第70話 腕相撲という競技

「アンタらは……」


「……ミリア様!?」


「あら、かわいいお客さんね」


 ライオスたちのピンチに駆け付けたのは、レティ、ミリア、イスタの三人だった。


「おぬしら、お膳立てご苦労じゃった! ここからはわらわたちが活躍する時間じゃ!」


「いや、そんな冗談言ってる場合じゃないと思うっスけど……結構ピンチっぽいっスよ?」


 胸を張るミリア。神器たちの元に、ライオスとブルーノが駆け寄った。


「ミリア様、こんなところに来たら危ないですよ! 逃げてください!」


「ブルーノよ。おぬしはアホか? わらわたちがこんな雑魚に負けるわけないのじゃ! むしろ、おぬしらを助けに来てやったのじゃ!」


「そうね。私たちの役割はルカとリーシャが帰ってくるまで吸血鬼たちを足止めすることだから」


 アルベールと同じタイミングでカシクマの家から外に出た三人は、最初にライオスとブルーノを見かけたのだ。


「ルカ、リーシャ……もしかして、あの二人の知り合いか!?」


「やっぱり、そこのあなたも神器と接触しているのね。だから私たちは最初に出会ったんでしょう。やはり縁というのは興味あるわ」


 <アーマー・コミュニケーション>は神器を人間に変化させ、人と神器との間に縁を作り出すスキルだと言える。リーシャと会話したライオス、ミリアと会話をしたブルーノの二人には、必然的に神器と惹かれあう縁が生み出された。


「ミリア様たちの気持ちは嬉しいですが……三人加わったくらいじゃ勝てないですよ。あいつ強いです!」


 5人はアスモのことを見据える。彼女はさっきまでの猛攻を経てもなお、涼しい顔をして微笑んでいる。


「大丈夫じゃ。ここはわらわたちのことを『装備』するのじゃ!」


「「装備?」」


「そう。私たちはルカのスキルで人間の姿になっているだけで、本来は装備品なの」


 ライオスとブルーノは顔を見合わせた。すぐに飲み込むことができるような話でないのは確かだ。しかし、二人とも首を縦に振った。


「……いや、信じるぜ。この状況じゃ、わらにもすがりたい気分だ。なんとしても腕相撲で一番になるまでは死ぬわけにいかねえ」


「ですね。僕も師匠を超えるまでは死にたくないです」


 神器たちの登場は、ライオスとブルーノにとって、吹いてきた一陣の風のようなものだ。この風を流すか、利用して空を飛ぶかで結果は変わってくる。


 ライオスたちの言葉を聞き、ミリアは頷く。


「うむ。気に入ったぞ。お主、ライオスといったな。わらわとレティを装備して前線で戦うのじゃ」


「ということは、あたしはブルーノさんに装備されて後方支援っスね!」


「気を付けて。あなたたち二人は私たちの実力を1%程度しか引き出せないわ。ミリアを振り回すことはできないし、イスタの弓は同時に一本が限界よ。無理をして使おうとすれば、体が内側から爆発するわ」


 三人はそう言い残し、それぞれ装備品の姿になる。朱色の槌、銀色の鎧、緑色の弓。それらは全て、ライオスとブルーノが見たことのないような美しい逸品だった。


「あら? 作戦会議はもう終わったのかしら?」


 再び、向こうからアスモが歩み寄ってくる。ライオスとブルーノは覚悟を決めた。


 レティに触れると、ライオスの体にぴったりとフィットした銀色の鎧が装備される。ミリアを手に取ると、筋骨隆々なライオスにもずっしりと重く感じる。


 ブルーノもイスタを手に取り、アスモを睨み据える。二人は大きく息を吸った。


「行くぜ!!」


「はい!!」


 ライオスは走り出し、ミリアを思いきり振り下ろす。側面の部分が風を切り、アスモに襲い掛かる。


「……ッ!!」


 途端、ライオスの腕からブチリという嫌な音が聞こえ、激しい痛みに襲われる。筋肉が引きちぎれた音だ。


 ライオスはこれでも、手加減をしてミリアを振ったつもりだった。それでもこの反動。苦痛に顔をゆがめた。


「なんだか辛そうね。その武器は強そうだけど、使いこなせていないんじゃ意味がないわ」


 アスモは隙を見逃さない。鋭利にとがった爪を、ライオスの喉に押しこもうとする。


 しかし、キンと高い音が鳴って攻撃は弾かれた。レティの<イリュージョン・スタイル>によって、鎧がない部分も守ることができる。


 これにはアスモも驚く。整った眉が一瞬だけ吊り上がり、すぐに元に戻った。


 その瞬間、ミリアが触れている地面の部分が隆起りゅうきし、槍のように変化した。彼女のスキル<地殻変動>による地形操作だ。足場から突然現れた3本の槍は、ぐにゃりとつるのように自在に曲がりながら、アスモの体を狙う。


