第68話 会長、返り討ち!

「さあ、次は誰が俺を楽しませてくれる?」


 ファシルスが冒険者たちを見回す。絶望的な状況に、全員の表情が凍り付いていた。


「おいおい……さっきも言っただろ? 俺は退屈するのが嫌いなんだよ。誰でもいいからさっさとしろ。お前ら英雄・・になりたいんだろ?」


 ファシルスは言うが、冒険者たちは一向に動かない。ただ体をがたがたと震わせながら、下を向いて黙っている。


「じゃ、お前だ」


 次の瞬間、ルドルフの足が吹っ飛び、ばたりと地面に倒れる。


「あああああああああああ!?!?!?」


 突然の出来事に、ルドルフは苦痛から叫び声を上げ、地べたを転がり回った。残酷すぎる光景を見て、セシルは激しい吐き気を催す。


「部下のミスは上司のミスって言うからな。お前が見せしめになれ」


「ふざけるなああああ!! ファシルス!! お前の計画を手助けしてやったのは私だ!! 私がいなければここまでこれなかっただろう!? 今すぐやめ――ぐあああああああああ!!!!」


 ルドルフの言葉も虚しく、ファシルスが彼の右手を踏みつける。タバコの火を踏み消すようにぐりぐりと押し付けると、残酷ざんこくに笑った。


「だから、最初からそんなことはどうでもいいって言ってるだろ? 俺はまだ話を聞いてやってるほうだぜ? うちの幹部は人間の話なんか聞きやしない」


 苦しみあえぐルドルフ。彼の絶望に染まり切った表情を見て、ファシルスはほくそ笑み、ある方向へ歩き出した。


 彼が向かった先には、ルークの偽物の死体だった。彼の近くに転がっていた一本の剣を抜き取ると、ルドルフの手元に投げつける。


「……とはいえ、俺も鬼ってわけじゃない。お前にチャンスをやる」


「チャンス……」


 セシルがふと横を見ると、アルベールの目が鋭くなっていることに気が付いた。拳もグッと強く握っていて、怒りに震えているようだ。セシルはその意味がわからなかった。


「そうだ。俺はここから先、動かないでおいてやる。お前がその剣を取って俺の首を破壊すれば、俺を殺すことができるぜ」


「な、なんのためにそんなことを……」


「ん? 決まってるだろ、単なるゲームだよ。お前が恐怖を乗り越え、俺に打ち勝つことができるかっていうゲームだ」


「お前……狂っているのか? そんなことをしてお前になんのメリットがある?」


「楽しいだろう? お前が立ち上がって、俺が殺されたなら、それはそれでいいさ」


 狂っている。自分の命をベットし、ヘラヘラと笑う真祖を見て、セシルは理解ができないと感じた。


 やはり、言葉を交わすことはできても、真祖は吸血鬼であって、人間とは相いれない。生理的な嫌悪の感情が、セシルの中で渦巻く。


 一方、ルドルフは片足がない状態でかかしのようによろよろと起き上がり、ニヤリと笑った。


「化け物め……私を裏切った罰だ。ここで殺してやる……」


 投げつけられた剣を拾い上げ、ゆっくりと近づく。ファシルスは宣言通り、ルドルフの動きをニヤニヤと笑いながら見つめたまま、微動だにしない。


「フハハハハハ!! くらえ! ファシルス!!」


 ルドルフが剣を振り下ろしたその時。


「ガッ!?」


 ルドルフの腹に風穴があく。剣が地面に落ち、ルドルフは再び倒れた。


 セシルとアルベールは見ていた。ファシルスが拳をルドルフの胴体に貫通させていたのを。


「な、なぜだ!! ファシルス!! お前は動かないと言ったではないか!!」


「今更そんな約束を守るやつとでも思っていたのか? いいか、教えてやる」


 ファシルスはルドルフの顔面を踏みつけて語る。


「真の快楽っていうのは、自分が一切リスクを取らず、最大限のリターンを得ること。他者が傷つくのを蚊帳の外から見て愉悦を感じる……最高だろ?」


「ふざけるな! そんなことが許されるか!!」


「お前だって、冒険者たちをランキングできつけて、甘い汁をすすろうとしてただろ? 人のこと言えるかよ」


 ファシルスはルドルフの顔面を踏む力を強める。ルドルフは嗚咽する声を上げる。


「いやだ! まだ死にたくない! 私は新たな世界を見るまで死ねないのだ!!」


「そうか。じゃあ先に地獄で待っててくれや」


 ファシルスは残酷にそう言い放つと、ルドルフの頭蓋骨ずがいこつを、まるで虫のように踏みつぶした。


 その様子を見て、セシルはブルブルと体を震わせていた。


 真祖ファシルスは、自分には理解が及ばない化け物だ。確かに、会長のルドルフも、偽物のルークもいい人間ではなかったかもしれない。約束を破り、人を裏切り、殺してしまうのはどう考えてもおかしいことだ。


「……ときと」


 その時、隣にいるアルベールがぼそりと呟いた。


「あの時と……一緒だ!!」


 彼の瞳には激しい憎悪の念が宿っていて、大きく声を上げると、ファシルスのいる会場のフィールドに飛び降りた。


「ちょっと!? アルベール!?」


 さっきまで冷静だったはずのアルベールが血相を変えて走り出してしまった。ただごとではないと思いつつも、セシルも彼の後に続いた。


「真祖……ファシルス……!!」


 肩で息をし、怒りをあらわにするアルベール。ファシルスは彼に気付き、視線を向ける。


「俺のことを知ってるのか? どうやら名前が売れてきたらしいな」


 おもちゃが増えたとばかりにニヤつくファシルス。アルベールが背負っているヴァンパイアスレイヤーを見て、『おお』と声を上げた。


「これはラッキー、ヴァンパイアスレイヤーを持ってるやつが来てくれるとはな」


「お前は、俺のことを覚えているか?」


 ファシルスの発言を無視し、アルベールは狼のような鋭い眼光で睨みながら問う。


「さあ? どこかで会ったことがあるか?」


 しかし、ファシルスは肩をすくめてお手上げとばかりだ。アルベールは歯をグッと食いしばり、剣を引き抜く。


「俺は8年前、家族を……村のみんなをお前に殺された!!」


「村……? ああ、思い出したぜ。もしかして、あの時のガキか?」


「あの日、俺はお前にゲームを仕掛けられた。さっきと同じようにな。お前は殺される気なんか一切なかったってわけだ」


「当たり前だろ? どこの世界に殺されたい奴なんているんだよ? ゲームはゲームだから楽しいんだろうよ」


「そうか……それだけ聞ければもう十分だ」


 アルベールは大きく息を吐き、目を見開く!!


「貴様に生きる価値はない!! 俺は今日という日のために生きてきた!!」


 剣を振り上げ、とびかかる。それは、アルベールの生涯を総括するような、渾身の一撃だった。


「うおおおおおおお!!」


 声を上げ、思いきり剣を振り下ろす。激しい熱を込めて動くアルベールだが、一方でファシルスは微動だにせず、その剣筋を見つめていた。


「たかだか8年程度で、思い上がるな!!」


 一瞬。黙って彼を見据えていたファシルスの力は拳にこめられ、目にも止まらぬ勢いで殴打へと変化する。


 拳はアルベールの腹をとらえ、彼の体の質量を消し去ったようにして、はじき返した。


 アルベールはそのまま後方に吹っ飛ばされ、スタジアムの壁にめり込む。爆発が起こったような轟音の後の、パラパラと粒が落ちる音が、会場中に響き渡った。

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