第66話 やってきた援軍

 セシルは冒険者ギルドから出ると、すぐに走り始めた。目標は闘技場だ。


「なんなのアレ……!」


 遠くから見た光景に、セシルは息をのむ。


闘技場から一本の赤い柱が生えていて、赤い雲のようなものが発生している。柱に見えるそれをよく見れば、それは赤い霧が吹き出しているのに他ならなかった。


 件の赤い霧だ。だとすれば、あそこに真祖がいる。セシルはそう見立て、闘技場に向けて速度を上げた。


「うわあああああああああああ!!」


 街を駆け抜けているその時。近くで男の叫び声がした。


「まさか!」


 慌てて足を止めて視線をそちらに向けると、その先には吸血鬼と、男の姿が。おそらく一般人で、今まさに吸血鬼に襲われているのだ!


「危ない! <神聖なる威光ホーリー・ライトニング>!!」


 素早く魔法を発動し、吸血鬼の足元に魔法陣を発動させる。そこから白い光の柱が発生し、吸血鬼は浄化されて消えてしまった。


「逃げて!」


 セシルが声をかけると、市民の男は涙目になって首肯し、震えた足で逃げ出した。


 セシルほどの冒険者であれば、下級の吸血鬼を倒すことも容易い。これまで何度も対峙してきた相手であるし、それなりに弱点も理解している。


 しかし、それが他の冒険者にも同じことがいえるかと言えば、そうではない。吸血鬼の身体能力は高く、並大抵の人間が抗えるような相手ではないことは確実だ。セシルでも一対一の殴り合いになれば一方的に負けてしまう。


 さらに、吸血鬼は心臓をつぶした程度では死なず、頭部を破壊するか、神聖魔法の効果が付与された攻撃で全身にダメージを与えるしかない、厄介な敵だ。その知識がない冒険者にとって、吸血鬼は決して倒すことができない。


 時間が経過すればするほど、身体能力で勝てないか、知識がない冒険者たちも襲われ、自身も吸血鬼に変わってしまう。それを防ぐには、大将である吸血鬼の真祖を倒し、血霧狂乱スタンピードを阻止するしかない。


「とにかく今は闘技場に行かなきゃ……!」


 改めて目標を確認し、走り出そうとしたその時。


「キャーーーーーー!!」


 またしても近くで、誰かの声が上がった!


「今度は何!?」


 慌てて周囲を確認すると、一人の女性に複数の吸血鬼が群がっている。女性は必死に吸血鬼から走って逃れようとしているが、すぐに追いつかれてしまうだろう。


「<神聖なる波動ホーリー・ウェーブ>!!」


 魔法を発動しようとしたその時!


「うわああああああ!!!」


「や、やめろおおおおおお!!」


 別の方角からも声があがった。セシルは魔法の発動を中断し、状況確認に回った。


 見れば、他の場所でも吸血鬼に襲われている人がいるではないか。一人ではない。吸血鬼の数は、見渡せるだけでも10程度はいる。


「な、なによこれ!? こんなにたくさん!?」


 冒険者としての経験を積んできたセシルでも、これだけたくさんの吸血鬼は見たことがない。これは真祖の計画の中心であったことを思い出した。


 急いで処理をしても、一人ではせいぜい数匹の吸血鬼を倒すことが限界だろう。それはすなわち、誰かを見捨ててしまうことになる。


 セシルは素早く魔法を発動させながら、考える。なんとか全員を助ける方法はないかと。そして、考えれば考えるほど時間が経ち、助けられない段階へと進んでいく。


「止まって! お願いだから!」


 神聖魔法を両手から放ちながら、セシルは懇願した。もちろん、知能がない吸血鬼が彼女の言葉を聞き入れるはずがないのはわかっていた。それでも、そうするしか手段がなかったのだ。


