第71話 次元を超える奇跡

「マズいなあ……どうしよう」


 カシクマが作った空間の中で、僕は朝日を眺めながら焦っていた。


 あの後、カシクマから助けが来ることもなく、一晩が明けてしまった。すでに日が昇ってしまっているので、7時すぎくらいだろう。


「どうしたんですルカさん、そんなに焦って?」


「逆にリーシャはなんでそんなに落ち着いてるのさ……」


「ああ、確かに焦った方がいいかもしれないですね! そろそろ私もお腹がすきましたよー」


 そうじゃない。真祖が今日やってくるんだ。英雄闘技会の開場が何時なのかは聞いてなかったけど、急がないとアルベールたちが大変なことになってしまう!


 日の出が見えてきた辺りから焦り始めてきたけど、結局この時間になっても作戦は思いついていない。


「ああもう、どうしよう……」


 ここはカシクマが作り出した空間で、扉がないと外へ出ることはできない。でも、ミリアの力で扉を作り出すことも、レティの力で扉になってもらうこともできない。


 今、僕の隣にいるのはリーシャ。彼女は剣で、出来ることと言えば斬ることくらいか……。


「む。なんか心の中でがっかりしましたね!? ルカさん、そんな顔をしてますよ!!」


 リーシャは僕の心の中を機敏きびんに感じ取り、頬を膨らせた。いつもちょっと抜けているのに、なんでこういうときだけ鋭いんだ……。


「私だって色々できるんですよ! ミラクルを起こすとか!!」


 ミラクルかあ……。


 思えば、最初にリーシャと会った時もこうだったっけ。暗いダンジョンの中で、出られないという閉塞感を抱えたままだった。


 でも、リーシャの力で僕たちは道を切り開くことができた。ダンジョンを突破して、仲間が増えて――


 道を切り開く……?


「そうだ! 思いついた! リーシャ、剣になって!!」


「なんかその言い方、ちょっと恥ずかしいですね」


「恥ずかしくはないでしょ!? いいから早く!!」


 待てよ、リーシャって元は剣だから『剣になれ』って『服を脱げ』と同等の願いなのか……? だとしたら彼女が恥ずかしがる気持ちもわかるし、これからは頼み方を考えなくちゃ……ってそんなわけあるかい!!


「思いついたんだ! この空間から出る方法が!」


 僕の言葉を聞き、剣に姿を変えるリーシャ。僕は彼女を手に取って、大きく息を吸った。


 ここが作られた空間なのだとしたら、それを打ち破る――否、切り開くこともできるはずだ!!


 僕はまず、リーシャを横なぎにして全力で一閃する。ビュンと大きな音が鳴って、草原に一陣の風が吹いた。


『ルカさん、何かと思えばいきなり素振りですか?』


「違うよ、この空間を切り裂くんだ!」


 普通だったらこの空間から出ることはできないだろう。でも、リーシャならミラクルを起こすことができるはずだ!! 彼女には、その力がある!


 素振りを繰り返す。ブンブンと空を切る音が響き渡り、草原に風が吹き荒れる。十回、百回と回数を重ねていく。


 一回一回が全力だ。風はどんどん強くなり、やがて僕の周りで竜巻のようになった。


 思えば、昔こうやって素振りばっかりしていた時があったっけ。そして、傍らにはいつもセシルがいて、応援してくれた。


 あの日の僕は弱くて、大人になるにつれて道を少しずつ諦めていった。


 でも、今の僕は違う。諦めた道を今から『切り開く』。リーシャの力で!


「くらえ! <セイクリッド・ストライク>!!」


 もう千回は斬っただろうか。強烈な一撃を放ったその時、何もないはずの空間に裂け目が出来た。


『ルカさん! 空中に穴ができましたよ!』


「うん! ここに飛び込もう!」


 人が一人入れるくらいの穴。先は見えないが、僕たちはそこにジャンプで入り込んだ。



「『うわーーーーーー!?!?』」


 穴から放り出されて、僕とリーシャは転がり落ちる。


 辺りを見渡すと、そこは見覚えがある場所。カシクマの家の廊下だ。目の前にアルベールが破壊したと思われる扉があるから、間違いない。


「脱出成功したーーーーー!!」


 こうしちゃいられない! 早くミカインの街に行かないと!!


 僕は廊下を走る。リビングにつながる扉を開けると、その先では暗い表情をしたメイカがソファに座っていた。


「……ルカさん!?」


「ただいま。遅くなっちゃってごめん」


 照れ笑いをしながら言うと、メイカがボロボロと涙を流しながら駆け寄ってきて、僕に抱き着いてきた。


「ルカさん! ルカさん! ルカさん!」


「心配かけてごめんね。ちゃんと帰ってきたよ」


「信じてましたにゃ! 絶対帰ってくるって知ってましたにゃ!」


 メイカは涙をぬぐうと、テーブルの上から何やら皿を持ってきた。その上には半分くらい切り分けられたホールのアップルパイが載せられている。


「ルカさんに食べてもらおうと思ってアップルパイを作ったんですにゃ! ……でも、ちょっと冷めっちゃって」


「『食料!!』」


 冷めてるとか関係ない! 昨日から何も食べてなくてお腹がペコペコなんだ! 僕とリーシャは急いでアップルパイに手を付ける。


「まったく……帰ってきたと思ったら今度は大食い大会クマか。もうボクはツッコまないクマよ。あいかわらず規格外な男クマ」


 もぐもぐとアップルパイを食べていると、カシクマが机の上から僕に声をかけてきた。


「カシクマもただいま! バッグある?」


「ここに置いてあるクマ。持っていけクマ」


 僕とリーシャは一瞬でアップルパイを平らげると、カシクマの横に置かれたバッグを手に取り、リビングの扉へと向かう。一刻も早くミカインの街に行かなければいけない!


「メイカ、アップルパイごちそうさま! 行ってくる!」


「ちゃんと帰ってきてくださいにゃ! お昼ご飯は何がいいですかにゃ?」


「カレーがいいな!」


 メイカにリクエストをして、僕はリビングの扉を開けて外へ。


 待ってて、みんな。今助けに行く!

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