第58話 話し合いをしよう

 扉の先は当然のようにカシクマの家になっていて、リビングに行くと、カシクマが机の上で僕を見ていた。


「おっ、帰ってきたクマね。夕食前だってのにいきなり抜け出したと思いきや、あの赤髪はボロボロで戻ってくるし……何が起こってるクマか?」


 彼はまったく状況を理解していないため、やや困惑気味だ。色々と説明してあげたいところだけど……。


「ごめん、説明は後で。アルベールはどこ?」


「ボクのことは蚊帳の外クマか……あいつなら、自分の部屋に戻ったクマよ」


「わかったありがとう!」


「そうだ、ルカ・ルミエール。バッグを置いていくクマ」


 カシクマはぬいぐるみの右手で僕のストックバッグを指す。


「なんで?」


「バッグの中に扉を入れるのはいいアイデアだったクマが、どうもバッグの位置が悪かったみたいクマ。神器がそっちに勢いよく出ていったり、こっちに勢いよく落ちてきたりが大変だったクマ」


 たしかにそれには覚えがある。ミリアが顎に突っ込んで登場してきたやつだ。あれは痛いので、修正してほしいな。


「わかった。直しておいて!」


 僕はバッグをカシクマに渡し、走り出した。


「まったく……ここの主人はボクなのに。日中は神器たちのお守りで大変だし、疲れるクマ……」


 カシクマはどんよりとしたオーラを身に纏いながら机の上に座り込んだ。哀愁漂う背中が彼の苦労を物語っている。後でちゃんと話してあげよう……。



「ルカ、おかえりなのじゃ!」


「うっすうっす! リーシャとセンパイも、みんなでババ抜きやるっス!」


「ババを引く確率は3分の1……いくら考えてもそれが揺るぐことがない。このゲーム、なかなか興味あるわ」


 リーシャの部屋に行くと、神器ーズはみんなでババ抜きを楽しんでいた。レティは特に、どのカードを引くか悩んでいるようで、こちらに気付く様子が全くない。


「メイカは?」


「メイカは夕食の準備をしてるっス。あたしたちの料理の下手さを見かねて、『メイカがやるから休んでて』って」


 ああ、容易に想像できるなそれ。神器ーズのことだから、途中で騒がしくなって料理どころではなくなってしまうんだろう。


「……そっか。じゃあ、みんなは先に夕食を取ってて」


「え? センパイは何かやることがあるんですか?」


「うん。僕とリーシャはちょっとだけ遅れるね」


 今は、アルベールと話すべきだ。詮索しないほうがいいと思っていたけど、やっぱり看過できない。


「ルカさん、行きましょう」


 僕は黙ってうなずく。神器ーズがババ抜きを再開する様子を見て、部屋のドアを閉めた。


 さあ、行こう。


 廊下を歩く。彼に何を言おうか考えていたら、思ったより早く部屋の前についてしまった。意を決して、扉をノックする。


「誰だ」


 扉の向こうから、ぶっきらぼうな返事が飛んでくる。僕が名前を告げると、向こう側からアルベールが顔をのぞかせる。


「……なんだ」


「話があるんだ。明日のことを、もう一度話し合いたい」


「……お前もしつこいな」


「しつこいのはわかってる。でも、このままじゃ駄目だと思うんだ」


 僕がそう言うと、アルベールは僕のことを数秒見つめ、部屋の外へ出た。


「……場所を変えるぞ」


 アルベールが扉を閉め、もう一度開けると、その先には見覚えがある場所につながっていた。


 一面の草原。昨日の試練で来た城があった場所だ。おそらく、城自体はカシクマが撤去してしまったんだろう。でも、扉の先には見覚えのある平地があった。


 驚いている僕を気にも留めず、アルベールは扉の向こう側へと進む。僕もそのあとに続いた。


 城があった場所は更地さらちになっていて、辺りに人は一人もいない。月がぼんやりとした光で草木を照らしている。


 少し歩いていると、アルベールが立ち止まり、こちらへ振り返った。


 出会ってから少ししか経っていないけど、こうして向き合うたび、彼の目は鋭いと感じる。目つきが怖い人物ならルシウスもそうだったけど、アルベールの場合は違う。


 ルシウスは人に尊敬されるために威圧感を振りまいていた。でも、アルベールは対照的に、人を寄せ付けないようにしている。他人からどう思われても構わないという感じだ。


 きっと、こうなったのには何か原因があるはずだ。もっと具体的に言えば、吸血鬼が関わっている何か。


「で、なんだ。何がいいたい?」


「アルベール。君の過去のことを教えてほしいんだ。吸血鬼に奪われた大事なものってなんなんだ?」


「だから、それを何故お前に教える必要があるんだと言ってるんだ」


「教えてもらえないなら、明日僕は街に行って吸血鬼と戦うよ。真祖ってやつが来るんだろう」


 僕の言葉を聞き、アルベールは舌打ちをした。


彼は真祖と戦いたがっている。何が何でも、その要求は通してくるだろう。


 彼は少し黙って考えた後、ようやく重い口を開ける。


「わかった。教えてやる」


 アルベールは僕を睨みつけたまま、話し始めた。


「8年前。真祖が率いる吸血鬼の軍が、小さな村を襲った。今日と同じ、月が綺麗な晩だった」


 夜風が吹き、背の高い草が揺れてそよそよと音を立てる。月の光はアルベールの顔に陰を作り出した。


「一人の男は、息子に一本の剣を託し、吸血鬼に立ち向かって死んだ。一人の女は、傷を負いながら息子を村から逃がし、街にたどり着く直前で吸血鬼になって、街の兵士に殺された」


 まさか、と思って僕はゴクリと生唾を飲んだ。心臓が鼓動している。この先の彼の発言を想像して、僕の首筋には冷や汗がつたった。


「その子供が、俺だ。アルベール・ロマーノは8歳で吸血鬼に両親を奪われ、これまで復讐に命をささげてきた」


 彼の真っすぐな眼光が、僕の心臓を貫いた。

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