第64話 英雄闘技会、開催!

 明朝。ミカインの街にある闘技場には、大勢の人々が詰めかけていた。


 直径約200メートル、高さ40メートルの巨大な闘技場は、神託や領主のスピーチなど、大規模なイベントを行う際に利用されている。


 普段のそういった催しにも街中の人間が押し掛ける闘技場だったが、今日はいつもとは比較にならないほどの規模の人数が集まっていた。


 『英雄闘技会』。4年に1度、全国各地の冒険者ギルドのランキング1位の人間が集まり、その中からさらに1番を決める。全ての戦いに勝利した人間は『英雄』としての栄光を手に入れ、そこから7代先までの繁栄が約束されるという。


 第1回大会の優勝者は、この世界で最強の男として、巨万の富、絶世の美女、万雷の拍手。全てを手に入れ、冒険者を辞めた後、誰も彼のその後を知らない。一説によると、手に入れた全てを使って、異国で自由な生活を送っているという。


 会場に集まるギャラリーたちは、今日、またしても新たな伝説が生まれる瞬間を目に焼き付けようとしていた。


 円形の会場に渦巻く興奮と熱気。誰もが心臓の鼓動を打ち鳴らし、鼻息を荒げ、その瞳孔を開かせていた。


「レディース、アーンド、ジェントルメーン!! ただいまより、第二回、英雄闘技会を開催いたしますッッッ!」


 司会の男の宣言に、会場中から熱に浮かされた叫び声が上がった。所狭しとばかりに人が詰まった会場は、まるで戦争に勝利をもたらした英雄を称える群衆のようだ。


「それでは、まずはこの方にご挨拶をしていただきましょうッ!! 冒険者協会会長ッッ! ルドルフ・パリヤーノッッ!!」


 司会の男が名前を呼んだ瞬間、会場から一層大きな声が上がる。会場の端から楽団が現れ、会長の登場を盛り上げる。


 少しして、燕尾服に身を包んだ壮年の男、ルドルフが登場した。相変わらずの細身と鋭い目。彼は闘技場の中心に立った。


 会場の歓声が止まると、ルドルフは不気味に笑い始めた。


「やっとだ……ついにこの時がやってきた! 私が心から願っていたこの時がッッ!!」


 なんのことかわからず、観衆たちは一瞬首をかしげたが、ルドルフにとって念願の瞬間だったのだと解釈して再び声を上げた。


「最後の瞬間まで、血沸き肉躍る戦いを目に焼き付けたまえ……そして、新たなる時代の証人となるのだッッ!!」


 新たなる時代の証人。その言葉に、会場中が生唾を飲み込んだ。


 今日、ここに新たなる伝説となる冒険者となる人間が一人、現れる。その瞬間を、自分たちはこれから目撃するのだ。


 その事実に対する興奮が大きな歓声に変わって、会場を揺れ動かした。


「会長ッ!! ありがとうございましたッ!! 続きまして、冒険者の登場ですッッ!!」


 司会の男が宣言すると、奥のゲートから、冒険者たちがぞろぞろと入場してくる。会場は拍手喝采はくしゅかっさいでその豪傑ごうけつたちを迎えた。


 身長が2メートルを超えている者、鎧のような筋肉を持つ者、猛獣のようなオーラを身に纏う者。その中に、黒鎧を身に着けたルークの姿もあった。


 16人の英雄候補たちはルドルフの前に横一列に整列する。今日の主役の登場に、会場は一番の熱狂に包まれた。ルドルフはその光景を見てほくそ笑んだ。


「それでは、開会の宣言をお願いしますッッ!!」


 司会の男が会長に促した瞬間。


「おっと、そろそろ俺の出番か」


 会長の隣に突如として赤い霧が発生する。同時に、一人の男が姿を現した。


 糸のように真っ白な髪、貴族が着るような黒いマント。男はまるで奇術のように霧の中から突然に現れた。


「お前……吸血鬼か!!」


 冒険者の中の一人が声を上げた。白髪の男は振り返って笑う。


「せいかーい。よく知ってるじゃねえか」


「だとしたら、こんな朝から姿を現すのはおかしいぞ!? 吸血鬼は日の光を浴びたら死ぬはずじゃ……」


 また別の冒険者が呟く。男はさらに口元を歪める。


「そういや名乗ってなかったなあ。俺の名はファシルス。吸血鬼の真祖だ。あいにく、日光は既に克服しててね」


「吸血鬼の真祖だと!?」


 ファシルスの言葉に、冒険者たちは全員、警戒の構えを見せた。


「まあまあ、そう慌てるなよ。開会の宣言だろ?」


 ファシルスは一歩前に出て、バサリとマントを翻した。


「それじゃ、宣言するぜ……真の血霧狂乱スタンピードの始まりを、な!!」


 その瞬間、円形の会場全体に、魔法陣が展開される。血液のように赤黒いその魔法陣の中心から赤い霧が大量に吹き出し、一本の大樹が伸びるようにして天に昇り始める。


 赤い霧は上空まで到達すると、雲のように広がり始め、空はみるみるうちに赤黒くなっていく。


「しまった! 日光が遮断された!!」


 冒険者の一人が叫ぶ。そして、吸血鬼を前にしてそれが何を意味しているのかは誰もが理解していた。


 嫌な予感が的中するように、冒険者たちが入場してきたゲートから、わらわらと吸血鬼たちが湧いてくる。数えきれないほどわらわらと、まるで亡者もうじゃのようだ。


 会場の歓声は一気に悲鳴に変わる。どよめく会場の観客席を見て、ファシルスとルドルフの二人はほくそ笑んだ。


「会長を守れ!!」


 その時、一人の冒険者がファシルスに向かって走り出す。大きな斧が上がり、ファシルスを両断しようとした。


「やれやれ、どうしてこうも人間はこうも死に急ぎたがるのか、わからないねえ」


 刹那、冒険者の体に3本の真っ赤な槍が突き刺さる。心臓、腹部、頭。それはまさしく串刺し状態であった。


「え」


斧が手から転げ落ちる。冒険者は宙に浮いたまま小さく呟くと、そのまま動くことなく絶命した。


 たった一瞬のうちに一人がやられた。それも、冒険者ギルドで一番を取るような実力者がだ。残った15人の冒険者たちは、全身が泡立つのを感じる。


「安心しろ。この会長に手は出さねえよ。なんたって、こいつはお友達だからな」


 ファシルスはルドルフに近づき、肩を組む。その気さくな態度に、冒険者たちはさらに困惑した。


「会長……裏切ったのですか!? 我々冒険者を!?」


「勘違いするな。裏切ったのではない。冒険者などには最初から期待していないのだ」


「だとさ。こういうの人間の世界だと『煮え湯を飲まされる』って言うんだよな。こいつは傑作だ」


 観客たちは気を失い、バタバタと倒れていく。絶句する冒険者たち。人間たちの心に差し込むはずだった光は、真っ赤な霧によって遮断されてしまった。

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