「これは……少し厄介ね」


 アスモは地面を蹴り、まるで宙を舞うかのように体をよじって槍の攻撃をかわし続ける。しかし、槍はうねり続け、アスモを逃がさまいとする。


「いけっ!!」


 その時、ブルーノが狙いをすませ、イスタで矢を放つ。彼の実力では同時に一本が限界だ。たった一本を放っただけでも、反動でブルーノは後ろに転がってしまう。


 渾身の一撃は風を切り、一直線にアスモの方へ向かっていく。アスモはいち早く矢に気付き、貫かれてはひとたまりもないと理解したのか、体をよじって回避をする。


 しかし、完全にかわし切ることはできなかった。頬を矢じりがかすり、アスモの真っ白な肌を、血がツーっと流れた。


「いいかげんに……しろォォォォォォ!!!」


 次の瞬間、アスモの表情が一気に怒り一色に染まり、彼女は口を大きく開けて叫んだ。


 槍をヒールで破壊し、一気に距離を取る。そんな彼女の体からは、赤い霧が吹き出していた。


「よくも……よくも私の顔に傷をつけたな!?」


「……それがアンタの本性って訳か」


「ああそうよ。私の美しい顔に傷をつけたことを後悔するといいわ」


 アスモは先ほどまでの美しい表情から一変し、目を真っ赤にし、口を歪ませ、牙をギラギラととがらせる。それはまさにドレスを着た吸血鬼そのものだ。


 ライオスは腕を抑えながらその様子を見て、覚悟を決めたようにブルーノの方を向く。


「ブルーノ。俺は奴と一対一でぶつかり合う。その間に、お前が後方から弓矢で奴の頭部を破壊しろ」


「でも、そんなことをしたらライオスさんが!」


「大丈夫だ。俺にはレティ姉さんが守ってくれるし、ミリア姉さんが地形操作でサポートしてくれる。何より……腕相撲ってのは、ぶつかり合いのスポーツだろう?」


 腕を抑えたまま、ライオスはアスモに向き合った。彼の体はとっくに限界を迎えている。しかし、ライオスに引くという選択肢はなかった。


「殺す……コロスコロスコロス!!」



 なぜなら、腕相撲は押すことしかできない競技なのだからッッ!!



「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ライオスとアスモは、互いに体当たりでぶつかり合う。ライオスはアスモの体を両手でホールドし、まるで馬車を受け止めるような態勢になった。


「コロスコロスコロスコロスコロス!!!」


 アスモの勢いは止まらない。イノシシのような勢いとライオンのようなどう猛さを兼ね備えた彼女は、ライオスの体に衝突し、唸り声を上げた。


ミリアの能力で地面が変形し、槍に姿を変える。アスモの足に突き刺さって血が噴き出すが、血霧狂乱スタンピードの効果ですぐに再生してしまう。


 激しい痛みに襲われながら、じりじりと押されるライオス。彼の姿を見て、ブルーノが弓を引いた。


「うおおおおおおお!!!」


 勢いよく声を上げ、ブルーノは矢を放つ。風を纏った弓矢がアスモに向かって一直線に飛ぶ!!


「逃がさねえよ! お前はここで死ぬんだ!!」


 アスモの体はライオスがガッチリと掴んでいて、逃れることはできない。弓矢が顔面を破壊すれば、彼女は活動を停止する。


「ウガアアアアア!!!」


 しかし、彼らの期待は裏切られる。アスモは弾き飛ばされ、弓矢は片方の手でへし折られた。


「しまった!!」


 作戦は失敗。ライオスの拘束は解かれ、弓矢による攻撃も当たらなかった。


「コロス!! コロスコロスコロスコロスコロ――」


 しかし、次の瞬間、アスモの顔面に弓矢が突き刺さり、頭部が破壊された。


「ガッ!!?」


 弓矢が飛んだ方向には、ブルーノがいた。イスタの弓矢は一本ではなく、同時に二本放たれていたのだった。


当然、ブルーノの体では弓は一本までしか撃つことができない。しかし、彼はライオスの思いに感化され、限界を突破したのだ。反動で、両腕から血を流しているが。


「そんな……美しい私の顔が――」


 アスモは最後に口惜しそうにそう呟き、絶命した。



「楽しい腕相撲だったぜ――うっ!」


 ライオスは決め台詞を言い放つが、すぐに痛みでしゃがみこんでしまう。


「大丈夫ですか、ライオスさん!」


「ああ、心配ねえ。これで強い吸血鬼は片付いただろ」


 ブルーノに肩を借り、よろよろと歩くライオス。すぐに冒険者ギルドの医務室に運ぼうとした、その時。


「おおおおおおおおおおおおおおい!! アスモが死んでんじゃあねええかあああああああああ!!!」


 まさか、と思って二人は声がする方を見る。


「お前らか、お前らだなあああああ!?!? 俺はもう『激怒』したぞおおおおお!?!?」


「ねえ、サタナス。俺、もうお腹すいた。あいつら食っていい?」


「いいぞゼブル!!! 俺はもう、『怒り』が収まりそうにないぜ!!!」


 そこには、サタナスとゼブルという二人の男が声を荒げていた。


 アスモの名を知っている。そして、知能がある。その二つの事実が意味していたことは、シンプルで、絶望的だった。


 吸血鬼の幹部が、二体現れた――。

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