「うわあああああああああ!!」


 市民の男に、吸血鬼が噛みつこうとする。鋭くとがった牙が喉笛をかききろうとしているのを見て、セシルは自分の顔から血の気が引いたのを感じた。


 その時。


「オラッッッ!!」


 男の体と吸血鬼が引きはがされ、牙とのどの距離が開く。セシルは一瞬、何が起こったのかわからなかった。


「ったく。なんなんだよこりゃあ?」


 市民の男と吸血鬼の間に割って入ったのは、スキンヘッドの男。メロンのように膨れ上がった肩にはタトゥーが入っていて、腕をグルグルと回しながら独り言ちる。


「危ない! 吸血鬼は頭部を破壊しないと死なないわ!」


「ん? アンタは冒険者ギルドで見た嬢ちゃん……ちょうどいい、詳しい話を聞かせてもらおうじゃねえか! 腕相撲でもしながら、な!」


 語尾を強め、男は吸血鬼の顔面に思いきり拳を叩きこむ。頭部がリンゴのように破裂し、吸血鬼は活動を停止した。


「そこを動かないでください!」


 その時、セシルの背後から声がする。素早く振り返ると、吸血鬼が彼女にとびかかろうとしていたのだ!


「しまった!」


「<灼熱の流星フレイミング・メテオ>!!」


 セシルが声を上げたと同時に、吸血鬼の顔面に火球が飛び、頭部がはじけ飛んだ。セシルは間一髪にして、吸血鬼の不意打ちを免れたのだ。


「ふう、危なかった。日頃の訓練の成果がまさかこんなところで出るとは……」


 魔法を放ったのは、オレンジ色の髪をした少年。ほっと一息ついて、セシルたちのところへ駆け寄る。


「あなたたちはいったい……?」


「俺はライオス! この街の戦士ウォーリアーだ。腕っぷしには自信があるもんでね」


「僕はブルーノ。この辺りの屋敷で働いています」


 二人の男はそれぞれ、セシルに自己紹介をした。


 援軍だ。この状況では何よりもありがたい。それも、一流の冒険者と遜色そんしょくのない実力だとセシルは見た。


「私はセシル! 二人とも、助かったわ!」


「いいってことよ。で、こいつらはなんなんだ?」


「今、吸血鬼たちが街で暴れているの。やつらを倒すには、頭部を破壊するか神聖魔法の効果がある攻撃をするしかない!」


 なるほど、と二人は頷く。


「でも、あの空のことといい、何か元凶があるんじゃないですか?」


 ブルーノは空を指さす。空の赤い霧の量はますます濃くなり、血のような赤黒さを増していた、


「うん。元凶は闘技場にいる。私はそこに行きたいの!」


「闘技場ってことは……今日はなんかある日だったっけな」


「英雄闘技会ですよ。知らないんですか?」


「おう。あいにく俺は腕相撲にしか興味ないんでな」


「どんな理由ですか……と言っても、僕も見に行く気にならなくて鍛錬たんれんしてたんですけどね……」


 二人の様子を見て、セシルは覚悟を決めた。


「二人とも、ここを任せてもいい!? 私はどうしても、闘技場に行かないといけないの!」


 この状況で一人戦力が抜けてしまうのは、吸血鬼をさばき切ることができなくなってしまう可能性が高くなるのに等しい。セシルの発言はとても通るものではないが――


「おう! ここは俺たちに任せろ! 嬢ちゃんがつえーのは知ってるからな。強者には敬意を払わなくちゃいけねえ」


「わかりました。僕たちも後から追い付きますので、なんとしてもあの赤い雲を止めてください!」


 二人は驚くほどあっさりとセシルの離脱を認めた。それはわずか一瞬であったものの、3人が互いを実力者だと認めたからこそのチームプレーだと言える。


「ありがとう! 絶対に止めてみせるから!」


 セシルは二人の思いを乗せ、走り出す。ライオスとブルーノは背中を合わせて、向かってくる吸血鬼たちを睨み据えた。


「さ、やるぜ兄ちゃん! 終わったらアンタとも腕相撲してみてえからな!」


「僕は魔導士ですから腕相撲は弱いですっ。……でも、不思議ですね。あなたとならやってみたい気がしてきました」


 二人の冒険者は、互いに背中を預けて吸血鬼に立ち向かう!

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