第85話 ひとりぼっちのエレアノール姫

「本当に大丈夫なのか? やめておいた方がよくない?」


 廊下を歩きながら、クリスさんは困った表情で言った。


 結局、ミハイルさんの提案でエレアノール姫に会いに行くことになったわけだが……クリスさんはあまり乗り気ではないようだ。前回の暴走の時に相当痛い思いをしたのだろう。


 僕はと言うと、ミハイルさんの希望である姫様の捜索は完了したわけだし、一件落着で帰ってもいいんだけど……どうしても、そのお姫様が気になってしまった。


 話を聞いている限り、エレアノール姫はせまい部屋の中で一人。きっと寂しくて心細いだろう。少し前に洞窟の中に落とされたことがあるから、それはわかる。


 僕の場合はリーシャがいたから少しはマシだけど……誰もいなかったら今頃どうなっていたか、想像もしたくない。


 だから、一度その姫様に会ってみたい。きっと僕なら大丈夫なはずだ。


「この部屋だぜ」


 クリスさんが僕を案内したのは、城の一室。どれくらい階段を昇ったかわからないくらい上の階で、下に比べて人通りはかなり少ない。


「最後に聞くけど……本当にいいんだな?」


 最後の最後まで僕を心配してくれるクリスさん。それでも僕の決心は固い。うんと頷くと、ようやく折れてくれたようだ。


「わかった。ただし、危険だと思ったらすぐに帰って来いよ」


 クリスさんはそう言って、扉をノックした。


「……誰?」


 すると、部屋の中から小さな声が聞こえてきた。か細い少女の声だ。あまりの弱弱しさに、涙声なのかとさえ思ってしまう。


「さあ、ルカ。後は頼んだぞ!」


 次の瞬間、クリスさんは僕の背中をドンと押して、扉の向こう側へ押し込んできた!


「うわっ!?」


 お姫様の部屋にいきなり押し込むなんて、常識がなさすぎる! 強引だなあ!


 しかし戻ることはできないので、僕は観念して部屋に視線を向けた。明かりもない真っ暗な部屋で、中に何があるのかはわからない。ダンジョンの中のように、ぼんやりと空間が広がっているように感じるだけだ。


 ……いや、正確には部屋の奥に誰かがいる。おそらく、お姫様だ。


「だれ……? お父様……?」


 震えている声。まるで怯えた小動物のように頼りないそれは、扉の向こう側から聞いたものと同じだ。


「怪しい者じゃないよ! あ、ちょっと待っててね」


 僕は慌てて釈明をして、魔法を発動。


「<魔導照灯マジック・ライト>」


 名前を宣言すると、手のひらに優しい光がともり始めた。


「よし、これで明るくなった」


 ランタンのような灯りに照らされて、部屋の隅に猫耳の少女が小さくなっているのが見える。ピンク色のロングヘアーに、白いドレス。声の主は、僕と同じくらいの女の子だった。


 何より印象に残ったのが、彼女の瞳だ。涙でうるんだそれは、メイカの目にそっくりだった。


 なるほど、これはミハイルさんも勘違いするはずだ。同じ猫の獣人で、目の色がそっくり。髪型と色を変えたと言えばごまかせるかもしれない。


 彼女こそ、この国のお姫様。エレアノール姫だ。


「嫌――来ちゃ駄目!!」


 改めて自己紹介をしようと思ったその時、エレアノール姫が張り叫んだ。途端、地震でも起こったのか、部屋の家具が小刻みに揺れ始めた。


 いや、違う。これこそが話に聞いていたエレアノール姫の目の力なんだろう。地震にしては規模が大きすぎる。


 テーブルに置かれていたティーカップにひびが入り、タンスがパカッと口を開いて衣服を吐き出した。エレアノール姫の目は少しずつ、ほんのりと緋色に染まり始めている!


『ルカさん! ポルターガイストですよ! レティがこの前言ってました、物が勝手に動く怪奇現象って!』


「違うから! っていうか、物が勝手に動くのはリーシャたちもだから!」


 そんなことを言っている場合じゃない! クリスさんの話の通りなら、僕にもダメージが……。


「逃げて! もう誰も傷つけたくない!」


 エレアノール姫は涙を流しながら再び声を上げた。部屋の家具も限界を迎えて壊れ始めている。そろそろ僕にもダメージが……。


 ……。


 ないッ!!


 まだ本番じゃないってことか……? でも部屋の物はぐちゃぐちゃになってるしなあ……?


「ど、どうして……? 大丈夫なの……?」


 ここからさらに破壊力が増してしまうのかと不安になったが、そんなことはないらしい。おそらく、僕に彼女の目は効かない。


「大丈夫だよ。僕はそんな程度で傷ついたりしない。だから、落ち着いて」


 そう言うと、ようやく地響きが収まってきた。完全に停止するまでは一分ほどかかり、エレアノール姫は全力で走った後のようにぜえぜえと荒い呼吸をした。


「水をもらってこようか?」


「平気。少しすれば落ち着くから……」


 ようやく落ち着いてきたようで、彼女はベッドに座ってふうと息をついた。


「君がエレアノール姫で間違いないんだね」


「うん。あなたは?」


「僕はルカ。君に会いに来たんだ」


「わたしに……?」


 声はか細く、口数も少ない。そんな彼女は驚いたような表情をすると、また泣き始めてしまった。


「ごめん! 勝手に入ったのは悪かったから」


「……違う。嬉しい。ずっと一人で寂しかったから」


 久しぶりに会話ができる人間に出会うことが出来てよほど嬉しかったんだろう。照れ隠しに視線を逸らすと、テーブルの上には割れた食器が散乱しているのが見えた。食事も一人でしていたのか。


 そうだ。僕にダメージがないなら、神器ーズもいけるはず。僕はそう思ってバッグから5本の武器たちを取り出す。


「じゃじゃーん!! 登場っス! いつもの口上を……」


「おぬしのそれはくどいのじゃ。年に一回でいいのじゃ!」


「そう? 私は少し興味あるわ。月に一回くらいなら聞きたい気がするけど」


「じゃあ、イスタの口上は来月までお休みですね!」


「三人とも、今そういう空気じゃないから!」


 イスタ、ミリア、レティ、リーシャリムも順に登場し、いつもの調子で喋り始める。部屋の人口密度が突然跳ね上がったので、エレアノール姫はビックリしているようだ。


「あなたたちは……いったい……」


「僕の装備品仲間だよ。みんな君の目に触れても大丈夫だから安心して、エリー」


「エリー?」


「君のニックネームだよ。ここにいるみんなが、君の友達だから」


 そう言うと、エリーは初めて嬉しそうな表情になった。もう目も赤ではなく、綺麗な水色に戻っている。

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