第74話 霧の中に差した光

「さあ、お嬢ちゃん。連れの男はやられちまったし、次は君の番だぜ?」


 ファシルスの言葉を聞いて、セシルは顔の血の気が引いていくのを感じた。


 会場には無残な冒険者たちの死体と、ブルブルと体を震わせている生きた冒険者が数人。ファシルスに弾き飛ばしたアルベールは壁にめり込んでいる。


 絶体絶命。たった今ファシルスの強さを目の当たりにしたセシルにとって、それは死刑宣告に等しいものだった。


「……<閃光フラッシュ>!!」


 しかし、セシルもただやられるわけにはいかない。素早く光魔法を使うと、会場にまばゆい光が放たれ、冒険者たちは全員目を閉じた。


 光の目つぶし魔法、<閃光フラッシュ>。下級の魔法ではあるが、モンスター相手ならほとんど効果を発揮する。


「みんな、逃げて!」


 ファシルスに敵わないと分かれば、逃げるのが得策だ。セシルは背を向けて一目散に走り出した。


 冒険者としては適切な判断だ。勝てない相手が目の前に現れた時は、逃げる。どうしても戦わなければいけないときは他の冒険者と結託して戦う。それは当たり前のことだった。


 相手が真祖であればなおのことだ、セシルは全員で散って逃げれば、誰かが助けを呼ぶことができると判断したのだ。


 ――しかし。


「おいおい、逃げられると思ったのかよ?」


 セシルの手を誰かが掴む。それは紛れもなく、視界をつぶしたはずの真祖であった。くらませたはずの目は大きく開いていて、彼女を見ている。


「嘘……どうして!?」


「お前、魔法を使う前に他の冒険者にわかるように合図をしただろ? いくら強い光でも、目を閉じてしまえばなんてことはない」


 見抜かれた――。セシルは悔しさからグッと歯をくいしばる。確かに、彼女はファシルスにバレないように、空いた手で合図を出していたのだ。


「そうだ。面白いことを思いついた」


 ファシルスはそう言うと、手のひらを天に向けて高く掲げる。


 その瞬間、たくさんの冒険者を貫いてきた真っ赤な槍が9本、先端を外側にして、彼の頭上に円形になって現れる。ファシルスが腕を一振りすると、一斉にそれらが散り散りに飛んでいく。


 向かった先は、逃げまどう冒険者たちのほうだった。全員、セシルの作戦が失敗したことに気付かず背を向けて走っている。


「やめて!!」


 セシルの叫びも虚しく、槍は冒険者たちの胴体を貫く。血が噴き出し、バタバタと人が倒れていく様を目の当たりにし、セシルはただ手を伸ばすだけだった。


「そんな……嘘……」


「お前のせいだぜ。お前がもうちょっと上手くやってれば、こうやって人が死ぬこともなかったのかもしれないのになあ」


「私の……せいで……」


「そうだ。お前が悪いんだよ」


 絶望に染まった表情のセシルを見て、ファシルスはさらに口をゆがめた。弱者をいたぶることに対する愉悦である。彼にとって、それは果実の甘みを噛みしめるような甘美に等しい。


 当然、もしセシルの魔法が決まり、ファシルスは視界を失ったとしても、彼には聴覚がある。音で方向を探り、槍で全員を始末することもできた。だから、セシルが悪いわけではない。


 ――しかし、ファシルスにとって弱者をいたぶることは何よりの快楽。


 冒険者協会を乗っ取ろうと考えたのも、ゲームを仕掛けるのも、すべては弱者である人間を試し、もてあそぶため。自分が100%安全な位置から、弱者が死んでいくのを見る。ファシルスにとってこれ以上はなかった。


「うおおおおおおお!!」


 刹那、壁に吹っ飛ばされていたアルベールがファシルスに剣を振るう。当然、攻撃は当たらない。


「俺はな、お前みたいなやつが大嫌いなんだ。弱いくせに立ち向かってくる。こっちのお嬢ちゃんみたいに絶望もしない」


 ファシルスはアルベールの顔面にストレートを入れ、地面にたたきつける。激しい轟音がして、地面に穴が開いた。


「お前に生きる価値はない。せめてそこで俺のストレス発散のために這いつくばっていろ。人間の世界だと……『枯れ木も山の賑わい』だったか」


 圧倒的な強さ。そして、残虐ざんぎゃくの性格。


 セシルは確信する。この化け物に、自分は勝つことができないと。


 そして、自分はこのまま楽に死なせてもらうことはできないと。


「ごめんなさい……許してください……」


「謝ったってどうにもならない。この会場の人間は、全員お前のせいで死んだんだ。そして、これからもっとたくさんの人間が死ぬ。それを見せてやる」


 押しつぶされそうなほどの恐怖。それは涙となり、震えとなり、言葉になった。


「助けて……ルカ……」


 その時だった。


「わかった!!」


 セシルの体が誰かに抱えあげられる。彼女が聞いたその声は、聞き覚えのある懐かしいものであった。


「ルカ……」


 彼女を助けたのは、見間違えるはずもない。幼馴染のルカ・ルミエールだった。


「遅くなってごめん。――ちょっとだけ待ってて」


「うん。信じてたから――」


 ルカは闘技場の端にセシルを横たわらせ、ファシルスの方へと向き合う!

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