第63話 扉の向こう側で
ルカがいなくなって一時間。カシクマの家のリビングでは大きな声が響いていた。
「クマさん!! なんとかならないんですかにゃ!!」
「今考えてるクマ!! だから揺らすなクマ!!」
メイカはカシクマの肩を掴んで激しく揺らす。
「メイカ、落ち着いて。今騒いでもどうにかなるわけじゃないわ」
レティが仲裁に入り、ようやくメイカは落ち着いて手を離した。
「で、ルカは今どういう状況なのかしら? 私たちはよくわかっていないの」
リビングには、元々いたカシクマ、メイカ、アルベールの他に、たった今到着した神器ーズ。家にいるメンバーが集合していた。
「この人がルカさんを扉の向こうの世界に入れた状態で扉を破壊したから、ルカさんが帰れなくなってしまったんですにゃ!」
「つまり、ルカが扉の向こうの世界に閉じ込められた……と」
「うわー、えげつないことするっスね、この人」
アルベールはソファに座り、うつむいていた。
「ルカを戻すことはできないのかしら?」
「……はっきり言って、無理クマ」
「そんな! 簡単に言わないでくださいにゃ!」
カシクマの一言に、メイカは再び取り乱した。
「ボクの<ドア・トリップ>は扉がないと発動しないクマ。ルカ・ルミエールがいる世界に扉はないクマ」
「じゃあその世界を探してルカを引っ張り出してくればいいのじゃ!」
「それもできないクマ。ボクの能力は例えるなら船と岸をロープでつないでおく力クマ」
「なるほど、船が世界で、扉がロープの役割をしてるっスね」
「じゃあ、そのロープがなくなったらどうなるクマ?」
「流されるっス」
カシクマとイスタのやり取りはすなわち、ルカを助けるのは海の中から一隻の船を見つけるのと同等の難易度だということを示していた。
「……今、何を考えてるんですか」
メイカはぼそりと呟き、アルベールの前に立った。
「何を黙って座ってるんですか!! あなたのせいでルカさんが帰ってこないかもしれないんですにゃよ!」
激しく怒りをぶつけるメイカ。その目にはうっすらと涙がたまっていた。アルベールはそれを見て、思わず目をそらす。
「ルカさんはあれだけあなたを信じていたのに!! 何度も突っかかってくるあなたを止めて、助けることだってあったのに!! あなたはそれを裏切ったんですにゃよ!!」
神器ーズがメイカを止めようとするが、今の彼女を制止することはできなかった。
「なんとか言ってくださいにゃ! どうせあなたは心の中で笑ってるんでしょう!!」
「……すまなかった」
アルベールが、か細い声で返した。
「なんですか、謝って済まそうとしてるんですか!?」
「……気づいたら、やっていた」
メイカが視線を動かすと、アルベールの手から血が流れているのが見えた。おそらく、扉を叩いた時に怪我をしたんだろう。
悪意を持って破壊するならば、剣で破壊することもできたはずだ。でも、そうしなかった。それはアルベールが咄嗟に手を出してしまったことの何よりの証拠であった。
アルベールは立ち上がり、メイカに頭を下げた。
「……すまなかった。俺は、取り返しのつかないことをしてしまった」
アルベールが謝ったのは、これが初めてであった。それが偽りの謝罪でないことは、部屋にいる誰もが見て分かる。
「……じゃあ、私たちはどうすればいいんですかにゃ!? 謝られて、それで許せば解決ですかにゃ!? だったらこの気持ちはどうしたら……」
事故だった。悪意があったわけではなかった。それがわかるだけに、メイカはルカを失った悲しみを割り切ることができずにいた。涙を流しながら、拳を握りしめる。
「ま、なんとかなるじゃろ」
閉塞感に包まれたリビングで、口火を切ったのは意外にも、ミリアだった。
「ミリアさん……?」
「ルカは帰ってくるのじゃ。わらわの勘はよく当たる」
それは無責任と言えば無責任だが、歯に衣着せぬ物言いをするミリアの言葉だからこそ、不思議と説得力があるものだった。
「そうね。根拠も確証もないけど、私もそう思うわ」
次にレティが賛同した。
「レティがそんなことを言うなんて、意外っスね」
「ええ。私でも意外なくらいだけど――不思議ね。帰ってくる気がするの。この気持ち、興味あるわ」
レティはそう言い、静かに笑った。
「どうして、神器のみなさんはそんなにルカさんを信じられるんですかにゃ……?」
「あたしは仲間になってから時間が経ってないほうっスけど、そんな気がするっスよ。センパイは規格外っスから」
「そうじゃな。わらわの全力を受け止めて、あそこまで使いこなせる男が、こんなあっさりと終わるわけなかろう」
「そうね。海に難破したら自力で泳いで帰ってくるタイプだと思うわ」
「うわー、それちょっとわかるっス。信じてみたくなるっスね」
ルカのことを信頼しているのは、意外にも、彼に使われている神器たちだった。
そんな三人の様子に感化され、メイカは涙をぬぐう。
「ルカさんを……信じる」
拳を握って、改めてアルベールに向き合った。
「決めましたにゃ。私はルカさんを信じますにゃ。だから、あなたは明日、吸血鬼の真祖が来たら戦ってくださいにゃ」
それはある意味で、ルカを手にかけたアルベールを再び信じるということであった。それでも、メイカの意志は固い。
「……わかった。なんとしてでも俺が真祖を倒す」
アルベールは血が滴る拳をグッと握り、覚悟を決めた。
「メイカ。吸血鬼の真祖とは何かしら?」
「さっきアルベールが言ってましたにゃ。明日、吸血鬼族の真祖ってやつがくるらしいんですにゃ。それを誰が倒すかでルカさんともめたらしいんですにゃ」
「唐突にとんでもない設定が出てきた上に二人ともとんでもないバカっスね」
その時、ミリアが一歩前に出て、自信満々な表情でドンと胸を叩いた。
「倒さなくてもよい、ルカが帰ってくるまでの引き立て役でもやってくれれば、わらわが活躍した時に拍が付くじゃろ」
「なんで自分が活躍する前提なんスかね? 敵が空を飛ぶタイプだったらあたしが活躍することになりそうっスけどね」
「吸血鬼……なんで血を吸った人間も吸血鬼になるのかしらね? 興味あるわ」
「む。わらわが活躍するのはそりゃ必然じゃろ! だいいち、吸血鬼は人間の血を吸うらしいからの。地上に降りてくるじゃろ!」
「でも地上で戦うならリーシャの方が向いてるんで、ミリアが活躍するかどうかはわからないっス!」
「吸血鬼の牙には毒のような成分があって、それが人体に入り、血管を通って全身にめぐる事で吸血鬼になるのかしら……? それとも牙が当たった瞬間に何かショックのようなものが起こって人体に影響が――」
リビングには、いつの間にか普段の活気が戻っていた。
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