第72話 千本の右腕

 ミカインの街に到着! 扉を閉めて辺りを見渡す。


「なんだあれ?」


 空には真っ赤な雲が立ち込めていた。それは昨日見たヴェルゴの血霧狂乱スタンピードとそっくりだ。


「ということは、やっぱり吸血鬼……」


 吸血鬼は現在進行形でこの街に跋扈しているはずだ。真祖というやつもどこかにいるはず。早く探さなくては!


「おらああああああああああ!!!」


 その時、近くから野太い男の声が聞こえてきた。ただ事ではなさそうなので、急いで現場に走る。


「てめえらは俺を激怒させたんだよッッッ!! もう許さねえかんなあ!!!」


「腹減ったなあ。食っちまいたいなあ」


 見ると、そこにはいかにも強そうな吸血鬼が二体。特にオールバックで筋骨隆々な吸血鬼が人間に対して怒鳴り散らしているじゃないか!


 ってあれは……。


「お前らもう死ねやッ!! 俺の怒りを受けやがれッッ!!」


 筋骨隆々な吸血鬼が腕を振り下ろした瞬間、僕はその目の前に入って手でその攻撃を止めた。


「な、なんだお前ッッ!!?」


 二体の吸血鬼は一気に後ろに下がる。攻撃を止められたのが意外だったらしい。僕のことを見据えている。


「大丈夫、みんな!?」


 その二体の吸血鬼に襲われていたのは、見覚えのある人物たちだった。


 ギルドで会ったライオス、屋敷の従者ブルーノ、そしてリーシャ以外の神器ーズ。知り合い勢ぞろいだ!


「ルカか?」


「ああ、そうだよライオス。そんなにボロボロになってどうしたんだ!?」


 ライオスは全身血だらけで、呼吸もすごく荒い。今にも気を失ってしまいそうなところをギリギリで持ちこたえているようだ。


 ブルーノも腕から血を流していて、痛みに表情をゆがめている。


「この二人は吸血鬼の幹部と戦ったのじゃ! わらわたちの力を使った結果、勝つことはできたものの……」


 ボロボロになってしまったということか。僕が最初、リーシャの力を使いこなせなかったように、彼らが神器を使いこなすのは難しいだろう。使い方を間違えれば、自分を傷つけることにもなってしまう。


「二人とも、もう大丈夫だよ。後はなんとかするから」


「で、でも! 僕たち二人でやっと吸血鬼の幹部を倒したくらいなんですよ!? 二体相手はさすがに!!」


「ブルーノ、下がるぞ」


「でも――」


「大丈夫だ。ルカは俺の全力をたった3%の力でねじ伏せた男だ。……いや、あれは正直、1%も力を出してないって感じだったぜ」


 僕はライオスとブルーノの前に立ち、二体の吸血鬼と相まみえる。


「お前ッ、何者だッ!? 俺の攻撃をいとも簡単に止めやがってッ! 腹立つぜ!!」


「僕はルカ・ルミエール。お前たちはヴェルゴの仲間か?」


「ヴェルゴ……ああ、あの速さだけのやつかッ! そうだ。俺たちはあいつと同じ幹部だぜッッ!!」


 そういうと、筋骨隆々な吸血鬼は地面を思いきり殴りつけ、穴をあける。衝撃でグラグラと建物が揺れる。とんでもない怪力っぷりだ。


「俺はサタナスッッ! 悪いがイライラしてるんだッッ!!」


「ゼブルだよ。腹減った」


 二体の吸血鬼はそれぞれ名乗りを上げる。


「悪いけど急いでるんだ、倒させてもらうよ」


「てめえ……調子に乗ってんなッッ!!」


 明らかにイラついた様子のサタナス。自分より弱そうな人間にいきなりそんなことを言われたらムカつくかもしれない。


「俺たちは真祖の右腕だッッ!! お前ら人間に負けるわけねえんだよッッ!!」


「そうか、君たちが右腕か――だったら、僕は君たちを『指一本』で倒してみせる」


 僕の宣言を聞いて、サタナスはさらに怒りを爆発させた。体から血管が浮き出て、赤い霧が吹きだし、目が真っ白になっていく。


「そうかよ……だったら、おのぞみどおりぶっ殺してやるよッッ!!」


 拳を振り上げて突進してくるサタナス。ただでさえ大きなその体躯は、圧迫感でさらに威圧的に見える。こんな吸血鬼から一撃を食らったら、並大抵の冒険者は即死だろう。直感で理解できる。


 ライオスとブルーノの二人は、こんなモンスターと対峙していたのか。はっきり言って凄い。だからこそ――僕がその思いを引き継ぐ!!


 迫ってくる岩のような拳。素早い一撃を目視で避けると、僕は彼の顔に指を突き立てた。


「<吸血鬼顔面破壊デコピン>」


 親指の制限から中指をリリースし、デコピンが放たれる。サタナスの額に直撃したデコピンは、彼の頭部をまるでシャボン玉のように破裂させた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!! こんなのじゃ、俺の怒りは収まらねえよオオオ!!!」


 サタナスは最後まで激怒の声を上げながら倒れた。


「お前、食料の分際で生意気!!」


 サタナスが倒れたのを見て、今度はゼブルが突進してくる。大きく口を開けて、まるで僕を食べようとしているようだ。


「落ち着きなって」


 僕は人差し指でゼブルの額を抑え、近づくことができないようにする。ゼブルはそれでも口をパクパクと開け、僕のことを食べようとしている。まるで犬みたいだ。


「腹減った! 腹減った! 腹減った! 腹減った!」


 もはや血霧狂乱スタンピードになっているのかどうかすら怪しいゼブル。しかし、僕とて食べられたいわけではない。


「ゼブル。食事っていうのはもっと行儀よく食べるものだよ」


 僕は人差し指をゼブルの頭に引っ掛けると、思いきり地面にたたきつけた。まるでお辞儀をするようにして頭部が地面にめりこむ。


 頭部は破壊され、ゼブルは地面に埋まったまま絶命した。


「右腕一本程度じゃ僕は止められないよ。せめて千本・・は用意した方がいい」


 二体の幹部たちを倒し、僕は待っている仲間たちのところへ戻った。


「本当に宣言通りに指一本で幹部を二体も倒しちまうなんて……」


「ルカ様……あなたはいったい……」


 ライオスとブルーノは口を大きく開けている。しかし、僕から言わせてもらえれば、レベル差を考慮すれば当然のことだ。


「君たち!」


 その時、今度は黒髪のおじさんがこちらへ走ってきた。見たところ、吸血鬼のような雰囲気は感じない。


「吸血鬼に襲われていたようだが、大丈夫だったか!?」


「はい、倒しました。あなたはいったい……」


「私はダンテ・デオダートという」


 ダンテ・デオダート……?


 あ! カシクマが探していた人じゃないか!


「ダンテさん! 僕はあなたを探してました! カシクマに言われて!」


「カシクマ……そうか、君は神器に選ばれた人間なのか。ちょうどいい、これを受け取ってくれ」


 ダンテさんの手から僕に渡されたのは、一本の水色の杖。ところどころに波のような装飾が施されていて、シンプルに見えて奥深い雰囲気を感じる。


海杖かいじょうアクアリムだ。これを使って、真祖ファシルスを止めてほしい」

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