なかった彼女だが、演劇がよほど楽しかったらしく、興奮気味に尋ねてくる。
「本当だよ。と言っても、ほとんど神器たちのおかげだけど」
「すごい。ルカもリーシャたちも、冒険してるんだ……」
「冒険が好きなの?」
エリーは深く首肯する。タタタっと走り出すと、本棚の前で立ち止まり、一冊の本を持ってきた。
「部屋の中でずっと読んでた」
彼女が持っているのは一冊の小説。おそらく英雄の冒険物語だろう。お姫様である彼女は冒険なんて危ないからできない。だから空想でその穴を埋めていたのだ。
「私も冒険してみたい。外で走り回りたい……」
「すぐに出来るようになるよ。だから安心して」
僕が言うと、エリーはコクリと頷いた。同時に、眠そうに瞼をこする。
久しぶりにはしゃいだから疲れてしまったのだろう。すでにかなり眠そうだ。
「僕たちは帰るから、エリーはゆっくり休んでて。またね」
僕が彼女に背を向けて歩き出そうとすると、エリーの小さな冷たい手が僕の手を掴んだ。
「どうしたの?」
「……いなくならない?」
そうだ、エリーはついさっきまで部屋でひとりぼっちだったんだ。不安になるのもしかたない。
「大丈夫だよ。僕たちは友達だから」
「友達……」
「そうじゃ! いいものをあげるのじゃ!」
突然ミリアが手を上げたかと思うと、両手の手のひらをぺたりと机に手を当てた。
スキル<地殻変動>によって机はみるみるうちに姿を変え、五つの物体に成り代わった。
「なにこれ?」
そのうちの一つを拾い上げてみると、それは……リーシャにそっくりの人形のようなものだった。
「製作がわらわ、監修がレティの特製フィギュアじゃ! 細部までしっかり再現されているのじゃ!」
「本当だ! リムのスカートの中まで再現されてますよ! ルカさんも見てください!」
「やめてーーー!! リーシャ見せないで!!」
……とにかくすごいクオリティなのは間違いないらしい。
「エリー。あなたは一人じゃないわ。そのフィギュアを私たちだと思って、少しだけ待っていてくれる?」
レティが諭すと、エリーは大事そうにそれらを抱えて頷いた。わかってくれたようだ。
「センパイ、じゃああたしたちは家に帰るんで後はよろしくおねしゃーす!!」
「お前たちは逆にあっさりしてるなあ……」
リーシャたちはバッグの中に飛び込んで帰っていった。部屋に僕とエリーだけになったところで、城の廊下へ出た。
廊下から出ると、ミハイルさんとクリスさんが壁に寄りかかって雑談しているのが見えた。僕の存在に気付くと、二人して駆け寄ってくる。
「ルカ! 怪我はなかったか?」
「はい。僕にはエリーの目は効かないみたいです」
「ええ……怖いんだけどこの子」
クリスさんは身震いのしぐさをする。初対面の時からだいぶコミカルになったので、正直僕の方が驚いているんだけど。
「ルカ。姫はどうだった?」
「一人で寂しがっていたみたいですけど、僕と神器たちが友達になったのでしばらくは大丈夫だと思います」
「そうか……それを聞けて安心した。ルカには助けられてばかりだな」
ミハイルさんはほっと胸をなでおろした様子だ。
「それで、エリーの目の力を抑えるには、『世界樹』の最上階に行く必要があるんです。明日あたり行けたらなーと思っていて」
僕の言葉を聞いて、安心したような二人の表情が再び曇ってしまった。
「うーん……それはさすがに厳しくないか?」
「ルカ。お前が強いのはわかる。だが、世界樹は厳しいと思っている」
クリスさんもミハイルさんもあまり良い印象は持っていないようだ。そう言えば、カシクマに軽く聞いただけで、世界樹がどんなダンジョンなのかを聞いていなかった。
「いいか、世界樹っていうのはこの国で最も難易度が高いとされているダンジョンだ。木の全長は3000メートルほどで、1階層あたり約30メートルだから、100階層はあるんじゃないかと言われている。200年前に、アニガルド最強だった冒険者パーティが30層まで行ったのが最後で、それを超える記録は出ていない――
神話の時代の記述にも残っているほど歴史あるダンジョンで、世界と世界を繋いでいるなんて話もあるくらいだぜ?」
クリスさんは仰々しい言葉を並べて説明してくれた。彼の表情から見ても、難易度が高く、恐ろしいダンジョンであることは想像するのに容易いことだ。二人が厳しいと言うのも納得ができる。
――でも、正直言って安心した。
「よかった。たったの100階層なんですね」
「「!?」」
二人が厳しいと言っているのを見て、1000階層くらいあったらどうしようと思っていただけに、拍子抜けだ。
たったの100回、階段を昇ればエリーを助けることができる。楽勝もいいところだ。やらない手はない。
「ねえミハイル。俺この子のことが怖くなってきたんだけど……」
「いちいち茶化すな戦士長。あと娘の似顔絵にすりすりするな」
二人の漫才のような会話を見て、苦笑いしてしまった。
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