第82話 忠犬ミハイルさん

「離してくださいにゃ! 痛いから!」


「姫様! こんなところでおたわむれにならないでください! 早く城に帰りましょう!」


 犬の獣人のおじさんは強引にメイカの手を引く。メイカはかなり嫌がっているから、二人は知り合いではないのだろう。


 メイカがお姫様? そんなわけがない。彼女の実家は工房だ。両親もあれで実は王族……というようにも見えなかった。


 つまり、この犬おじさんが何か勘違いしているんだろう。


「あのー、あなたはいったい……」


「なんだ貴様は! まさか、貴様が姫を連れ去ったのか!?」


 声をかけると、犬おじさんは僕を怒鳴りつけてきた。


「違いますって! 話を聞いてください!」


「聞いていられるか! 姫は私が守るのだッ!」


 犬おじさんは話を聞いてくれる様子がない。レイピアを引き抜いて切っ先を僕に向けてくる。危ないので僕は少し距離を取った。


「我が名はミハイル! アニガルドに忠誠を誓いし兵士だ!」


 アニガルド王国というと、クノッサスやミカインがあるポリサス王国の隣にある獣人たちの国だ。彼はその王国のお姫様とメイカを間違えているってことか。


 なんだかまだ謎は多いけど、勝負を挑まれたのなら、それを無下にするつもりはない。彼は何か勘違いしているようだし、少し落ち着いてもらおう。


「少し荒っぽくなるが……恨まないでくれよ!」


 ミハイルはこちらに前進し、レイピアで突きを放つ。剣と違って突きの動きができるレイピア。かっこいいなあ。


 ミハイルはレイピアを使うのがかなりうまく、まるでたかが獲物をついばむようなスピードで連撃を入れてくる。あの細い切っ先が体に刺さったらひとたまりもないだろう。


「どうした!? 避けるだけか!?」


 僕を串刺しにしようと、レイピアで突きを繰り返すミハイル。でも、僕には一つひっかかることがあった。


「ミハイル……本気出してないでしょ?」


「なんだと?」


 彼の攻撃からは、僕を殺そうという気概きがいがまるで感じられない。なんだか、少しダメージを負わせることができればいいという感じだ。


 この人……まさか。


 僕はそこで動くのをやめた。途端、ミハイルのレイピアの先端が僕の胸に触れた。


「しまったっ!」


 しかし、僕にダメージはない。なんたって、僕の体はレティが守っているのだから。


 そんなことよりも、気になるのはミハイルが僕に攻撃を上げた時に声を上げたことだ。


 どうして攻撃をしているのに、攻撃が命中した瞬間に驚く? それはまるで、心臓に当てる気はなかったとでも言っているようじゃないか。


「無駄だよ。僕の体はレティが守っているから、どんな攻撃だって通すことはない。おまけにリーシャの自動回復スキルもあるから、何回攻撃したって僕が負けることはないよ」


 そこまで言ったところでようやくミハイルさんは理解してくれたのか、レイピアをしまってくれた。


「……すまない。私の負けだ。君の言う通り、私は手を抜いていた。君を拘束することさえできればそれでよかったんだ」


「ミハイルさん、あなたはいったい……」


 敵意はないとばかりに手を上げたミハイル。戦闘で疲れたのか、ため息を一つこぼした。


「改めて自己紹介させてもらおう。私はアニガルドの王城、ファリパスト城に勤めている兵士だ。姫のエレアノール様を探している」


 彼がさっきから言っていた姫という単語の正体は、アニガルドのお姫様のことだったようだ。どうやらそのエレアノールという人とメイカを見間違えたのか?


「そのエレアノール姫とメイカは似てるんですか?」


「……いや、今思えば、髪型も、髪の色も違う」


「なんだこいつ、馬鹿なのか?」


 アルベール。それは君が言っちゃ駄目な奴だ。


「ただ一つ、君の瞳が姫にそっくりだった。彼女の麗しい瞳に……」


 そう言って、ミハイルさんはメイカの青色の瞳を見る。彼女の目には<ヘファイストス>というスキルが宿っている。道具を見た瞬間、その用途や修理方法がわかるという、まさに神の目だ。


 その姫様にも、彼女のような特別な力を持った目があるのだろうか。


「ミハイルさん、あなたはどうして、僕と戦うのに手を抜いたんですか?」


「姫を攫った人間ならば、拘束すればいいだけの話だ。殺す必要はない」


 もっとも、それは人違いであったわけだが。


「とにかく、私が人違いをしてしまったことには間違いない。非礼を詫びさせてほしい」


 ミハイルさんは律儀にペコリと頭を下げて僕に謝罪をしてきた。


 僕は別に気にしていないんだけど……どうにも、そのエレアノール姫というのが気になってしまった。


「そのお姫様がいなくなっちゃったんですか?」


「ああ。一か月ほど前から姿をお見せになっていないのだ。他の兵士たちに聞いても『捜索中らしい』、と」


 それで心配になって隣の国にまでやってきてしまったというわけか。すごい忠誠心だな。


「私は姫を探して、アニガルドからここまで来たのだ。もしこの世界のどこかで彼女が泣いているようなことがあったらと思うと心配なのだ。それで、そこの女性を見た時に早とちりをしてしまって……」


 この人、真面目そうなんだけど、その反面、勝手に勘違いしてしまう性格のようだ。猪突猛進ちょとつもうしんタイプと言えるかもしれない。どうにも、これから他の一般人に襲い掛からないか不安だな……。


 よし。


「ミハイルさん。僕たちも一緒に、そのお姫様を探すのを手伝わせてくれませんか?」


「君たちが……か?」


 お姫様探しを手伝わないと、またミハイルさんが早とちりを起こしてしまうじゃないかと不安だ。それに、僕は世界一の冒険者になるためにも、他の国にも行ってみたいと思っていたころだ。


 ミカインの復興もだいぶ進んできたし、そろそろ僕が抜けても問題ないだろう。


「それは出来ない。私は君たちに斬りかかった上に、人探しまで手伝ってもらうなんて」


「じゃあ、勝手についていくのでいいですよ。とりあえず、アニガルドに行ってみませんか?」


「しかし、アニガルドはここから三日ほど移動が必要だぞ? 君たちがいきなりそんな準備なんてできるとは思えないんだが……」


 それは問題ない。僕たちには移動のスペシャリストが付いている。僕はニヤリとわらった。


「大丈夫です。3日どころか3分でいけますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る