第84話 戦士長と対面!

「失礼する。クリストフ戦士長、入るぞ」


 ミハイルさんはさっと服装を整えると、扉を開けて中に入っていく。


 一般兵士のミハイルさんですらこんなに真面目なのに、兵士長クラスとなるとどれくらい真面目な人なんだ……? 怖かったらどうしよう。なんだか緊張して、僕も服装に乱れがないか確認してしまう。


 手が汗で湿るのを感じながら、恐る恐る部屋の中へと進む。


 部屋に入ると、部屋の奥に横長のデスクが置かれているのが一番に目に入った。そこに鎮座していたのは……二本の角を頭部に携えた動物。あれは……サイの獣人だろうか。


 灰色の肌に、小さくても存在感のある目。鎧のように屈強な体躯の上から兵士の服を纏っている。ミハイルさんと同じ、動物が二足歩行している感じの獣人だ。


「戦士長、お話があって参った。少し時間よろしいだろうか?」


 ミハイルさんがクリストフ戦士長に話しかけた瞬間、部屋に重苦しい雰囲気が漂う。


「ミハイル……この時間は部屋に入ってくるなって言ったよな……?」


 唸るような低い声で一言。とても落ち着いた声だったが、理解できる。彼は今ものすごく、不機嫌だ!


「わかっている。だが戦士長、あなたに用があるのだ」


「お前わかっているのか? 今この時間は、俺にとって一番大切な……」


 クリストフの声は、まるで太鼓のように腹に響いているような感じがする。彼はふうと息をついて、一言。


「娘からもらった似顔絵を見る時間だろうが!!!!!」


「は?」


 思わず声を漏らしてしまった。見ると、さっきまで不機嫌そうな顔をしていたクリストフは、満面の笑みで一枚の紙を掲げているではないか。


 そこには下手くそなイラストと、『パパ』という文字。あれが、娘からもらった似顔絵……?


「っていうかミハイル、俺のことは戦士長じゃなくてクリスって呼べって言っただろ? 俺たちの仲じゃねえか」


「確かに私たちは同期だ。それでも今のあなたと私の関係は戦士長と一般の兵士だ。敬意は払わなくてはいけない」


「固ッ! クソ真面目かよ!!」


 ミハイルさんにツッコミを入れるクリストフ。すでにさっきまでの重苦しい雰囲気はなくなっていた。


「……で、そこにいるのはお客さんか?」


「ああ。私が姫を捜索するのを手伝ってくれる、ルカたちだ」


 クリストフは僕たちを見ると、破顔はがんした。


「馬鹿真面目のミハイルのお客さんなら安心だ。俺は戦士長のクリストフ。クリスって呼んでくれていいんだぜ」


 最後に『これが俺だ!』と付け加えて、クリスさんは娘に貰ったという似顔絵を掲げた。どうやらかなり娘ラブなようだ。


「馬鹿なのか、こいつは……?」


 アルベール、それは君が言ったら駄目なやつ。


 僕たちも彼に続いて自己紹介をすると、クリスさんは『ヨロシク!』と言って迎えてくれた。



「……で、ルカたちはなんでミハイルと一緒にいるんだっけか?」


「この国のお姫様のエレアノールさんを探すのを手伝いに来たんです。クリスさんに状況の話を聞くのが一番だと伺ったので――」


 僕が経緯いきさつを説明すると、クリスさんの動きがピタリと止まった。


「……戦士長?」


「ん!? な、なんでもないぞ!? 別に動揺とかしてないからな!?」


 ……? ミハイルさんの言葉を聞いた瞬間、クリスさんの肩が跳ね上がったのがわかった。どうしたんだろう。


「っていうかミハイルお前、姫を探しに行ってたのか!?」


「ああ。言っていなかったか? 少し前から休暇を取って……」


「マジかあ……」


 いよいよクリスさんは頭を抱え始めてしまった。明らかに動揺している。


「で、ルカはミハイルが姫を探している途中で出会ったって感じか?」


「そうです。ミハイルさんに斬りかかられました」


「斬りかかった!? お前何してんだ!!」


「ねえ、クリスさん、なんか変じゃない……?」


 セシルが僕に耳打ちした。ちょっと変な人であることには間違いないが、それにしたって様子がおかしい。


「そうか……俺の知らないところで話がそんなに進んでたとはな……」


 クリスさんはため息をついて、観念したようにして呟いた。


「戦士長、それはどういう意味だ?」


「まあ、ルカたちも無関係じゃないから言うか……エレアノール姫はいなくなったわけじゃないんだよ」


 クリスさんの言葉を聞いて、その場の全員がポカンと口を開けてしまった。


「エレアノール姫はこの城の中にいる。訳あって失踪したことになっているんだ」


 つまり、クリスさんが嘘をついていたってことになるんだろうか?


「クリスさん、どういうことですか?」


「一か月ほど前のことだ。姫様の目が突然真っ赤になって、それが原因でお部屋にこもってらっしゃるんだ」


「でも、それだとエレアノール姫を行方不明ってことにする必要はないわよね?」


 セシルの言う通り、それなら病気ということにすればいいだけの話だ。ましてや、それを秘密にする必要もない。


 きっと、何か理由がある。そんな予感の答え合わせをするように、クリスさんは頷いた。


「その通り、問題は彼女の目でな……。これを見てもらった方が早いか」


 そう言って、クリスさんは兵士服の袖をまくった。彼の太い腕が露わになって、僕たちは衝撃を受けた。


 彼の灰色の腕に、火傷のような跡が残っていたのだ。見ているだけでも痛々しい傷だ。


「一か月前、姫様の最初に赤くなった時の傷だ」


姫様の目が赤くなると、クリスさんが怪我をする……?


「彼女は感情が高ぶった時、目が赤くなる。そして、見た対象は破壊すれてしまうんだ。俺はまだなんとかなったが、並大抵の人間が同じ目にあえば……腕はなくなっていただろうな」


 クリスさんは袖を元に戻し、僕たちを安心させるように笑った。


「わかっただろ? 姫様が城にいることがバレれば、彼女に会いたがる人が増える。不幸中の幸いと言うべきか、傷を負ったのは今のところ俺だけだからな。これ以上怪我人を増やすわけにはいかない。だから上が箝口令かんこうれいを敷いたわけだ」


「それって、エレアノール姫のスキルか何かなんですかにゃ?」


「かもしれない。だが、今のところ打ち手は見つかっていないし、何より俺も見たのは一度きりだからなあ……」


 クリスさんは腕を組んでうーんと唸った。


「戦士長、だったらルカはどうだ?」


 このタイミングで、ミハイルさんが僕のことを指さした。


 えっ。ここで?


「ルカは私と手合わせした時も圧倒的な実力を見せてくれた。ルカならば姫の目の力にも耐えられるかもしれない」


「却下! 俺だって痛い思いしてるんだぜ。せめて俺より強いやつを――」


「強いぞ。戦士長の10倍以上は」


「10倍!?」


 クリスさんの声が部屋中に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る