第61話 衝突

「両親を……失ったのか」


 アルベールの大事なものの正体を知って、僕は答えに詰まった。


 子供にとって、親というのはまさしく全てだ。それを吸血鬼に奪われたら、きっと誰もが心の底から復讐に燃えると思う。


 彼が力を求めているのにも納得した。強くなって、吸血鬼の真祖を倒すことが、彼の生きる意味になっていたのだ。


「これで満足したか? ……俺は明日、一匹残らず吸血鬼を殺す。これは俺の戦いだ」


 アルベールは真剣な表情をしたまま、扉に手をかけて部屋に戻ろうとする。


「……いや」


 でも、駄目だ。確かに、アルベールは復讐を心に決めていて、彼が今までにどんな気持ちで生きてきたのかはわからない。


しかし、ヴェルゴにすら勝てず、圧倒されていた彼だ。真祖はもっと強いのに、まともに戦えるはずがない。


 ここで彼を止めないと、無駄死にだ。


「やっぱり駄目だ。僕と協力して――」


 説得をしようとしたその時、アルベールが僕の足元に向かって剣を振り下ろした!


「ッ!」


「どうしてお前は、そこまでして俺を止めようとする!」


 アルベールの目には怒りが宿っている。地面にレイの剣先が突き刺さっていて、さっきのは威嚇いかくだったのだと理解した。


「確かに、君は両親を殺されたかもしれない。でも、復讐のために生きるなんてよくないよ!」


「そんなことは俺の勝手だろうが!」


 再び、剣戟が飛んでくる。今度は僕を狙ってきている。避けるのは容易いが、アルベールの熱のこもった表情を見ていると、心が揺れた。


「行くよ、リーシャ!」


『わかりました!』


 リーシャを握って、回避する。攻撃が当たらず、アルベールは少し動きを止める。


「……お前は、会った時からそうだ。ヘラヘラ笑って、俺がいくら攻撃をしても手を抜きやがる。飄々と避けて、今度は説教か!?」


「違うよ! アルベール、考え直してくれ!」


「だったら、本気で俺のことを止めてみろ!」


 アルベールは重たそうなレイをブンブンと振り回して、連撃を再開する。


 思えば、最初に会った時もそうだった。この場所で、僕たちはぶつかりあったんだ。あの時もこうして、僕は攻撃を避け続けていた。


 イスタを手に入れた後、アルベールとぶつかり合った時にレイに言われた。『本気でぶつからないと、わかりあうことはできない』と。


 その通りだった。僕はここで本気でアルベールとぶつかり合わないと、話し合ったことにならない!


「……わかった。僕は君のことを止めてみせるぞ、アルベール!」


 僕は剣を持ち直し、アルベールに向かって走り出す!


 神器級ゴッズ熾天使級セラフィムも関係ない。一人の人間として、アルベールと対等に話をする!


「うおおおおおおお!!」


 リーシャとレイがぶつかり合い、草原一帯に風が吹いた。


「復讐のために生きるなんて駄目だ! このままだと君は死ぬことになる!」


 アルベールもひるむことなく、攻撃を再開する。剣と剣がぶつかり合い、激しい金属音と火花を散らす。


「死んだってかまわない! 俺はこの命に代えても、真祖の奴を地獄に叩きこむ!」


「そんなことをして何になるんだ!? 君が死ぬだけじゃないか!?」


「それでいいんだ! そうでもなければ、俺はこの思いにどう折り合いを付ければいい!?」


「それはわからない! でも、生きるんだ! 二人で真祖と戦おう!」


「奴は俺が殺す! 俺の命なんざ、お前に関係ないだろうが!」


 一歩前進した僕の頭突きが入り、アルベールは地面に倒れる。僕は肩で息をしながら、汗をぬぐう。


「……関係あるよ。仲間なんだから」


 アルベールはその言葉を聞いて、舌打ちをする。


虫唾むしずが走るな……いいか、俺はロクでもない人間だ! お前に攻撃を仕掛けるような人間だぞ!? 放っておけばいいだろう!?」


「違う! 君は優しい人間なはずなんだ。……そうでもなければ、レイが君のことをあんなに大切にするわけがないよ」


 僕の言葉を聞いて、アルベールは視線をそらした。


「それはきっと、君がレイを大事にしてきたからだ。本当は家族を、土地を、人を愛しているはずだ。それを隠して強がってるんだろう?」


「黙れ……黙れ! 俺はそんなのじゃない! 勝手に決めつけるな!」


 アルベールは苛立ったように地団太じだんだを踏み、再び僕を睨み据えた。


「これで……終わりだ!」


 アルベールは剣を捨て、今までで一番大きなモーションで、僕に殴りかかってきた。


「うおおおおおおおおお!!」


 これが彼の全てだ。だったら、僕も全てをぶつけ返す!!


「アルベール、わかってくれ!」


 僕も拳を思いきり引き、モーションを作る。


 拳が、交差した。


 アルベールの一撃が、僕の頬をかすめる。逆に、僕の拳は彼の顔をとらえていた。


「くっ……」


 アルベールはパンチをもろに喰らい、膝から崩れ落ちた。


「アルベール、一緒に戦おう! 君は復讐のために生きるべきじゃない!」


 手を伸ばす僕を見て、アルベールは視線を逸らす。彼の心に葛藤があるのだろう。


「……駄目だ!」


 次の瞬間、アルベールは僕に背を向けて走り出す。扉を開けると、向こう側に行ってしまった。


「説得できなかったか……」


 まあいい。明日までまだ時間がある。それまでにわかってもらえばいいんだから、気長に頑張ろう。


 扉の前に立ち、ドアノブに手をかけようとしたその時。扉が薄くなっていく。


「へ?」


 扉が半透明になっているのだ。慌ててドアノブを触るが、感触がない。


 もしかして……扉が消えてる?


 まさか、アルベールが向こう側から扉を破壊したとか!?


 焦っていると、扉の向こう側から小さな声が聞こえてきた。


「すまない」


 それは確かに、アルベールの声だった。

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