第62話 扉が隔てた思い

目の前の扉が消えてしまい、僕は呆然としていた。広い空間に一人、ポツンと残されてしまった。


「参ったなあ……ドアを壊されちゃったよ……」


 アルベールに真剣に話し合ったつもりだったんだけど、結局逃げられてしまった。


 僕の言葉は彼の心には響かなかったのだろうか。少し残念な気持ちになる。


『すまない』


 その時、扉が消える直前の、アルベールの声を思い出した。今までに彼が僕に謝ってきたことなんてなかったはずだ。それに、彼の表情は少し思い悩んでいるようだった。


 無駄だったわけじゃない。そう信じよう。彼を説得することは必ずできる。明日までに頑張ろう。


 で、僕はこれからどうすればいいの?


「ルカさん、これ今どういう状況ですかね? そろそろ夕食が出来てる時間じゃ!」


 リーシャが剣の姿から人間に戻る。すっかりお腹がすいているようで、ぐるぐると腹の虫を鳴かせている。


「いやあ、でも扉はなくなっちゃったし、城もないし、カシクマから連絡もないし……」


「それはひょっとして出られなくなったのでは?」


 リーシャがとんでもないことを言い放つ。


「やめてよ。そういうこと言われると、そんな気がしてきちゃうじゃないか」


「冗談でもなんでもなく、普通に閉じ込められてますよね?」


 僕は今一度、状況を確認してみた。


 扉はなくなった。カシクマの<ドア・トリップ>は扉がないと使えないから、こっち側の扉がないと使えない。


 バッグもない。バッグの中に扉が入っていたから、あれさえあればカシクマに連絡を取れるんだろうけど、今それはカシクマが持っている。つまり、外部からはシャットアウトされている。


 城もない。昨日の試練の時にあった城に扉があったから、城があれば向こうに帰れるんだけど、それは無理になった。


 ここがどこかもわからない。カシクマの家から近い場所にあるかもしれないし、遠くかもしれない。もしかしたら、カシクマが独自に作り上げた空間の一つかもしれない。


 ということは。


「出られなくなっちゃたあああああああああああ!?!?」


 辺りは見渡しても一面草ばかり。扉なんか見当たりそうにない。ここから抜け出すには、カシクマの能力がないとどうにもならない!


「……ハハハ。参ったなあ」


 僕は地面に座って、思わず笑ってしまった。


「余裕ですねえ、閉じ込められてるんですよ?」


「そうなんだけどね。なんか現実味なくて」


 危機的な状況なことには間違いないけど、なんだか焦る気にもならなくなってしまった。心の中で夜風が気持ちいと感じている自分がいる。


「大丈夫ですよルカさん! 私この前レティに教えてもらいました! きっとこの空間は『○○まるまるしないと出られない部屋』です!」


「何それ?」


「世の中にはそういう概念があるらしいです。○○をした瞬間、部屋から出られるようになるらしいですよ!」


「○○って何さ?」


「さあ? レティも知らないって言ってました。○○って言うくらいですから、まるまる太った鳥でも食べるんじゃないですかね?」


 そんな奇特な部屋があってたまるか。


「それにしても、ルカさん。怒ってないんですか?」


「なんで?」


「だって、ルカさんがこの空間に閉じ込められたのはアルベールさんのせいですよ!」


 たしかに、彼が扉を壊さなければこんなことにはならなかっただろう。


「あの人、頭おかしいですよ! ルカさんがあんなに歩み寄ろうとしてるのに突っぱねて、協力もしようとしないなんて! 人の心がないんですかねえ!?」


 リーシャは頬を膨らせる。彼女の言い分はもっともで、僕も本当なら怒っていいのかもしれない。


「でも……アルベールを攻める気にはならないんだ」


「なんでです?」


「アルベールがああなったのは、過去に両親を吸血鬼に殺されたのが原因なんだ。アルベールが悪いやつってわけではないと思う」


 リーシャは納得がいっていない様子だ。


「僕はそんな経験はしたことないし、もしそうだとしたら、アルベールみたいになってたかもしれない」


 それは、僕もそうだし、僕を殺そうとしたルシウスだってそうだ。環境の違いで人は変わってしまう。もし冒険者ギルドがランキングシステムを設けたりしなければ、ルシウスはあんな風にはならなかっただろう。


「でも、人はそれぞれ違う環境で生きてるんだから、アルベールさんのワガママは許されないですよ」


 それも、正しい意見だと思う。どちらが不幸かを比べることはできないし、例え不幸だとしても、他人を傷つけていい理由にはならない。


「それでも、僕はアルベールのことを信じてあげたい。人間って、違いがあるからいいと思うんだ。リーシャも、レティも、ミリアも、イスタも。メイカやカシクマだってそうだ。それぞれ個性があるから、楽しくなるんだと思う。僕はそれを信じたいんだ」


 リーシャは褒められてまんざらでもないのか、ちょっと嬉しそうにしつつも、ため息をつく。


「しかたないですねえ、ルカさんのお人よしは規格外ですから。エルドレインと友達になったあたりからとんでもないとは思ってましたけど、ここまでとは」


「エルドレインも、アレはアレでいいやつだと思うよ。ちょっと狂ってるけど」


「ちょっと……?」


 うん。だいぶ狂ってるかもしれない。


「それに、まだ閉じ込められたって決まったわけじゃないよ。カシクマから助けが来るかも」


「……そうですね。根気強く待ってみましょうか! 鳥でも探しながら!」


「○○しないと出られない部屋の話はもういいから!!!」


 僕とリーシャは、カシクマたちの助けが来るのを待っていた。待って待って、待ち続けた。


 そうして、一晩が明けてしまうことを、僕たちはまだ知らない。

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