第75話 両雄、激突!!

「なんだお前は? 今度はお前が俺を楽しませてくれるのか?」


 ファシルスは僕を見てニヤリと笑う。新しいおもちゃを見つけたという顔だ。こいつが吸血鬼の真祖で、アルベールの両親の仇。


 老人のような白髪からは想像が出来ないほどの圧倒的な迫力。今まで対峙してきた他のどの吸血鬼たちよりも強いのを感じる。


「……冒険者協会を裏で操っていたのはお前なんだな」


 ダンテさんが言っていた。8年前、ファシルスが冒険者協会と癒着したことをきっかけに、ランキングシステムが導入されたと。


 そして、それをきっかけに、冒険者たちはランキング争いに拘泥するようになった。


 僕を殺そうとしたルシウスも例外なく。


「――ああ、そうだよ。全て俺がやったことだ」


 ファシルスはそこまで言うと、プッと吹き出し、ケタケタと笑い声をあげ始めた。


「そこに転がっている男がいるだろう? 8年の間連れ添った友達だ」


 彼が指す方には、会長のルドルフが転がっていた。片足が無くなっていて、既に息絶いきたえている。僕に向かって怒鳴り散らしていたあの元気な老人は、むごい姿で最期を迎えてしまったのだ。


滑稽こっけいだよなあ。弱者は最後まで、利用され続けるだけだ。手のひらで転がされて、飽きたらポイだぜ」


 ファシルスは手のひらをくるりと上から下に向け、会長がゴミであるとでも示しているようだ。


「で、お前は俺をどうやって楽しませてくれるんだ?」


「……言いたいことはそれだけか」


「は?」


「言いたいことはそれだけかと言ってるんだ」


 ルシウスは僕を殺そうとした。それは変わらない事実だし、彼を許せない時期もあった。あいつは間違いなく悪いことをしたのだ。


 でも、だからといって死ぬ必要はなかった。僕が彼の顔面を一発殴って、それで終わりなはずだったんだ。


 そんなルシウスは、エルドレインにアンデッドにされ、苦しんだ。僕の手で殺される最後の瞬間まで、炎に焼かれたような苦痛を味わったんだろう。


 ルシウスが死んだ原因は、王墓に行ったから。ランキング争いで他のパーティに負けないために。


 つまり、ランキングさえなければ、彼は死ぬことはなかったんはずなんだ。


「何言ってんだ? これから俺と遊ぼうってのに、もう頭がおかしくなっちまったか?」


「僕はもう――お前を許すことができないかもしれない」


 きっと僕は、今、怒った顔をしているだろう。今までの人生で、一番苛立っているのだから。


「ああそうかよ……じゃあ、俺とゲームをしようぜ? そこにいる女かお前か、どっちか選べ。片方は殺すが、片方は見逃してやるよ」


 ファシルスは僕を小ばかにしたような表情でゲームを持ちかけてくる。


 残念だが――答えはもう決まっている。


「ファシルス。お前を倒して、全人類を救う」


 次の瞬間、ファシルスが驚いて目を開いた。目の前にいたはずの僕が、既に後方に立っていたからだ。


 瞬間移動。ヴェルゴとの戦いでも使った、シンプルだが強いスキルだ。


 そして、彼のわき腹に斬撃が走り、血が滝のようにあふれ出した。瞬間移動の際に、リーシャで彼を一閃したからだ。


「うぐわああああああああああああああああ!!!」


 光の聖剣で斬ったのだ。彼はきっと、今までに体験したことがないような痛みを感じているだろう。腹部を抑えてバタッと倒れると、悶絶の声を上げた。


「お、お前!? 何をした!?」


「意外ともろいんだな。ヴェルゴの方がよっぽど強かったよ」


 僕は倒れているファシルスの髪を掴み、頭を持ち上げた。彼の表情はさっきまでの余裕から打って変わって、恐怖に染まっている。


「ヒッ!? なんだ!?」


「そんなに驚くなよ。ゲームだ。僕に土下座して命乞いしたら、命だけは許してあげるよ」


 僕がそう言って手を離すと、ファシルスは痛みに顔をゆがめながら土下座の体勢になった。


「頼む!! 許してくれ!! 俺はまだ死にたくない!!」


 吸血鬼にも土下座という文化があるんだろうか。それは定かではないが、彼が必死に取ったその姿勢は、全力の降伏を示していた。


「そっか。まあ嘘だけどね」


「えっ!?」


 イスタに持ち変え、僕は弓矢を乱射する。軌道を変えた矢は、ファシルスの両手両足に突き刺さり、彼を闘技場の壁まで吹っ飛ばした。


「うぐわああああああああ!!!」


 壁に張り付けになったファシルス。彼は再び痛みに苦しみあえぎ、声を上げた。


「なぜだ!! 約束したじゃないか!!」


「それが、お前が利用してきた人間の痛みだよ」


 僕は知っている。ファシルスがアルベールに向かってしたというゲームの約束は、決して守られることがないものだったと。彼は人間を利用し、裏切ってきたと。


「ふざけるなああああ!! 人間と俺の命が同じなわけがないだろうが!!!」


 血管を浮き上がらせながら、激しく憤慨するファシルス。すると、彼の青白い肌が徐々に赤く染まっていくのが分かった。彼を拘束していた矢はベキッと折れ、体表から赤い霧が吹き出してくる。


「もう許さねえ……お前は俺をコケにした。『覆水盆に返らず』だ。お前を……殺す」


 一言一言が肌を刺してくるような呪詛。彼の怒りは今、頂点に達している!


彼の手には、冒険者たちを貫いているものよりもはるかに仰々しい槍が握られている。おそらく、彼が作り出せる槍の中でも一番強いものだろう。


血槍けっそうセブンスギルティー。俺が作り出した最高傑作だ。お前には全力をぶつけてやる」


 奴が全力をぶつけてくるのならば、僕も容赦はしない。


「ミリア! 行くよ!」


『うむ! ここは派手に舞おうではないか!』


 僕は右手にミリアを持ち、先端をファシルスの方へ向けた。


「うおおおおおおお!!」


 ファシルスは槍を僕に向け、走り出した。僕は力を溜め、迎え撃つ!!


「<穿全貫理血槍ブラッディ・ランス>!!」


「<獄炎破壊演舞ごくえんはかいえんぶ>!!」


 炎を纏ったハンマーと、真っ赤な一本の槍がぶつかり合う。どちらの勢いも激しく、闘技場内に嵐と嵐がぶつかり合ったようにして熱風が吹き荒れている。地面に亀裂が入り、火花がバチバチと散った。


 さすがは吸血鬼の真祖だ。威力ははっきり言ってけた違い。この闘技場くらいだったら簡単に破壊することができるだろう。


 ――だが、ミリアの力を以ってすれば、僕たちはこのくらいなら吹っ飛ばすことが出来る。


「はあっ!」


 力を軽く籠めると、槍が一瞬にして砕け、ファシルスの体にもひびが入る。まるでガラスが割れるようにして、彼の体は炎に包まれながらバラバラになった。


「な、なんだとおおおおおおおおおおおお!?」


 ファシルスの体のパーツは破片になって地面に転がり、みるみるうちに灰に変わっていく。最後には、彼は首だけになって地面にポトリと落ちた。


 ふう。ファシルス、意外と大したことがなかったな。正直、闘技場を壊さないように力をセーブするのに疲れたくらいだ。

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