第65話 英雄闘技会の真実

 闘技場に真祖ファシルスが現れたそのころ。セシルは冒険者ギルドの救護室のベッドで横たわる男をじっと見つめていた。


 洞穴で発見した男、ダンテ・デオダート。彼を冒険者ギルドに担ぎ込んだセシルは、一晩眠ることができずにいた。


 『あの街には怪物の息がかかっている』。その言葉の意味はわからない。ただ、何か大変なことが起こるような気がする。セシルはその嫌な予感を胸に、ダンテの目覚めを待ち続けていた。


「んん…………」


 その時、ダンテが唸ってまぶたをゆっくりと開けた。


「ここは……?」


「目が覚めたんですね! よかった!」


 セシルが声を上げると、ダンテはゆっくりと体を起こした。


「そうか、君が介抱してくれたのか……礼を言わなければな。ありがとう」


 ダンテは頭を下げるが、その表情はとても暗いものであった。


「ここはミカインの冒険者ギルドの救護室です」


「そうか……君だけでもこの街から離れてくれればと思ったんだが」


 しかし、セシルは一人で逃げることはしなかった。ダンテは自分の忠告が聞き入れられなかったことを残念に思った。


「ダンテさん。教えてくれませんか。この街に怪物の息がかかっているというのはどういう意味なんでしょうか?」


「……いいだろう。もはや君も無関係でなくなった。というより、どこにいてもいずれは関係のある話だ。この街で何が起こっているのかを話そう」


 ダンテは息を大きく吸い、一言。


「冒険者協会と吸血鬼が裏で癒着ゆちゃくしている」


「冒険者協会が……!?」


 冒険者であるセシルにとって、それは衝撃的な発言であった。モンスターと、それを倒すはずの冒険者がつながっているなんて、普通なら信じられないことだ。


「どういうことですか!? そんなの信じられない!」


「その事実に気が付いたのは最近だ。だが、よく考えてみれば、その違和感は8年前から続いていたものだったんだ」


 ダンテが語ったのは、セシルの常識を覆すような事実だった。



 8年前、真祖ファシルスが100年の眠りから目を覚ました。なぜ封印が解かれていたのかは定かではないが――とにかく、始祖の血を引き継いだ最後の吸血鬼の個体、真祖ファシルスは鎖から解き放たれたんだ。


 復活した真祖は、8年間という長い期間での計画を立てた。目的を果たすために、まずは人類と癒着することを考えたんだ。


 奴が目につけたのは、ルドルフ・パリヤーノという男。会長になりたいという功名心を煽ったのか、はたまた脅迫して従わせたのかはわからないが……真祖は冒険者協会という組織を傀儡として使うことにした。


 まず、冒険者のランキングシステムが導入されたのはルドルフの時だ。競争意識が強い冒険者の心を巧みに操り、さらに、各地の支部で1位を取った人間に栄光を掴む権利を与える『英雄闘技会』を開かせた。


 これによって、冒険者たちの実力主義は加速し、低いランクの人間への差別意識が広まった。


 そして、第2回英雄闘技会が開催される。これを前にして、私の友人の魔導士、エラルドが冒険者協会の怪しい動きに気付いたのだ。ここまでの話も、エラルドから聞いたものだ。


 私は絶句した。冒険者協会が吸血鬼と裏でつながっていたとは思ってもいなかったからだ。


 私たちは、すぐに冒険者協会に抗議をするか、このことを他の冒険者たちに伝えるべきかの選択を強いられた。夜、エラルドの家で話をしていた時に事件は起きた。


 真祖が私たちを襲撃したのだ。家の扉を開け、笑いながら姿を見せた。あれが私たちが初めて見る真祖の姿だった。


「邪魔するぜ。あー、茶はいらねえ。すぐに終わるからな」


 飄々ひょうひょうとした様子の真祖に、私たちは立ち向かった。しかし、敵うことはなかった。エラルドは私の目の前で殺された。そして、私も命からがらあの洞窟に逃げ出したのだ。



「……これが私の知る全てだ」


「そんな……じゃあ、冒険者がランク付けにこだわるようになったのは吸血鬼のしわざだったんだ……」


 セシルはずっと、同じ緋色の不死鳥スカーレット・フェニックスの仲間が下級の冒険者を罵る姿に疑問を持っていた。


 優しかった同期の冒険者たちの目が日に日に濁っていく。一人だけではない。何人もそれを見てきた。だからこそ、セシルは吸血鬼に対して激しい怒りを覚えた。


「でも、なんのためにそんなことを!?」


「おそらく、この地上を吸血鬼の楽園にするためだろう。そのためには、真の血霧狂乱スタンピードを発動する必要がある」


「真の……血霧狂乱スタンピード?」


 スタンピードという単語自体は、セシルも知っていた。しかし、『真の』という意味はわからない。


「スタンピードとは元々、群衆による狂乱を意味する言葉だ。1000年以上前、始祖の吸血鬼が中心になって、複数の吸血鬼で空に赤い霧をかけたことが由来の言葉らしい」


「空に真っ赤な霧を?」


「そうだ。日光を通さないほどの、厚い霧を。すると、始祖や真祖以外の吸血鬼でさえ日光の下で活動ができるようになる。それこそが吸血鬼にとっての楽園だったんだ」


 吸血鬼は身体能力が他の生物より飛躍的に高い分、知性を失い、日の下で活動できない体になっている。もし、そんな吸血鬼たちがミカインの街に現れれば、あとは想像するのに容易い。


 この街は――いや、世界は吸血鬼であふれかえってしまうだろう。


「真の血霧狂乱スタンピードを発動するには、複数の吸血鬼と、巨大な魔法陣と、千人規模の人間の生き血が必要だ」


「まさか、それを用意するための場所がこの街の闘技場!?」


 ダンテは首肯する。セシルは改めて、計画の恐ろしさに絶句した。


「今は何時だ?」


「7時。英雄闘技会は始まっているわ」


 ダンテは悔しそうに下を向いた後、首を横に振った。


「……いや、まだあきらめるには早い。血霧狂乱スタンピードの完成には時間が1時間以上は必要なはずだ! 君は協力してくれるか?」


「はい! 私も戦います」


「そうか……今ならまだ、逃げるという手もあるぞ?」


 ダンテは問うが、セシルは真っすぐな瞳で見つめ返す。


「私は……逃げたくない。きっと、なら逃げないと思うから。私は世界一の冒険者の仲間になるんだから!」


「……わかった。私は冒険者協会の本部に行く。エラルドが管理していた海杖かいじょうアクアリムはあそこにあるはずだ。あれなら逆転ができるかもしれぬ」


「じゃあ、私は人の避難と吸血鬼の退治をする!」


 二人は役割を決め、部屋から出て冒険者ギルドの廊下を歩く。


「……危険な仕事だぞ?」


「大丈夫。それに……彼は絶対にやってくる」


 彼、という人物を何度も口にするセシル。ダンテはそれが気になった。


「ずいぶんと信頼しているようだね。その人のことを」


「うん。だって、ルカは私の目標だから!!」


 ダンテとセシルの二人は冒険者ギルドから外へ出て、互いに別々の方向で走り始めた。

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